ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

師家所蔵 16mmフィルムのデジタル化大作戦!(その10)

2011-04-06 02:35:14 | 能楽
さて清水市…現・静岡市清水区に向かった 鮒さんと ぬえ。すでに時間も残り少なかったので、観阿弥の終焉の地である浅間神社はまたしても見ずじまいでしたが…市役所でご紹介頂いた清水区の方にお会いすることができました。この方は地域振興に長く尽力しておられる方で、ここではエレーヌ夫人の事績や当地・清水での「羽衣の碑」をめぐるその後の動静、さらに夫君マルセル氏との交流がその後も続いていたことを知ることができました。

中でも驚いたのは、今から25年以上前に、静岡県のテレビ局がエレーヌ夫人の特集のドキュメンタリー番組を放送していたことです。その録画を見せて頂いたのですが、なんと師家の協力によってその番組は作られていたのでした。…ぬえはこの事実を知りませんでしたが、当時 ぬえはまだ、師家に入門していたか、その直前、といった頃ですね。

がしかし、この番組の存在を知って、ようやくいくつかの疑問も氷解しました。

たとえば、今回の師家所蔵のフィルムのデジタル化について、なぜかエレーヌ夫人関係のフィルムだけ静岡県のテレビ局の封筒に納められていたこと。それから、これらのフィルムをDVDにしたところ、なぜか師匠の弟にあたる先生が、ご自宅に同じフィルムを録画したビデオテープがあったこと。

弟先生によれば、なぜそのビデオが自宅に残っているのか記憶が定かでない、とのことでしたが、事実関係をつなぎ合わせてみれば、大体の事情がわかってきました。…すなわち、この番組が作られたときに、テレビ局の調査で ぬえの師家にフィルムが残されていることが判明→それを借り出して、いまの 鮒さんや ぬえのようにビデオテープに焼き直した→放送の記念として関係者である師家にビデオが贈呈された→元のフィルムはテレビ局の封筒に入れて師家に返却され、その封筒ごと師家に残された→その後、当時の経緯は師家ではわからなくなった(おそらく静岡県内のみで放映されたため、東京在住の師家では番組そのものを見ておらず、成果についても印象が薄いのかも)→弟先生は資料などをこまめに整理する方なので、今回のデジタル化によって作られたDVDを見て、同じ内容のものがビデオテープの形で自宅に残されていることに思い当たった… おそらくこのような事情なのでしょう。

ところで、このフィルムを誰が作ったのか…商用なのか記録なのか…などと、これまでこのブログでもいろいろに推測はしていたのですが、これも結果的に鮒さんの考察の通り、マルセル自身によるものだという事が、テレビ番組の中で明らかにされました。これは番組の中で、このフィルムをマルセルに見せている場面でナレーションで言っていたのですが、その時マルセルへの取材の中でインタビューされたのでしょう。番組の中では、このフィルムは ぬえの師家に残されていたものをビデオに起こしたものだ、ということもハッキリとナレーションされていました。

興味深かったのは、このフィルムを見たマルセルの感慨深げな表情。彼の手許には、自身がプロデュースしたものではありながら、このフィルムは残されていなかったのです。…「羽衣の碑」の除幕式から60年近くが経ち、このテレビ番組の放映からも25年以上が過ぎ去り…歴史から見ればほんの些細な時間かもしれませんが、わからなくなってしまう事は多い。…ぬえも何度もこういう事に気がついて、関係者が亡くなる前に…と言っては失礼ですが、近代の師家の歴史の証言を採録したことがありましたが、こんな身近な例さえ分からなくこともあるのですね…

いま、日本は未曾有の危機に直面しており、その対策に一喜一憂している段階だと思いますが、記録しておくこともまた必要なのではないかなあ、と思ったのでした。

さて旧清水市ではさらに、エレーヌ夫人の遺品が当地に残されていることを知り、これらの取材に向かうこととしました。

これがまた…興味深かったのですよね~