ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

師家所蔵 16mmフィルムのデジタル化大作戦!(その12)

2011-04-09 21:17:05 | 能楽
で、今回の展示品の中で注目すべきはこれ! エレーヌ自筆の「羽衣」の譜面です。

エレーヌは、戦争直後の乏しい情報の中から能について独学で学び、彼女なりの「羽衣」を舞台化して1947年に初演に漕ぎつけました。そうして、その同じ年の6月には白血病のため舞台上で倒れ、2年後の51年に35歳の若さで他界しました。

その「羽衣」の台本の第一歩が、おそらくこの譜面であるのでしょう。横にSP盤の「羽衣」が並べて展示してありましたが、おそらくこういう資料を入手して、謡曲のメロディを採譜していったものでしょう。そこから出発して、今度は能の演技を舞台に写していく作業をしていったものと思われますが、この譜面は純粋に声楽として能を捉えようと研究したものでしょう。

譜面の拡大図。





譜面の1枚目には「風早の…」以下、ワキが登場する冒頭部分から、ワキのサシのトメ「心空なる気色かな」までが採譜されています。五線譜上に謡のメロディが記され、当該の部分を謡う役…ワキ・ワキツレの区分が記されていて、五線譜の下にはローマ字で日本語の詞章が、されにその下にフランス語の訳が書かれています。

よく読んでみたのですが、ぬえが属する観世流の本文と一致していますし、また節も観世流の謡本に出てくる節はすべて捉えられていますので、当初は「ををっ、エレーヌは観世流の羽衣を聴いて台本に生かしたのかな?」とも思ったのですが、ぬえは他のお流儀の節や詞章の異同を知らないので、比較のしようもない…そもそもこの部分はツヨ吟ですから、流儀による節の違いもあまり明確には出ないです… そのうえ外国人の耳で聞いた日本語の謡ですから、実際の節付けと記譜との間に多少の誤差が生じるのは致し方のないところでしょう。

ただ、何カ所か、「白龍と申す漁夫にて候」の「漁夫にて」が…ハッキリしないですが「Ghio O Ni TE…」と「漁翁」? とも読める様子なのと、「これは三保の松原に」の「松原に」が「Ma Tsu Ba Ra N Ni=松原ンに」、同じく「一楼の名月に」の「名月に」が「MeI Ghe Tsu N Ni=名月ンに」、「月も残りの天の原」の「月も」が「Tsu Ki N Mo=月ンも」と、観世流にはない「呑ミ廻シ」の節があるように見えること…これらもまた「誤差」の範囲内かもしれませんが、さらに全体の音の流れの雰囲気が、どちらかというと宝生流に近いような印象も感じないではありません…このへんはよく校合してみないといけないですね。

譜面に並べて展示されていたSP盤…おそらくこれを資料音源として採譜が行われたのではないか、と疑われるレコード盤ですが、どうもレーベルがよく読めません。あとで撮影した画像を拡大してみて、ようやくレコード会社や品番、そして内容がわかりました。

コロムビア●●<難読>レコード A1012 羽衣 故 宝生九郎 野口政吉

…やはり宝生流でしたか。「故」という表示がなんとも気になりますが…。また「野口政吉」は「野口兼資」の本名です。レコードの内容について品番から国会図書館のオンライン検索してみたところ…ヒットはしたものの、ほとんど意味をなさない情報しか得られませんでした。

http://opac.ndl.go.jp/recordid/000008872506/jpn

国会図書館に行って実物を見て、また試聴させてもらえればよいのですが…それは大変だなあ…

で、鮒さんとこのレコードとエレーヌ自筆譜面との関係について話し合ったところ、重要な事実を見落としていることが判明しました!