さて大体 舞台(といっても体育館のフロア)の準備が整ったところで装束の準備。今回のワークショップでは、お客さまは能をご覧になった経験がない方が大半であろうし、もとより能をご覧になろう、という意欲を持って集まってくださった、とは言い難く、むしろそこにあるから見た、という感じになろうとは予めわかっていました。むしろ能が持つ力を知る者として、このパワーをみなさんの心の中に打ち込んで来たい、というのが ぬえをはじめ今回参加してくれた能楽師の願いであったろうと思います。そこで、出演者は少人数であってもできるだけ本式の能に近い形でお見せすることを旨として臨みました。
会場となったのは体育館でしたが、それを決めるのにも現地ボランティア~チーム神戸の水島緑さんと事前に入念に打合せをさせて頂きました。前回 ぬえが飛び入りした「音楽室」であれば、2階と3階に居住している住人さんが参加しやすい…ですが近隣の住民は来にくいでしょう。一方体育館であれば広く近所の方々にも広報できるけれど、湊小学校の高齢の住人さんは行くのが大変…そこで水島さんのアイデアで、夕食の配給時間に体育館で行うことになりました。湊小学校では夕食の配給を体育館で行っていて、近所の住民の方々も同じく配給を受けるために集まるから…この予想は大当たりでした。
というのも ぬえたちが訪問したのがちょうどお盆の最中で、湊小学校の住民の方々もお墓参りなどで一時避難所を離れておられたり、かなり少ない状況でした。正直、湊小学校の中を久しぶりに歩いてみましたが、ほとんど住民の方がおらず、これは…せっかく石巻まで来たのに能楽ワークショップは開店休業か?? とまで危ぶんだほどだったからです。ところが開演時刻になると、いやその前から少しずつお客さまも集まり始め…最終的には2~30名の方が参加してくださいました。
今回の ぬえの上演曲は 能『石橋』より「獅子」舞の部分です。狂言方のOくんに装束を着付けて頂いて、そのアシスタントとしてリーダーの金田真須美さんをはじめとするチーム神戸のボランティアの方々がお手伝いしてくださいました。こうして開演前に装束の大部分を着付けておいたのですが、もうこの時点から湊小学校の住人さんが10名近くお越しになり、自然に着付け実演のデモンストレーションになりました。そのうち親切な住人さんが「暑いでしょ?」なんて言って団扇で ぬえの顔をあおいでくださる…なんだかアットホームで楽しい雰囲気になりました。雑談しながら装束を着付けたのは初めてかも。もちろん東京の楽屋では許されないのですが。夕食の配給に集まった方々は、そのままお帰りになる方もありましたが、足を止めてご覧になってくださる方も多く、ぬえも嬉しく思いました。


さてワークショップでは司会進行担当の狂言方Oくんからスタート。結構マジに能狂言のお勉強のようなお話をしています…と思ったら、いきなりお客さまにレクチャーを始めました。主に呼ばれた太郎冠者が主人のもとに駆けつけながら発する返答の「ハアーーーー」という発声を、お客さまにも真似るよう言っています…ところがこれ、意外に面白いものでした。同じ返答の文句でも、近い場所から主人にこたえる場合と、廊下の遠くから駆けつける場合とではずいぶんと感じが違います。そのうえこの返答の「ハア」は、抽象的な言葉だけに、感嘆詞的に別の場面でも使われることがあるそうで、物を見て「へええ~」と感心するような場面をOくんは実演しましたが、これも「大きい物を見上げるようなときは、また感じが違うんです」と、それら場面によっての発声の違いを演じ分けてみせてあげていました。最後には狂言の真骨頂! 笑う場面です。大声で「ハーッ、ハッハッハ…」。これを参加者にもやってもらうのですが、本当に吹き出してしまう方まであり、みなさん喜んでいらっしゃいました。
これが終わってからいよいよ『石橋』の獅子舞。震災後、いろいろとありましたし、いろんな方法で被災地に支援の手を差し伸べた能楽師は多いと思いますが、曲がりなりにも装束を着て「能」を被災地…わけても避難所で演じたのは ぬえたちが初めてではないかなあ、と妙な感慨を持ちつつ、簡単に曲の説明をして、さてお客さまの前で「子獅子」の面を掛けました。
今回の上演ではTさんと ぬえの二人だけでの上演です。完曲としての『石橋』は大切にされていますし、略式に、能の中の舞の部分だけを抽出した演技とはいえ、この曲を上演するのには賛否もあろうかと思います。しかし ぬえは冒頭に申しましたように、キズを負った街に、その住民のみなさんの心にパワーを打ち込んで来たい、という思いがありました。
さらに言えば、6月に東北地方を訪れたときに…ぬえは、いくつかの土地で感じてしまったのです。人が、街が負傷したそのキズのために生じた隙間に…入り込んで巣くっている魔物の影を。当地に暮らす方々には言えませんでしたが、その体験を伊豆の子ども能のお母さん方に話したところ、そのうちのお一人が ぬえに言いました。「…それ、やはり東北にお見舞いに言った友達が…同じ事を言っていました…」
今回、8月に再びその地を訪れたときに、ぬえはその「影」がだいぶ薄れている事に気がつきました。瓦礫の撤去、泥出し…そういった復興に向けた地道な作業は、こういう人の心のキズのためにふと出来てしまった隙に入り込んだ「モノ」の棲む場所を、一つひとつ潰していく作業なんだな、と思います。能には、もとよりこういう「邪気」を払う要素が多分にありますね。今回『石橋』をテーマに選んだのは、こういう「魔」を払拭したいという気持ちがあって、その意味で能の中にある強さを、これほど圧倒的に全面に押し出し、なおかつ「聖」なるものとのバランスを取り得た曲がほかにないからでもあります。大切な曲である故に「不謹慎」と思われる方も、それでもおられるとは思いますが、ぬえは曲を軽んじたのではもちろんなく。むしろこの曲を作り、また伝えた先人の心を思えば、当地での上演こそふさわしい、と ぬえが浅はかながら考えた、その気持ちを どうか了とせられますよう。
会場となったのは体育館でしたが、それを決めるのにも現地ボランティア~チーム神戸の水島緑さんと事前に入念に打合せをさせて頂きました。前回 ぬえが飛び入りした「音楽室」であれば、2階と3階に居住している住人さんが参加しやすい…ですが近隣の住民は来にくいでしょう。一方体育館であれば広く近所の方々にも広報できるけれど、湊小学校の高齢の住人さんは行くのが大変…そこで水島さんのアイデアで、夕食の配給時間に体育館で行うことになりました。湊小学校では夕食の配給を体育館で行っていて、近所の住民の方々も同じく配給を受けるために集まるから…この予想は大当たりでした。
というのも ぬえたちが訪問したのがちょうどお盆の最中で、湊小学校の住民の方々もお墓参りなどで一時避難所を離れておられたり、かなり少ない状況でした。正直、湊小学校の中を久しぶりに歩いてみましたが、ほとんど住民の方がおらず、これは…せっかく石巻まで来たのに能楽ワークショップは開店休業か?? とまで危ぶんだほどだったからです。ところが開演時刻になると、いやその前から少しずつお客さまも集まり始め…最終的には2~30名の方が参加してくださいました。
今回の ぬえの上演曲は 能『石橋』より「獅子」舞の部分です。狂言方のOくんに装束を着付けて頂いて、そのアシスタントとしてリーダーの金田真須美さんをはじめとするチーム神戸のボランティアの方々がお手伝いしてくださいました。こうして開演前に装束の大部分を着付けておいたのですが、もうこの時点から湊小学校の住人さんが10名近くお越しになり、自然に着付け実演のデモンストレーションになりました。そのうち親切な住人さんが「暑いでしょ?」なんて言って団扇で ぬえの顔をあおいでくださる…なんだかアットホームで楽しい雰囲気になりました。雑談しながら装束を着付けたのは初めてかも。もちろん東京の楽屋では許されないのですが。夕食の配給に集まった方々は、そのままお帰りになる方もありましたが、足を止めてご覧になってくださる方も多く、ぬえも嬉しく思いました。


さてワークショップでは司会進行担当の狂言方Oくんからスタート。結構マジに能狂言のお勉強のようなお話をしています…と思ったら、いきなりお客さまにレクチャーを始めました。主に呼ばれた太郎冠者が主人のもとに駆けつけながら発する返答の「ハアーーーー」という発声を、お客さまにも真似るよう言っています…ところがこれ、意外に面白いものでした。同じ返答の文句でも、近い場所から主人にこたえる場合と、廊下の遠くから駆けつける場合とではずいぶんと感じが違います。そのうえこの返答の「ハア」は、抽象的な言葉だけに、感嘆詞的に別の場面でも使われることがあるそうで、物を見て「へええ~」と感心するような場面をOくんは実演しましたが、これも「大きい物を見上げるようなときは、また感じが違うんです」と、それら場面によっての発声の違いを演じ分けてみせてあげていました。最後には狂言の真骨頂! 笑う場面です。大声で「ハーッ、ハッハッハ…」。これを参加者にもやってもらうのですが、本当に吹き出してしまう方まであり、みなさん喜んでいらっしゃいました。
これが終わってからいよいよ『石橋』の獅子舞。震災後、いろいろとありましたし、いろんな方法で被災地に支援の手を差し伸べた能楽師は多いと思いますが、曲がりなりにも装束を着て「能」を被災地…わけても避難所で演じたのは ぬえたちが初めてではないかなあ、と妙な感慨を持ちつつ、簡単に曲の説明をして、さてお客さまの前で「子獅子」の面を掛けました。
今回の上演ではTさんと ぬえの二人だけでの上演です。完曲としての『石橋』は大切にされていますし、略式に、能の中の舞の部分だけを抽出した演技とはいえ、この曲を上演するのには賛否もあろうかと思います。しかし ぬえは冒頭に申しましたように、キズを負った街に、その住民のみなさんの心にパワーを打ち込んで来たい、という思いがありました。
さらに言えば、6月に東北地方を訪れたときに…ぬえは、いくつかの土地で感じてしまったのです。人が、街が負傷したそのキズのために生じた隙間に…入り込んで巣くっている魔物の影を。当地に暮らす方々には言えませんでしたが、その体験を伊豆の子ども能のお母さん方に話したところ、そのうちのお一人が ぬえに言いました。「…それ、やはり東北にお見舞いに言った友達が…同じ事を言っていました…」
今回、8月に再びその地を訪れたときに、ぬえはその「影」がだいぶ薄れている事に気がつきました。瓦礫の撤去、泥出し…そういった復興に向けた地道な作業は、こういう人の心のキズのためにふと出来てしまった隙に入り込んだ「モノ」の棲む場所を、一つひとつ潰していく作業なんだな、と思います。能には、もとよりこういう「邪気」を払う要素が多分にありますね。今回『石橋』をテーマに選んだのは、こういう「魔」を払拭したいという気持ちがあって、その意味で能の中にある強さを、これほど圧倒的に全面に押し出し、なおかつ「聖」なるものとのバランスを取り得た曲がほかにないからでもあります。大切な曲である故に「不謹慎」と思われる方も、それでもおられるとは思いますが、ぬえは曲を軽んじたのではもちろんなく。むしろこの曲を作り、また伝えた先人の心を思えば、当地での上演こそふさわしい、と ぬえが浅はかながら考えた、その気持ちを どうか了とせられますよう。