ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

ふたつの影…『二人静』(その2)

2014-06-26 11:19:23 | 能楽
「一声」で囃子方が打つ特定の「手」を聞いて幕を揚げたツレは幕内で一旦右にウケ、それから再び向き直って橋掛リを歩み行きます。この右ウケは「一声」に限らず「出端」「早笛」「大ベシ」など多くの登場囃子で役者が登場前に行う、いわば儀式のような動作ですが演出上の効果はそれほどなく、意味も ぬえにはよくわかりません。。しかし演出について言えばこの右ウケがあるために幕を揚げてすぐに歩み出すことができず、お客さまから見て幕揚げから実際に役者が姿を見せるまでに「ほど良い時間差」が生まれるのは事実ではないかと思います。

意味に関して言えば、橋掛リが舞台の正面に対して横向きに取り付けられている、という能舞台の構造と何らかの関連があるのは想像することができます。見所に対して横向きの姿で登場し、長い橋掛リをそのまま歩むのですから、正面に正対して登場する、という心を表しているのかもしれません。

。。が、実際にはそう単純なことでもないようで、たとえば役者が乗り物に乗って登場する、という設定の場面では、役者は右ウケをしないで、幕を揚げるとそのまますぐに歩み出すのです。『小塩』の後シテなどが好例で、この場合は乗り物というのは花見車です。もちろん役者はその乗り物に乗ったまま橋掛リに登場するのではなく、「一声」の演奏が始まると花見車は後見によって舞台に運び出され、その後シテが橋掛リを歩んでこの車の作物の中に立つことになります。『鵺』や『玉鬘』の前シテなどでは舟に乗って登場する、という設定ですが、作物さえ出しません。この場合はシテが手に竹の櫂竿を持って登場することで舟を漕いでいることを表現するのですが、やはり乗り物に乗って登場している設定ですので右ウケの動作はないのです。

能の、このような何気ない動作にはある重要なメッセージが隠されていることも多いですね。たとえば「運ビ」と私たちが呼んでいる、いわゆる「すり足」の歩行法ひとつをもっても神道の歩行法である「反閇」(へんばい)の影響が指摘されるように、この右ウケにも深い意味があるのかもしれません。これは今後の宿題ですね。

さて橋掛リに登場したツレ菜摘女は舞台に入りシテ柱に立って「一セイ」という形式のリズムに合わない謡を謡い出します。「一声」で登場したから「一セイ」なのでしょうが、それに限らずイロエという短い舞の前など、場面のひと区切りとなる箇所にも置かれることがあります。形式としては五・七・五・七・五(または七・五・七・五の場合も)の文字数で、きらびやかな節が付けられているのが大きな特徴です。『弱法師』『葵上』などではこの「一セイ」のあとに「二ノ句」という、七・五・七・五(または五・七・七・五)文字の付け句がある場合もあって、そちらの方が正式と考えられています。

ツレ「見渡せば。松の葉白き吉野山。幾世積りし。雪ならん。 と二足下り

これにて大小鼓は演奏にひと区切りをして、ノリのない、いわゆる「アシライ」と呼ばれる演奏に変わります。ツレは謡い続けますがこれは「サシ」と呼ばれる小段で、「サシ」は「一セイ」と同じくリズムに合わせない謡い方をするのですが、文字数にも句数にも制限はなく、延々と長い独白のようなものもあります。どちらかといえば「一セイ」が叙情的な内容であるのに対して「サシ」は叙事的なことが多く、場面の説明をしたり、独り言を言ったり、という場面に使われます。

囃子方が「一セイ」と「サシ」とで打ち方を変えるのも、その内容と無関係ではないでしょう。おそらく「一セイ」は叙情的な謡の内容に唱和するように気分を盛り上げるのであり、「サシ」では謡が語る内容を見所に明瞭に届けるために、控えめな「アシライ」で雰囲気づくりに徹するように作られているのだと思います。

ツレ(サシ)「深山には松の雪だに消えなくに。都は野辺の若菜摘む。頃にも今や。なりぬらん。思ひやるこそゆかしけれ。

ここにて大小鼓は「打切」という手を打って、ツレもその「打切」の1小節の間だけ謡うのを休んでひと区切りをつけます。次に謡われるのは「上歌」(あげうた)で、これは拍子に合う謡です。能の中では代表的な小段で、1番の能の中でワキもシテも、地謡によっても何度も謡われ、能の台本の骨格をなすと言える小段でしょう。

それだけに内容は千差万別で、「上歌」という名称はその形式を表す呼称に過ぎません。ワキが謡う「道行」。。これから起こる事件の現場に歩を進める紀行文としても、同じくワキが謡う「待謡」。。前シテが中入してから、その正体を知って後を弔う場面など後シテの登場を予感させる場面で謡われるのも形式としては「上歌」の一種。形式としては上音と呼ばれる高音から謡い出し、最初の句はプロローグとして再び大小鼓の「打切」の手を挟んで同じ句を繰り返し、それから本文が始まります。謡本(台本)としては数行の分量で、文章としては途中に小さな区切りがあって、そこにハッキリと区切りをつけるために「打切」がさらに挿入されることもあります。終わりは音が下がって、始まりと同じようにトメの文句を二度繰り返して終止します。

「上歌」では笛の「アシライ」が彩りを添えますが、これがとても効果的ですね。これも最初の「打切」の中、途中の区切りの部分、終わりの繰り返しの部分、の3カ所に吹く定型がありますが、パターンが決められてあるにもかかわらず、どの上歌にとってみてもうまく雰囲気に合う譜だと思いますし、また合わせることに笛の役者さんが心を砕いています。

ツレ(上歌)「木の芽春雨降るとても。木の芽春雨降るとても。なほ消え難きこの野辺の。雪の下なる若葉をば今幾日有りて摘まゝし。春立つと。云ふばかりにや と右ウケ三吉野の山も霞みて白雪の消えし跡こそ。道となれ と中へ行き消えし跡こそ道となれ。 と正面向きトメ

言っておかなければならないのは、『二人静』のこの場面はツレが謡うので、シテのようにならないように台本が万事簡略化されていることです。

たとえば「一セイ」には「二ノ句」はなく(二ノ句がある方が稀ではありますが、ツレの一セイであれば二ノ句まで付けられることはあり得ないでしょう)、「サシ」も短く、そしてメッセージと言うべき内容がほとんどありません。『二人静』のツレが謡う「サシ」は、早春の雪解けの頃の風情を見ながら遠い都の華やかさを萌える春の芽吹きになぞらえて憧れを語っている程度で、この菜摘女がまだ夢見るような可憐な少女であることを印象づけようとしています。

それから「一セイ」「サシ」「上歌」と続く構成。これも本来であれば「上歌」の前に低音を基調とした短い小段「下歌」が挿入されることが多いのですが、『二人静』では省略されています。

続く「上歌」もまた短く作られています。内容としては菜摘川のほとりの野辺に歩み行く行動をやや叙情的に描いていて、ワキの「道行」に似た構成で、動作もこの上歌の中盤から始まり、右ウケてあたりの景色を眺め、やがてツレは舞台の中央に歩み行きますので、これで菜摘川に到着したことが説明されます。この曲にはワキの「道行」はありませんから、あえて叙情的な紀行の場面をツレに受け持たせたのでしょう。

文章を見てみると勝手宮から遠くない菜摘川へのお出かけなので具体的な地名を織り込んではいませんが、やはり「一セイ」や「サシ」と同様に、わざと叙情的な言葉が選ばれている印象を受けます。具体的な地名や自身の思いをハッキリ言わずに、ただ心うれしく春の野に遊び出た少女、という風情なのだと思います。