「今日は今日で、明日は明日。よろこべ。明日に繋がる今日をよろこべ」
1
今日は今日である。明日は明日である。
よろこべ。今日をよろこべ。明日をよろこべ。今日の一歩をよろこべ。
明日に繋がる今日をよろこべ。
すべては最上最高へ繋がっている、そうでないように見えても。縺れ合っていても。
その先へまたその先へ繋がっている。浮いたり沈んだりはするけれども、最高地点へ行き着けるようになっている。
何があっても、だから、恐れるな。
2
不如意。思う通りにいかなくなる時がある。しかし、それはそれでいいんだと思う。
足踏みしててもいいんだと思う。
進むばかりじゃなくていい、退いてもいい。停滞にも意味がある。損失ではない。利益するところも多い。
むしろそれは大事なことのように思う。
突進していくことも、突進をしないで立ち止まってみることも、大事なことなのではないか。
3
躓いても転んでも倒れても、起き上がれなくとも、いいのだ。
我が意のままになれないこと、それを体験することも貴重な体験なのだ。
運が悪いなんて思わない方がいい。戦いに敗れたなんて思わない方がいい。自己を責めない方がいい。
4
人間万事塞翁が馬だ。何か吉かは分からない。何が凶なのかも分からない。吉のための凶だったり、凶のための吉だったりもする。
人のするとおりではなくていい。自己流でいい。争わなくていい。
何処の道をどう歩こうと、すべての道はローマに通じている。目覚めの首都に通じている。超克の人間勝利に導かれている。
5
こころを病んでもいい。体を病んでもいい。地獄に堕ちてもいい。
負けてもいい。挫けてもいい。七転びすればそれだけ多くのの発見がある。八起きの感動が深く高く大きくなる。
時間は掛かるだろうが、そこを超えて行く。そこを通ったことが意味を持つときが来る。そこを超えて行くことができるのだ。その貴重な体験をさせられるのだ。
これは、選ばれた人にしかできないことなのだ。その人でなければならないような新しい世界に踏み入っていけるのだ。そこで始めて、行く行く己が嘗めた辛酸の意味が解けるのだ。
6
この老爺は仏教を仰いでいるから、すべてがお慈悲なんだと思う。仏陀になるための一歩なのだと思う。配慮なんだと思う。
人はみな等しく守られて導かれている。心配しないでいい。安心していていい。
どの道を行こうとそこも仏陀の智慧の道である。仏陀のお慈悲の道である。大いなる道である。仏陀になる道である。一本のまっすぐした道である。
7
晴れ晴れとしていよ。青い大空のようでいよ。広大な大空のようでいよ。屈折するな。尻込みするな。へこむな。萎縮するな。
8
助けが入る。きっと仏陀の助けが入る。菩薩の支えが入る。挫折をした者にはそれだけの愛情が布施されて来る。苦難の道を歩む者にはそれだけ多くの配慮が入る。
それを助けだと知ることができるようになる。苦難の道を歩もうと、それはそれで無駄ではないのだ。
この老爺はこれまでに何度助けられたことだろう。仏陀が助けに来てくれたのだ。尊いことだったのだ。
9
明けない夜はない。夜明けまでが暗いが、暗いときには安眠をむさぼっていればいいことなのだ。眠れる獅子になっていればいい。
また時が来る。朝日が昇る。光り輝く朝が来る。必ず来る。
10
若いときに苦労を嘗める。これはその人が選ばれた者だからである。
神は、背負いきれない荷物をお与えになることはない。背負いきれる者にしか荷物をお与えにはならない。
蹉跌を踏ませて頑丈になさるのだ。鍛錬をさせられるのだ。
その先その先を見て、神々はその人を導いておられるのだ。