是人之功徳 無辺無有窮 如十方虚空 不可得辺際
法華経如来神力品より
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ぜにんしくどく むへんむうぐう にょじっぽうこくう ふかとくへんざい
この人の功徳は、無辺にして窮まり有ることなく、十方の虚空の、辺際を得るべからざるが如し。
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「この人」とは? 此処では法華経を聞いている人たちのことである。信じて受持して実践する人たちのことである。
法華経を聞いて信じて受け入れてそれを実践に移す事ができる人たちには功徳が付与される。仏陀から無辺際の数限りない功徳を頂戴する。
ご利益を頂戴する。ご利益が何処までも何処までも続く大空のように窮まりがない。尽きない。エンドレスだ、というのである。
如来神力(=神通力)もこの功徳である。ご利益である。
利他の実践をするときにはこの如来神力が、法華経の行者に提供される。
(利己のためには、しかし、これは活用できないらしい。あくまでも利他の実践活動のときにしか行使できないらしい)
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この後に経典はこう続いている。
能持是経者 則為已見我 (のうじぜきょうしゃ そくいいけんが)
能く是の経を持(たも)つ者は、則(すなわ)ち為に已に我を見るなり。
法華経を保持している人はなによりもまずわたし(仏陀=釈迦牟尼世尊)に遭うことができている。仏陀に遭って最大級の歓喜を覚えている。これがなによりの功徳である、と。
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何度も書いていることだが、仏典はよろこびのオアシスである。だからここへ来る。ここへ来ると魂の渇きが癒される。いのちが歓喜でみずみずしくなって潤う。よろこべよろこべよろこべと書いてある。
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よろこんだ者は他者をよろこばせねばならないのだが、さぶろうはそれをしないで、ひとりだけでにやにやにやしている。もらうだけで与えることをしていない。与えることでますますご利益は増大してパワーアップするはずだろうけど、それを怠っている。怠け癖を羞じる。