昨日午前、緒形拳さんをしのぶ番組がありました。
この夏、『帽子』という地元がらみのテレビドラマが放映されたのですが、いい意味で「何もしていない」透明な演技を拝見して、「・・・拳さん、すごく痩せられて何か重病?もしかして死期を感じておられる?」とゾッとしていたのですが、最悪の形でその予感が的中し、先日大変ショックを受けたのでした。
ここで私がいうまでもないことですけれど、ほんとにどんな役でも演技という以上のなりきられ方で、かなり近しい人でも、「ほんとのところはどんな性格なのか」かなりナゾだったそうです。
こんなすごい役者がほかにあったろうか・・と思います。
昨日のアーカイブでは、1965年『太閤記』(秀吉)、翌年の『源義経』(弁慶)、あと舞台の2006年の『白野』の映像が流れました。
いずれも初めて見るものばかり。どれもすごい、の一言なのですけど、特に一人芝居『白野』(鼻の大きい醜男シラノの和モノです)の最終幕。
このときはすでに闘病が始まっていたそうなのですが、最後の最後までの緊張感。深手を負っているにもかかわらず、それを隠したまま愛する人に語りかけながら死んでいくさまは、拳さんの最期にも通じる美学であったでしょうか。
ほんとにアブラ汗を流しながら、苦痛に顔をゆがめながら、でもきわめて冷静な演技・・・これは演技ではないですね、もう。でも、いわゆる「とり憑かれている」というのでもない。なのでこちらも「凄い」とは思うけど、それは拳さんが「凄い」というのではなくて、<白野>という男が「凄い」と思うわけです。
この『白野』の頃(2006)に、拳さんがインタビューで話しておられたこと。
「なにかを演っているというのではなくて、『思い』だけが伝わるように出来たらいいな、と思う。だから<下手だなあ~>って言われたら、最高の褒め言葉なんだよね」
演劇にうとい私でありますけど、最後のころの拳さんは、そういう境地に達しておられたと確信します。
若い頃の、ある意味「ギラギラした」拳さんも楽しませてもらいましたけど、晩年の拳さんはほんとに突き抜けておられた。もっと生きてその境地をさらに見せていただきたかったのですが・・・・残念です。
遺されたたくさんの映像で、またいつでもお会いできるのが救いです。
そういう意味では、すばらしいお仕事をされ、いい人生でいらしたと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。
この夏、『帽子』という地元がらみのテレビドラマが放映されたのですが、いい意味で「何もしていない」透明な演技を拝見して、「・・・拳さん、すごく痩せられて何か重病?もしかして死期を感じておられる?」とゾッとしていたのですが、最悪の形でその予感が的中し、先日大変ショックを受けたのでした。
ここで私がいうまでもないことですけれど、ほんとにどんな役でも演技という以上のなりきられ方で、かなり近しい人でも、「ほんとのところはどんな性格なのか」かなりナゾだったそうです。
こんなすごい役者がほかにあったろうか・・と思います。
昨日のアーカイブでは、1965年『太閤記』(秀吉)、翌年の『源義経』(弁慶)、あと舞台の2006年の『白野』の映像が流れました。
いずれも初めて見るものばかり。どれもすごい、の一言なのですけど、特に一人芝居『白野』(鼻の大きい醜男シラノの和モノです)の最終幕。
このときはすでに闘病が始まっていたそうなのですが、最後の最後までの緊張感。深手を負っているにもかかわらず、それを隠したまま愛する人に語りかけながら死んでいくさまは、拳さんの最期にも通じる美学であったでしょうか。
ほんとにアブラ汗を流しながら、苦痛に顔をゆがめながら、でもきわめて冷静な演技・・・これは演技ではないですね、もう。でも、いわゆる「とり憑かれている」というのでもない。なのでこちらも「凄い」とは思うけど、それは拳さんが「凄い」というのではなくて、<白野>という男が「凄い」と思うわけです。
この『白野』の頃(2006)に、拳さんがインタビューで話しておられたこと。
「なにかを演っているというのではなくて、『思い』だけが伝わるように出来たらいいな、と思う。だから<下手だなあ~>って言われたら、最高の褒め言葉なんだよね」
演劇にうとい私でありますけど、最後のころの拳さんは、そういう境地に達しておられたと確信します。
若い頃の、ある意味「ギラギラした」拳さんも楽しませてもらいましたけど、晩年の拳さんはほんとに突き抜けておられた。もっと生きてその境地をさらに見せていただきたかったのですが・・・・残念です。
遺されたたくさんの映像で、またいつでもお会いできるのが救いです。
そういう意味では、すばらしいお仕事をされ、いい人生でいらしたと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。