今日午前は幼稚園のおゆうぎかい。
ドキドキ屋の娘は、夕べから若干挙動不審で、今朝も早起き。自分から起きることなどクリスマスと旅行の朝くらいしかないのに、それに並ぶテンションだったと見えます。
娘がやるのは言語劇(つまり普通の劇です)の『ピーターパン』の人魚役。人魚は自分で「やりたい」と、かって出たらしい。ダブルキャスト以上が当たり前の幼稚園のおゆうぎかいですけど、人魚はふたりらしく、これはかなり少ないほう。
それにしても、ずいぶん『ピーターパン』には入れ込んでいて、毎日ほど「あたし、大人になりたくないなあ。大学生にもなりたくない。ネバーランドに行きたい」と言います。
せっかくなので、「なんで、大人になりたくないの?」ときいてみました。たぶん勉強がいやだとか仕事がいやだとかいうだろうと思って。
すると、「お腹切るのがイヤだから」と。
いや切腹とかじゃないですよ。娘がいってるのは出産のことです。
私が子どもふたりを帝王切開で産んだのを知っていて、「お腹切るのはイヤだ→出産はいやだ→大人になるのはイヤだ→ネバーランドに行きたい」となったらしい。
それをきいたお兄ちゃんが「赤ちゃんがお腹の中でヘソの緒巻きつけたりしてなければ大丈夫だよ(←お前のことじゃ)」といったのですが、そうなると当然
「じゃあ、切るんじゃなかったらどうやって赤ちゃんを産むのか」という話に当然なり、「それはですね・・・下から産むのが一般的なのですよ。テレビなんかでもみたことあるでしょ?」と言ってみたのですが、娘なかなかしつこい。
「じゃあ、切らなくていいのかどうかっていうのはいつ決まるの?初めから決まっていることなの?」と。
「それはねえ、産むぎりぎりに決まることもあれば、産む前から決まっていることもあるよ」
と言ったのですが、「じゃあ、私はどっち?」と。
・・・・そんなんわかりませんがな。だいたい生まれてから6年くらいしかたたないのに、もはや自分の出産がどういう形なのか心配している娘自体が私にはかなりの不思議です。それに帝王切開でなくても、出産は痛いし大変なことには違いありません。
そんなこんなの『ピーターパン』なのですが、ある意味すごかった。
5つの演目のうちあとの4つは、ノリのいい踊りだったり、ナレーションに合わせて動きや踊りをつける舞踊劇だったりで、それなりにスピーディな運びだったのですが、この『ピーターパン』はセリフの時は効果音もいっさいないような、純粋に子どもたちのセリフのみで進んでいくもの。で、このセリフがですね・・・いまどき珍しいような棒読み。「サイタサイタサクラガサイタ」じゃないけど、「ソウダソウダネバーランドヘイコウヨ」みたいな、逆にある種の指導を感じるセリフ回しでした。
ピーターパン役は前半3人、後半3人の計6人。一緒にしゃべることはないんです。長いセリフを分けて言う。だから6人いても、誰かが休むと劇の進行には支障をきたします。
娘の人魚役はどう考えても端役のはずなのに、出てくればど真ん中、エンディングもずっとど真ん中。親は写真撮りやすくていいですけどね。
ちなみにあとのプログラムは以下です。
オアシスの幻想・・・・踊り(男女)
獅子の舞・・・・・・・踊り(男)
アラジンと魔法のランプ・・舞踊劇(男女)
二階左側かどの部屋・・・踊り(男女)
サンタがまちにやってくる、遠い日の歌、夢のメドレー・・コーラス(保護者有志のサークル)
勇気100%・・・・歌・合奏(全員)
ここの保護者のコーラスは大変うまく、伴奏ピアノもたぶん素人ではないな、という腕前なのですが、ピアノうますぎて、ちょっとばかし合唱を凌駕。部屋の大きさやピアノの位置も関係あるのですが、バランスよく客席に届けるというのは、難しいことだな、とあらためて思いました。
勇気100%では娘は鍵盤ハーモニカ。これもど真ん中でやってました(汗)。
ところで今日は息子の学校は創立記念日でお休み。
来週月曜からは期末考査なのですが、どちみち一人で留守番の午前中なんかウトウト寝てしまうに違いない、と無理やり連れていきました。
そしたらですね、なんと息子の学校の先生(教科担任)にお会いいたしました。
この先生、見た目大変お若いので、私はてっきり独身かと思っていましたところ、3人か4人かお子さんがおられるようで、そのなかのお一人が娘と同学年だったというわけです(クラスは違います)。
先生と息子は、文字通り「父兄」(←死語ですね)の立場で居合わせたということに・・。
世間は狭いです、あらためて。
ドキドキ屋の娘は、夕べから若干挙動不審で、今朝も早起き。自分から起きることなどクリスマスと旅行の朝くらいしかないのに、それに並ぶテンションだったと見えます。
娘がやるのは言語劇(つまり普通の劇です)の『ピーターパン』の人魚役。人魚は自分で「やりたい」と、かって出たらしい。ダブルキャスト以上が当たり前の幼稚園のおゆうぎかいですけど、人魚はふたりらしく、これはかなり少ないほう。
それにしても、ずいぶん『ピーターパン』には入れ込んでいて、毎日ほど「あたし、大人になりたくないなあ。大学生にもなりたくない。ネバーランドに行きたい」と言います。
せっかくなので、「なんで、大人になりたくないの?」ときいてみました。たぶん勉強がいやだとか仕事がいやだとかいうだろうと思って。
すると、「お腹切るのがイヤだから」と。
いや切腹とかじゃないですよ。娘がいってるのは出産のことです。
私が子どもふたりを帝王切開で産んだのを知っていて、「お腹切るのはイヤだ→出産はいやだ→大人になるのはイヤだ→ネバーランドに行きたい」となったらしい。
それをきいたお兄ちゃんが「赤ちゃんがお腹の中でヘソの緒巻きつけたりしてなければ大丈夫だよ(←お前のことじゃ)」といったのですが、そうなると当然
「じゃあ、切るんじゃなかったらどうやって赤ちゃんを産むのか」という話に当然なり、「それはですね・・・下から産むのが一般的なのですよ。テレビなんかでもみたことあるでしょ?」と言ってみたのですが、娘なかなかしつこい。
「じゃあ、切らなくていいのかどうかっていうのはいつ決まるの?初めから決まっていることなの?」と。
「それはねえ、産むぎりぎりに決まることもあれば、産む前から決まっていることもあるよ」
と言ったのですが、「じゃあ、私はどっち?」と。
・・・・そんなんわかりませんがな。だいたい生まれてから6年くらいしかたたないのに、もはや自分の出産がどういう形なのか心配している娘自体が私にはかなりの不思議です。それに帝王切開でなくても、出産は痛いし大変なことには違いありません。
そんなこんなの『ピーターパン』なのですが、ある意味すごかった。
5つの演目のうちあとの4つは、ノリのいい踊りだったり、ナレーションに合わせて動きや踊りをつける舞踊劇だったりで、それなりにスピーディな運びだったのですが、この『ピーターパン』はセリフの時は効果音もいっさいないような、純粋に子どもたちのセリフのみで進んでいくもの。で、このセリフがですね・・・いまどき珍しいような棒読み。「サイタサイタサクラガサイタ」じゃないけど、「ソウダソウダネバーランドヘイコウヨ」みたいな、逆にある種の指導を感じるセリフ回しでした。
ピーターパン役は前半3人、後半3人の計6人。一緒にしゃべることはないんです。長いセリフを分けて言う。だから6人いても、誰かが休むと劇の進行には支障をきたします。
娘の人魚役はどう考えても端役のはずなのに、出てくればど真ん中、エンディングもずっとど真ん中。親は写真撮りやすくていいですけどね。
ちなみにあとのプログラムは以下です。
オアシスの幻想・・・・踊り(男女)
獅子の舞・・・・・・・踊り(男)
アラジンと魔法のランプ・・舞踊劇(男女)
二階左側かどの部屋・・・踊り(男女)
サンタがまちにやってくる、遠い日の歌、夢のメドレー・・コーラス(保護者有志のサークル)
勇気100%・・・・歌・合奏(全員)
ここの保護者のコーラスは大変うまく、伴奏ピアノもたぶん素人ではないな、という腕前なのですが、ピアノうますぎて、ちょっとばかし合唱を凌駕。部屋の大きさやピアノの位置も関係あるのですが、バランスよく客席に届けるというのは、難しいことだな、とあらためて思いました。
勇気100%では娘は鍵盤ハーモニカ。これもど真ん中でやってました(汗)。
ところで今日は息子の学校は創立記念日でお休み。
来週月曜からは期末考査なのですが、どちみち一人で留守番の午前中なんかウトウト寝てしまうに違いない、と無理やり連れていきました。
そしたらですね、なんと息子の学校の先生(教科担任)にお会いいたしました。
この先生、見た目大変お若いので、私はてっきり独身かと思っていましたところ、3人か4人かお子さんがおられるようで、そのなかのお一人が娘と同学年だったというわけです(クラスは違います)。
先生と息子は、文字通り「父兄」(←死語ですね)の立場で居合わせたということに・・。
世間は狭いです、あらためて。