~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

フルコンサートピアノ演奏会

2008年10月19日 02時23分37秒 | ピアノ
この催し、昨年も参加したのです。
今、読んでみると昨年は忙しかったですねえ。午前中に学校説明会に行ってそれから弾いたのでした・・・。
この催しは「F町の生涯学習センター内のアリーナのピアノをみなさんで弾きましょう!」というものなのですが、ただで参加できるし、参加賞もらえるし、そればかりか昨年は写真まで送っていただけたという、なんとも親切なコンサート。
(最近あちこちでこの手のコンサートは行われているようでもあります)

今年は午前中なにも用がなかったので、朝10時半にうちを出て、途中でサンドイッチやパンを調達してから、会場近くのかじやんのピアノハウスに集合。
集合といっても、私以外はひねちゃん、それと応援メンバーがふたりという内訳ですけど・・。
1時間ほどここで過ごし、徒歩で会場へ(ひねちゃんは一足先に会場入り)。
昨年はピアノハウスで着替えてから行きましたけど、あちらでの時間が結構ありそうだったので、ふだん着のまま、かじやんは靴を手にぶら下げ近所の浜へ海水浴へ行くがごとき気楽さで(・・少なくともみかけ上は・・ほんとは緊張していたと思いますけど)、みんなでふらふらと歩いていきました。

更衣室ではうちの娘くらいのお子さん方が、かわいいチャイナ服や礼装でスタンバイ。
今日私はかじやんと相談して、服装は黒の上下にしていたのですけど、同じ服で臨んだ娘の発表会で「地味だった」とウケがいまいちだったことを思い出し(・・あくまでも<娘の>発表会だったわけなので、それでいいとも思うのですけど・・)、曲もクラシックではないことだし(ハリーポッターから<ヘドウィグのテーマ>)少し変化をつけることに。
で、手もちのレインボーカラーのオーガンジーのショール状のものを巻きつけることにしました(←以前、自分の演奏会の時、腰からしっぽのように引いていた布です)。
着替え終えたところで、更衣室の子どもたちのお母さんだか先生だかから声をかけられました。
「声楽の方ですか?」(←たしかにどちらかというと声楽のカッコぽいかもしれません)
「いえ」
「あ、では先生ですね」
「いえ」
・・・ここで、相手は次の言葉を失いました。つまりこの状況で、子どもではなく(私は娘を連れていました)、親だけが着替えるということそのものがかなりアヤシイことだったようです・・・
「えっとですね・・・趣味の大人といいましょうか。大人同士で連弾をするんです。ハリーポッターをやります」
・・・と私が説明したにもかかわらず「?」な感じだったのですが、気をとりなおして「ハリー・ポッターってよく知らないのですけど、楽譜は難しいのですか?」と言われました。
「面白い曲だと思いますので、よかったら聴いてくださいね」とお返事をしてひとまずお別れ。

今年はなんだか進行が早く、あっという間に順番がきました。娘は今年はホール内に入らず、ずっと私と一緒で、結局舞台袖までついてくることに。
大きい声は出しませんでしたけど、ずっとネコちゃんになったままウロウロしたりすわったり・・。みなさん緊張マックスの中、あのようなものがお邪魔をしまして申し訳ありません。
舞台袖の係のひとりは、私とかじやんのチェンバロの先生。実は昨年もここにおられたようなのですが、その時点では、まったく知らぬ関係だったのでした。ご縁とは不思議なものです。

ひねちゃんは「荒城の月」。
心にしみいるような、でもどこか華やか&艶やかな演奏で会場をさらいました。お客さんに聴かせることに長けてます、ほんとに。

そのひねちゃんの次の次が出番。
舞台に出てみると、昨年より随分客席が縮小されていて、階段状の移動椅子は出されていないようでした。つまり平場の席のみ。
せっかく持ってきたので、ハロウィンのジャック・オー・ランタンを譜面台の横においてみました(笑)。
ここのピアノは昨年3人6手の最高音部を担当した時、高音が妙にキンキンしていた記憶があり、今回は高音に特色のある曲を選んだのですけど、はたして今年もそういう感じの音。
かじやんの音もここのところ急に冴えていたのですが、ちょっとハウリングを伴うようなこのピアノの高音の効果もあって、かなり不思議感いっぱいのハリーポッターの出だし・・・いい感じでした。
その一方でというか、私のほう(低音部)のもくろみはちょっとハズレ。
フルコンは、ダンパーペダルを踏み込んで、低音のトリルやトレモロを入れると「ウィーン」といううなりが生じることが多く、これはあまり歓迎したくないことの一つであるのですけど、この曲では逆にこれを使いたい箇所がありました。
それなのに、うなりどころか、ダンパーで低音がウワーっと膨らむ気配すらない。・・・うーん、弾き方の問題か?・・・会場で聴いていた友人によると、いくつかの演奏で低音が後方に逃げる傾向があったらしく、これはもしかしたらピアノや会場の関係もあるかもしれないですが。
それはともかく、今日は演奏中、かじやんの意識がこちらに向いている時間も感じましたし、「それぞれがいっぱいいっぱいで弾いている連弾」からは進んだ気がしました。途中微妙にテンポの修正も効いたし・・・めでたいです。

娘連れで、ほかの演奏があまり聴けなかったのが残念でしたが、今年もいい経験ができました。
終了後、ピアノハウスでお菓子で打ち上げ(笑)。
とりあえず秋最初のイベントが終わりました。



こんなトリオはどうです?

2008年10月17日 02時46分49秒 | ピアノ
木曜昼(昨日)に、プチ練習会のあと3人でランチをしました。

首が痛いものと、肩の痛いものと、腰の痛いもの、の3人で(爆)。
3人のなかでは私が一番若輩ものですが、いくらなんでもこう故障のあるものがそろうかなあ・・しかもみんな故障箇所違うし。

これから高齢化が進んで、趣味で楽器をやる人間の年齢も上がっていくと思われますが、症例にあわせたキメ細かいレッスンがこれからのポイントかも(笑)。

1.整形外科的に
  故障部位にあわせた、無理のない姿勢と練習方法指導

2.もの忘れ外来的に
  さまざまな忘れのパターンに応じた、読譜暗譜の方法指導

3.婦人科的に
  (おもに)更年期障害を念頭においた、練習・本番時の発汗やのぼせのコントロール

4.眼科的に
  老眼や疲れ目に無理のない楽譜選びと照明の使いかた


・・・などなど。マジで笑い事ではありません・・・・
こうなるとそれなりの年齢の先生方の出番も多くなりそうですねえ。
もちろん若い先生もいろいろな意味で刺激があっていいのですけど。



  


連弾に思うこと

2008年10月15日 11時13分10秒 | ピアノ
娘の習っている先生のところの発表会では、伝統的に「ファミリー連弾」があります(もちろんお友達同士や先生との連弾もありますが)。

今回ファミリー連弾(他楽器とのアンサンブをのぞく)は12組。うちお母さんとのものが7組、お父さんとが3組、お兄ちゃんとが2組。
2人4手が9組、3人6手が3組。
子どものレベルもいろいろなのですが、親はもっといろいろで(笑)、なかには生まれて初めてピアノというものを弾くというお父さんも。
でも、このお父さん、暗譜でミスなくしっかり弾かれたのですよ。ほかの楽器の経験はもしかするとおありかもしれませんが、いやあとても初心者には見えない。
なかには凄まじく緊張されたのか、子どもさんがちゃんと弾いている一方でかなりバランスを崩された親御さんもおられ、・・・帰ってからどういう会話があったのか、他人事ながらちょっと気になります。
こういう経験をされると、自分の子どもがステージで失敗したときに、「他の子はちゃんと弾いたのに・・・もう恥ずかしい・・」などというあまりタメにならない責め方はしなくなるのかも・・。いや、逆に「お母さんですら、ああいうことがあるのだから、もっと一生懸命練習しないとダメよ」になるのか・・。ふつうは素直に謝って「○○ちゃんはえらかったね。ちゃんと弾けて。来年はお母さんももっと練習してがんばるね」と言うのだろうなあ、と思いますけど、来年また弾くのもなかなか大変ですよね。ですが、そこは子どもへの教育効果も考えてがんばらないと、です。
私にしても、もしヴァイオリン弾け言われたら、半死半生ですから。今ですら、娘に「弓がヘン」「音がヘン」とか怒られてますし(汗)。

ところで、人間、なにかやるとき人数が多ければ多いほどヘンに安心感が生まれたりするのですけど、今回聴いた感想では、ピアノはやっぱり、ソロ→2人4手→3人6手の順に難しくなるなあ、というところです。
あたりまえなんですけどね。
本人たちの練習や指導の時間が足りないということはもちろんあるだろうし、ソロに比べると「余興」的で、失敗してもワイワイ弾けばマル、みたいな雰囲気なのでそれはそれで楽しくていいと思いますけど、やっぱり一度破綻すると、人数が増えれば増えるほど復活が難しい。
6手あたりだと、3人のパート譜をすべて理解している人がいないと、破綻をきたした箇所をとっさに特定すること自体が難しい。しかも本番でアガッている状態で(汗)。
ヴァイオリンなんかだと、一人で弾くことそのものが少ないので、わりにこういうことには子どもの頃から慣らされてますけど、ピアノの人間はこういうことが苦手だったりします。そういう意味で、まずは「連弾」、止まってもばらけてもやってみる、というのは大いに意義があると思います。
ただ連弾は弾くのも指導するのもけっこう難しい。「余興」でなくて「演奏」にしようと思ったら、どんなにやさしい譜面でも、譜読み時間と練習時間(とくに合わせる時間)、と最終的にはセンスが要ります。
私が今までコンクールで聴いた連弾の中には、それはそれはすごいレベルで、演奏者の力量というよりは、監督というか指導者のレベルの高さを感じるものがありました。それこそ、シンクロナイズドスイミングではないけど、合宿して指導者と朝から晩まで練習をともにしたのではないか?と思ったりするほどの。

連弾そのものは、私も長いことやっていて、特に学生のころは3人6手、2台、2台で4人8手だのいろいろやりましたけれど、ほんとに「楽しい」と思い始めたのは、相手パートもすべて弾けるくらいに練習をして、暗譜できるくらいに楽譜を頭に入れ始めてからです。・・・つまり最近のこと。
それまではどうしても、「ソロのほうがいい」という考えが頭から抜けませんでした。

今となっては、どうして子どものころあまり連弾とか2台が面白くなかったのかよくわからないのですが・・・・。




娘の発表会

2008年10月13日 02時52分10秒 | 家族・友人等
運動会は、園児全員がはっぴ姿で踊るプログラムを持って競技終了。
この幼稚園の閉会式は園長先生の話も長くはないし、来賓の話も国旗の上げ下げもないので、1時50分くらいにはすべてが終了。
そのあと教室へいったん入って2時15分に幼稚園を出、2時半のバスでうちへ。
うちまでは20分ほどなので、3時前には帰宅し、3時40分にタクシーを頼んで少しゆっくりしました。

~~~ちょっと話がそれますが、今日『夏のコンペ特集号』が配達されてました。この「いったん帰宅」の間に目を通したのですが、結果からいうと4位。3位のブラームス(えっと2番に弾かれたかたですね)と0.16点差。
それにしても評価っていろいろですね。8人の審査員のうち、私に単独首位(?)をつけられた方もおられれば、1位2位の方に「う~ん・・」な点をつけられた審査員もおられて、それぞれの判断基準を伺って見たい気がします(私は1位2位の結果には異存はないので)。決勝は講評用紙がないので、なんともわからないのですが。
あと、1位になられたヒナステラの方なんですが、数十年のブランクをへて2年ぶりに再開。2回目のコンペで1位という快挙だったと知り、いや機会があればぜひお話したいなあ、と思ったことでした。それにしても、そのキャリアであの腕も肩も指も首もつりそうな強打の連続を弾かれるなんて・・・さすがにびっくりです。~~~


さてその30分間で、娘と私は着替えたりちょっと練習をしたりして、タクシーで会場に着いたのは4時少し前。
まだ1部のソロが終わまで間がありました。この間娘はロビー付近でウロウロ。あまりにも走ったりするので、楽譜を「見ときなさい」と渡しましたが、さらにウロウロ。
やっと2部の連弾が始まり、出番はこれの4番目。といっても超短い曲ばかりなのであっという間。トトロから「さんぽ」を私と連弾しました。予定通りほぼうまくいきました。
・・・今回は時間がなかったことや、娘が赤のドレスだったこともあり、私は伴奏用の黒の上下(といっても上は例のラメ気味のやつです)を着ていったのですけど、ほかの連弾のお母さんが「うわ~、仮装さんが地味だ、どうしよう。きっとカラードレス着てくると思って、自分も用意したのに」と慌てたらしいです(爆)。

そのあとは2部の連弾が結構長くて、終わったのは6時をとっくに回ってました。それでもって2部のあとの写真撮影が終わり、3部のソロの開始予定は6時50分。
娘、少々待ちくたびれ、「終わったら、(回る)おすしやさんに行きたい。早く『おつかれさん』と乾杯したい」とおっさんのようなことを言い始め、こちらもなんとなく早くそうしたい気持ちになってきて(殴)、「はいはい・・ちゃんと弾いたらそうしよう」というハメに。
3部が始まる前に、補助ペダルや椅子の調整をしましたが、3部の1番は娘ではなく、大人の方。
その方、ほんとに一生懸命弾かれて、でも緊張のせいか1小節ごとと言っていいほど止まり、止まってしまって楽譜みてもとっさに楽譜に何が書かれているのか判断できないくらいアガッテおられたよう。ふだんは私はこういう演奏はゆったりとした気持ちで拝聴するのですが、今回は隣で娘が「・・この曲知ってる・・・あ、間違った・・あ、止まった・・あ、また・・・早く終わらないかなあ・・あたし早くおすしやさん行きたい・・」とブツブツ言いますもんで、気が気ではないし、実際あと数小節と思ってからがなかなか終わらず、途方もない時間に感じました。たぶん弾かれている方の方が数倍時間を長く感じられたのでしょうけど。


娘は実は相当な「ドキドキ屋」で、3日ほど前から「あたし、運動会と発表会と一緒と思うと、ちゃんと走れるかちゃんと弾けるか考えて、ドキドキしてしょうがない」と言っておりました。今日も本人いわく「ドキドキしすぎた」そうなのですが、本番、とてもそうは見えない。
私に言われたように「パコ一回(すわったら試しにペダルを踏むこと)して、手をしばらく膝においてから鍵盤にのせる」をちゃんと実践し、ミスも(今までの経過からいうと)最小限ですませ、どう見ても落ち着いて弾き終えました。
もちろん技術的には指が転ぶところはあるし、ペダルのタイミングも悪かったりしたのですけど、昨年が「終わりまで弾いてくれ~」だけで精一杯だったことを考えると、進歩したと思います。
先生はスラーの弾き方やおもな強弱、リタルダンドを注意されてきたのですが、私のやってきたことは、それらを忘れない程度に注意し続けること。あとは強く弾こうとして、バンバンと汚い音で弾いてしまうのを、「たたかないで出る一番きれいで大きい音」を本番までになんとか探すように仕向けたこと。
この「ガラスのくつ」は6月くらいから少しずつやってきましたので、まあ6歳の子どもにしては、飽きずに音を上げずに辛抱強く弾いたほうかもしれません。

それにしても・・・

毎日練習につきあうのって大変ですよね。
けっこうそういうお母さん多くてエライなあと思うのですけど、私はピアノはまだしもヴァイオリンはすでにオチそうです。
とりあえず、娘の発表会が終わって、自分のコンクールが終わったのよりホッとしてます。





運動会

2008年10月12日 13時04分40秒 | 雑感
娘の運動会、昼休み中。

10時15分開始で11時半に午前の部終了。
昼休みが1時間半あって1時から午後の部。午後は4つしかプログラムがないのですぐ終わりそうです。

朝の5時あたりから席取りに並ぶらしいですが、うちは9時45分に行ってなぜか普通にすわれました。

息子は明後日から中間試験なので、行くかどうか迷ってましたが、どうせ一人でうちにいたって寝てるかダラダラしてるだけだろうし、娘は「お兄ちゃんが私の運動会に行かないっていうのは、私が負ければいいと思ってるんだ」といじけてるようだし、これはなんとしてでも行ってもらうことに。
「幼稚園の運動会に正々堂々と行ける機会は独身のうちはもうないよ」と引っぱっていきました。

お兄ちゃん、「先生たちテンション高けぇ」「体操面白い!」と大ウケ。
しまいには、あまりのテンションの高さにやられてましたが。

さてこれから午後の部。

そのあとは、娘の発表会です。

田村響リサイタル

2008年10月10日 16時31分44秒 | ピアノ
昨晩、田村響氏のリサイタルを聴いてきました。

氏は1986年生まれ。お誕生日がきていれば22歳ですね。
数年前高校生でピティナの特級でグランプリを受賞されたことが記憶に残っていたのですが、昨年ロン・ティボー国際コンクール1位になられ、いよいよ世界に出ていかれたのだなあ・・と思っておりました。
テレビ等で拝見したことがあるのですけど、スケールの大きさを感じさせる演奏で、今回も期待しておりました。

プログラムは、当初は
バッハ「イタリア協奏曲」、ショパン「スケルツォ1番」、ベートーヴェン「テンペスト」、リスト「ダンテを読んで」、ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」
の予定だったのですけど、行ってみたら変更になってました。


<プログラム>

バッハ:イタリア協奏曲へ長調 BWV.971
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」
~~休憩~~
ショパン:スケルツォ第1番 ロ短調 作品20
リスト:<詩的で宗教的な調べ S.173>より 第3曲「孤独の中の神の祝福」
    <巡礼の年第2年「イタリア」 S.161>より第7曲 ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」

(アンコール)
メンデルスゾーン:無言歌集より「甘い思いで」
ショパン:子犬のワルツ
リスト:6つのポーランド歌曲 第5番「愛しい人」

『イタリア協奏曲』は小学校高学年ぐらいから割りによく弾かれる曲ですけど、いやもうこれは別モンでした。
これは「協奏曲」なのだ、とあらためて感じた次第。
1楽章はトゥッティ部分とソロ部分が見事に弾きわけられ、トゥッティといっても「せーの」でいっしょくたではなく印象的に内声が響かせられ、この規模の曲でここまで聴かせる力量にびっくりいたしました。
才能があるのは間違いのない事実ですけど、楽譜や時代への丁寧なアプローチ、(まだ若いのに)どこまでも音楽に真摯に仕える姿勢が伝わり、最初の印象は申し分なし。
2楽章というのは、演奏者の人間性が問われるところがあって、弾くほうにとっては大変こわい楽章なのですけれど、氏の真価はこういうスローな楽章でより発揮されるのではないかと思われる演奏。
ひとつひとつの音、休符、間、すべてに無駄がなく、無駄がないどころか、音のない時間により存在を大きく感じるという、まだ若いのに(・・・しつこいですね)巨匠の風格。・・・ほんとに大器です。すばらしい。

これならば、ベートーヴェンは期待です。楽しみすぎる・・

期待通りでした。
『テンペスト』の冒頭。このアルペジオってこんな音がでるのか、とめまいがしました。フォルテッシモで聴衆を脅したり、ピアニッシモで「どうだ!」と酔わせたりの作為もなく、バランスよく、楽譜に忠実に、しかし骨太に構成されたベートーヴェンでした。
『テンペスト』の2楽章って「う~ん、どんな曲だったっけ?」といまいち記憶に残ってなかったのですけど、昨夜の演奏で忘れられない楽章になりました。
暗い彷徨と希望の交錯するような世界・・・しつこいようですけど、田村氏は私の年齢のちょうど半分。私も老若男女プロアマさまざまなピアニストの演奏を聴いてきているので、「テクニックが凄い」くらいではたいして驚かないのですけど、こういう深い演奏に接すると、自分は今まできちんと精神年齢を重ねてきたのだろうか・・と自問せずにはいられません。
このレベルのピアニストになるには、子どもの頃から何時間もピアノを弾き続け、中学校くらいからは、本番と練習で学校に行く時間もないくらいピアノ漬けの日々を送っているはずなのですけど、ひとつのことを深く掘り下げて行く過程というのは、広く浅く知識を広げる、いわゆる「人間の幅をひろげる」以上の何かをもたらすのかもしれません。

昨夜は、転妻よしこさんとご一緒させていただいていたのですが、『イタリア協奏曲』ですでに隣席から「おお~~、すごい!いい!」という気が漂っており(笑)、休憩の時「よしこさん、こういう演奏お好きでしょ!私も好きですよ、いやあそれにしてもツボですよね」と声をかけたところ、はたしてよしこさんは大喜びされてました(爆)。ふたりしてさんざん盛り上がっていたら、前の席にすわっていた母娘連れが振り返って「・・・誰かと思ったら、仮装さんでしたか。おひさしぶりです」というオチまでついてしまいました。

後半プログラムは技巧的にも音楽的にも難易度の高いものだったのだけれど、技巧は当然としても、集中力とスケールの大きさにおいて圧倒的な演奏でした。
詳しくは・・ぜひ生で聴いてください、というところでしょうか。

田村氏は2月にはコンチェルトをされるようで、今日さっそくCMがテレビで流れてました。

それにしてもこの秋は「アタリ」の演奏会が続きます。夏に本番続きでヒーヒー言っていたごほうびだろうか、と勝手にうれしがってます・・・(笑)。


そのトシなりのこと

2008年10月09日 00時12分33秒 | 雑感
昨日、知人(ピアノの先生をされています)と四十肩話で盛り上がること、盛り上がること。

知人「後ろに手が回らなくてジッパーの上げ下ろしができないのよねえ」
私 「そうそう・・・。で朝、痛みで目が覚める」
知人「動くのほうの手で『よいしょ』と痛い肩を持って、寝返りを打つ」
私 「おお・・まさにそう」
知人「でも、いつのまにか治るのよ、不思議と」

その傍らで知人のお嬢さん、クスクス笑いっぱなし。
・・・笑いごとじゃありませんぜ。
よく「そのトシになってみないとわからないことがある。60代は60代、70代は70代で」という話をききますけど、ほんとにそうです。
同じ「痛い」といっても子どもが「足が痛い」というと、多くが成長痛といわれるもので(稀に重篤な病の場合もありますけど)、これはこれで本人たちにとっては未知の痛みで心配なもの。
私は今のところ、更年期障害や老眼の兆候は感じませんけれど、こういうものも間もなくであろうと思います。子どものころだったら「それは・・・大人になるのよ」とか「若いころは近視が進むからねえ」と言われていたようなことが、「それは・・・卒業するのよ(何を?)」とか、「ピント機能が落ちてくるからねえ」という話になるのであって、それはそれで味わって階段を少しずつ降りていかなくてはなりません。

で、なんの話をしたかったかというと・・・

さっき友人のブログを見てみたならば、「首が痛くて整形外科にいってみたら、長時間ピアノを弾いていたことによる筋肉痛だった」ということが書いてありました。
お医者さん、「なんかヘンなことやってませんか?」とたずねられたらしい。
友人は「・・ヘンなこと?」と痛い(?)首を傾げながらも(笑)、「ピアノを弾いてます」と応えたのだそう。
で、お医者さん「・それは狂ったように弾いてますか?」(爆)と。
「狂ったようにかどうかわかりませんけど、3時間ほど弾くこともあります」と言ったならば「それは充分『狂ったように』です」みたいなことを言われたらしいです。

たぶん、もう少し若いころなら少々ムリな姿勢で長時間弾いてもどうってことなかったんだと思います。40代も佳境に入ってくると、前傾姿勢が続いたり、力の入れ方が不自然だったりすると、あちこち故障が出てきます。
若いころって背中が丸くてダラっとした姿勢でも、そんなにきつくないですけど、今の私にあの姿勢で長く歩けと言われたら、たぶんあっという間に腰痛起こします。
・・といってそんなに姿勢いいわけでもないですけど。
私の今までの人生の中でいちばん姿勢がよかったのは、3年ほど日舞を習っていたころだと思うのですけど、これは結局一番楽な姿勢だったです。

ピアノを弾くのはいろいろ複雑な動作があるので、姿勢も簡単に決まらないのですけれど、日々「今の自分にいい姿勢」を求めて試行錯誤中です。
体重のかけかたや重心の問題は、子どもたちのヴァイオリンのレッスンを見学することが大いに役立っており、姿勢のちょっとした変化でたちまち音が音にならなくなる楽器から学ぶことは計り知れないです。


それなりの方法で弾けば、かなりの高齢まで現役でピアノを弾けることは、巨匠方が残された映像を見てもあきらかなことです。
トシを重ねれば重ねるほど、自分を点検(病気の早期発見とかだけでなく)することが必要になってくるのかもしれない・・とあらためて思いました。


「熱情ソナタ」レッスン

2008年10月07日 17時28分50秒 | レッスン&セミナー
「熱情」のレッスンを受けてきました。
7月末に「イソルデの愛の死」をみていただいたM氏

「熱情ソナタ」については、M氏自身のブログにもたびたび書かれているし、「いつでも弾ける曲 №1」だそうだし、ほんとにしょっちゅうリサイタルで弾かれているようなので、レッスンというよりは聴かせていただくのを楽しみにレッスンに向かいました。
私の方は、まだ暗譜もおぼつかないし、とりあえずなんとか弾けるという程度で、ほんとに後一月で弾く気かっ・・と自分でも思うのですけど、今年はとにかく「全楽章弾ききる」といういささか低レベルの目標をかかげて練習しております(殴)。


5月のM氏のブログによると
「久しぶりに練習のときに自分の演奏(熱情)を録音してみたら惰性で弾いてるところがたくさん見つかって、そういうところを全部ちゃんと論理的に進むように直したら一気に流れとか緊張感とかが生まれてきました。
ベートーヴェンは感覚だけじゃ弾けないんですねぇ」
ということだったので、それなりに覚悟はいたしておりました。
今日のレッスン時間は1時間だったので「1時間で全楽章はムリですよねえ?」ときくと、「そうですねえ・・・1楽章と3楽章でどうですか?」といわれ「それでは休む間がないですねえ」と笑っていたのですけど、実際は1楽章だけでやっとというか、最初の数小節でほとんどの時間が過ぎたという感じ。

「・・・この曲ってほんとに難しいねえ。
あと一ヶ月?・・う~ん・・根本的に考え方変えていったほうがいいかもしれない・・」
というわけで、まず冒頭。
「ここはほんと難しい。ここだけでこの曲の評価のほとんどは決まるというところ。・・・(さっきの演奏は)緊張感がないよねえ。最初の音が出るまでも、最初のフレーズを弾く間も・・」

いちおう緊張はしてるんですが(笑)、自分でもどこかゆるいと思えてとてもイヤだし、実際のところここはあまり練習してないです(殴)。ほかの部分、音が多くて技術的にいっぱいいっぱいのところに時間とられてます。
「身体の動きのない中で、音の動きや流れは充分意識して、左の和音、休符、間、すべてに張り詰めた感じがほしい」

最初のフレーズだけ、何回も何回も・・・
自分でもわかるのですけど「ドーラファー」で一回落ち着いてしまうんですよ。
「そのファは次へ行きたいけど身動きできないような音で、気持ちはずっと次へ続いていくところだよね」
「最初のフレーズが終わったところのドのあとの八分休符が休めてない。ここは手はきちっと休んで、ペダルでほんの少し余韻を残す」
・・・おっしゃることはわかります、わかります。そのように弾きたいです、できれば。

技術的な問題も大有りですけど、要弾き込み、要追い込み。とにかく「楽譜を精読したうえで、もっともっと精神的に追い込まなければいけない」とよくわかりました。
M氏によると、「3楽章までくると、気分的には楽なんだよね」ということですが、私、3楽章はまた別の(身体的)疲労が・・・・。
M氏は15歳のときから、15年間この曲を弾いてきて、最近「この曲がおもしろくてしかたがない。・・ほんとにすごい曲だ」ということですので、私も60歳くらいまで弾けばいい感じになるでしょうか(笑)。

1楽章全部を弾いてくださいましたけど、横にいて吹っ飛びました。
このピアノサイレント機能付きなんですけど、壊れなかったかな?(逃)

「この曲、今までの曲(これまでレッスンしていただいた『展覧会の絵』『イゾルデの愛の死』)のなかで一番難しいよね。全楽章弾くんだ・・すごい・・」
「・・ほんとのところ四十肩なのに、こんな曲弾くなんて自分でもなに考えてるんだと思うのですけど、もっと年取ったら、全楽章弾くなんて出来なくなるかも、と。それに素人だと全楽章弾く機会ってあまりないもんで」
「いやいや、そのなか(ベートーヴェンのたくさんのソナタ)でも『熱情』弾くんだから(笑)」

・・・あきれていただいて本望です(爆)。
元気ならば、むこう15年くらい弾いてみたいと思ってますから。

さて、問題はこれからどのくらい詰めていくかですねえ・・・あと1ヶ月ですねえ。まずは暗譜という超低次元の話(殴)。






おばちゃんの冷や水

2008年10月05日 22時39分01秒 | ピアノ
四十肩が相変わらずです(泣)。
あまりにも相変わらずなもので、それなりにつきあい方も学んできたように思いますが。

どうも、「肩が痛い」というと、「ビルかどこかから肩に鉄板がふってきて」→「骨肉腫になった」というわけのわからない話がどこかから甦り、それはなんだろうと記憶を掘り返してみるに、どうも「サインはV」のなかのエピソードだったのではないかと思われます。
それにしても、ものすごく謎なのです・・・「鉄板が落ちてきて、骨肉腫になる」という話。どなたか詳細をご記憶でしたら、教えてくださいませ。

なので、なんとなく私のなかでは「肩が痛い」というのは、どこかスポコンチックで悲壮でかっこいい(殴)。
ですが、現実はメチャクチャかっこ悪いです。
パソコンをいじりながら背後のテレビを消そうとすると激痛が走り、
Tシャツを脱ごうとすると腕が上がらず、
ピアノも手の交差はあまりうれしくない。
だからといって医者に行く気もしないし、治らなくとも、悪くならなければいいや、程度の意識。
肩に関連してのことだと思いますけど、右ひじも結構ぎしぎしいいます。こういうのどうにかしてアブラ注せばいいんじゃないかと思うのですが、注しようがわからないです。

これらはすべて右側です。
でも弾いてる分には右は問題ないんですよ。どちらかというと目下疲労がたまるのは左。
『熱情ソナタ』、テンポがそれなりに上がってきて、全3楽章続けて練習することも増えてきましたけど、そこで問題になってきたのが、エネルギーの配分。
1楽章からテンションが上がってしまう曲なのですが、なんとか3楽章のコーダを弾き切らないと全体としてしまりません。
ここで息も絶え絶えになるわけにはいかない。いちおう、2楽章も3楽章もすべてリピートをするつもりなので、特に3楽章はうまく加減をしていかないと途中で行き倒れのキケンあり。
弾かれたかたならご存知と思いますけど、第3楽章は右手もですけど、結構左手がうるさくて、ツリそうな部分があります。本番ではどうしても身体が硬くなるので、身体的にはかなりの余裕がほしいところ。

このあたりが、コンクールで7分くらいの曲を弾くのと、20~30分かけてソナタ全楽章を弾くのとの違いですね、まずは身体面で。
『熱情』っていうと、若くて生きのいいお兄ちゃんたちが「誰にもとめられない」くらいの勢いで弾く印象がありますから、四十肩がどうこう言ってるおばちゃんは、よほど考えて弾かないとエライことになります。
これから弾きこんでいくにあたっていろいろ困難が出てくると思うのですけど、まずは「アブラ」が切れないように(笑)、按配していくのが課題です。

いくらスポコンたって、
「立つんだ!」と声かけられたり、カウントとられたりするわけにはいかないですから(逃)。






弦楽六重奏演奏会

2008年10月05日 20時43分32秒 | 室内楽
本日、六重奏のコンサートを聴いてまいりました。

ファーストヴァイオリンは東京芸大の准教授、
読響からヴァイオリン1名、ヴィオラ1名
広響からヴィオラ1名、チェロ2名、という組み合わせ。

<プログラム>
リヒャルト・シュトラウス:オペラ「カプリッチョ」より六重奏曲 作品85
アルノルト・シェーンベルク:弦楽六重奏曲「浄夜」作品4
ピョートル・チャイコフスキー:フィレンツェの想い出 作品70

こう書くとたった3行ですけど(笑)、15分の休憩をいれて約2時間のプログラム。地方ではなかなか聴く機会のない内容です。
どの曲も生で聴くのは初めて。それどころか、テレビやCDでも「浄夜」以外聴いたことあったけ?・・という感じです。

「カプリッチョ」というオペラは、あるブログで記事を読んだり、知人から噂(?)をきいたりして日頃興味を持っておりました。
リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の書いた最後のオペラで、1942年にミュンヘンで初演されたらしいです。
舞台は18世紀フランス。ある詩人と作曲家がそれぞれ、言葉と音楽、どちらがより重要かということを議論。そして、彼らは、それぞれの言葉と音楽によって、伯爵夫人の心を射止めようとする・・・・
なんでも、この弦楽六重奏曲によってオペラが始まるそうです。
このオペラそのものを観たことがないのでなんともいえないのですけど、「ローゼンカバリエ」(1905-1910作曲 1911年初演)にくらべると、毒気の抜けたような(殴)、でもとても70台後半の作曲とは思えないような・・。
もう一回ゆっくり聴いてみたいです。

「浄夜」は作品番号が若いことからもわかるように、シェーンベルクが24か25歳の時の作品。
オーケストラ版で何回か聴いたことがありますけど、今日のメンバーのひとり、チェロのM先生が「インティメット(intimate)な曲なので、六重奏の方が私は好きです」とおっしゃっていましたけど、私も同感です。
なにかを語るほどこの曲について知っているわけではないのですけど、実にすごい曲なんです。なにがすごいかときかれると困るんですけど、こちらの心を波立たせ、悩ませ、恍惚とさせ、ある種のあきらめをもたらす、さまざまな表現を可能にしたオソロシイ曲とも思えます。
プログラムによりますと・・・・
この曲はドイツの詩人リヒャルト・デーメルの詩に基づいて作曲されたもの。
詩の中では、男と女が、夜の森を通りぬけている。その途中に、女はある暗い秘密を男に告白する、彼女は見知らぬ男との間に出来た子どもを身ごもっていた・・・。
この曲は単一楽章から成り、デーメルの詩に対応して、「告白」「女の悲しみと絶望」「男の(告白に対する)反応」「男の(告白に対する)受け入れ」「男の許し」という5つの部分から構成されています。

なんか凄い曲だとずっと思ってましたけど、内容すごいですねえ。
20代前半でこんな曲を作るっていったい・・・


最後は「フィレンツェの想い出」と題しながら、大変「ロシア的」だとされる一曲。
ライブでは、メロディーを「はい。もらった!」と受け渡していくさまや、「今、きざみ入れてるだけだけど、そのうちいきますよ~。それ、クレシェンドォォ・・・」というそれぞれの動きが感じられるのがたまらない。
指揮者がいないですから、そういう<気>のやりとりがそれこそ「インティメット」に感じられます。
オーケストラもいいですけど、室内楽、それも五重奏、六重奏を聴く機会がもっとあればいいのに、とあらためて思いました。


このコンサートは、11月18日(火)虎ノ門JTアートホールアフィニスにおいても、同プログラムで行われます。(一般2000円、学生1000円)