バカみたいにアタリマエのことだが、バイクは、通常、スタンドなしでは自立しない乗り物で、ライダーが操作しないと転倒する。
つまり、ライダーしだいで転倒する。
オレの初転倒(事故った?)は高校生の時、初めてのバイクRZ50で、だ。
これは、今も鮮明に覚えている。150R・1/3くらいの緩やかな右カーブ。左は高さ20センチほどの縁石で、その先は、草が刈り込まれた江戸川の土手で30度くらいの勾配が付いていた。
フルアクセルで、85Kくらいで、たぶん、そのまま真っ直ぐ、縁石に突っ込んだ、と思う。
気が付いたら、夕方で、オレは土手に仰向けに寝ていて、ジェッペルのシールドはなくなっていて(探したけど見つからなかった)、車体は、電柱2本を継ぎ足した位手前、縁石の脇に擱座していた。
シフトペダルが、サンダーで切り落とされたように途中でなくなっていて、前ホイールとエンジンにコンクリートの打痕があった。買ったばかりのMA-1の背中には草の緑色の擦過痕が鮮やかについていた。
バイトに行く途中で、昼飯を食う前だったので、午前の出来事だったはずだ。
当時、一番心配したのは、バイクの修理代のコトだったと思う。
って、今思うとゾッとする。
幸運だらけだったのだ。土手の下側は、今は60センチ位の土留めになっていて、85Kくらいで車両との間に挟まれれば、良くて開放性複雑骨折、悪きゃ、切断だ。
今は土手も遊歩道として整備され、カーブの先は土手を登るコンクリート階段が作られている。
ジェッペルでは、マトモな顔が残らなかったかも知れないし、投げ出された勢いでコンクリートの階段に叩き付けられていたとも思う。それも30M近く飛ばされて、だ。
受身が取れていて、タイムトラベル(多分軽い脳震盪)だけだったのも幸運。コレも打ち所が悪ければ頚椎くらい折っていただろう。
しかも、マシンはシフトペダルを交換しただけで、キズ以外は現状復帰で乗ることができたのだ。
あの時、こんな幸運を使用してしまっているので、休日に雨が降って「ツイてない」なんて、言ってはいけないのかも知れない。
かれこれ、社会人になってから立ちゴケの経験は、ない。転倒したのは数回ある。が、この数回も、オフ車で、ダートラ遊びや、ターマックごっこや、アクセルターンの練習をしていての出来事なので、転倒も「遊びの一部」だった。もちろん車両・身体の損害は、ない。メインのオンロードバイクは倒したことさえ、ない。
自爆や転倒に限っていえば、自らの不注意で、安易に、機体と生命をキケンにさらすことに他ならない。正確な状況把握と適切な判断に基づく操作ができれば、100%防止できる。
物理的に100%の確信が持てるまでマージンを拡大するとすれば、ライディングは全く味気のないものになってしまうだろう。
しかし、我々には、経験値UPを原資に、スキルを向上させ、洞察力を高める能力がある。コレによって大きく100%の防止力に近づけることができ、併せて、物理的なマージンを削減することができる、はずだ。
社会通念上、交通ルールと称されるものは、物理的に100%の確信が持てるまでマージンを拡大する拘束(予防的措置を含め)を押し付けるものだ。オレは明確かつ断固とした意志を持って反駁したい。
あ、もちろん、押し付けられているものではあるが、この社会通念を超過している部分については、ステイクホルダーの分も含めて完全自己負担なのは、よぉ~く解っておりますとも、はい。
もちろん、民主主義を否定しません。私は。
今後も、絶対に転倒しない。オレは。機体と人命を尊重しているからだ。誰よりも。
へぇ~エラソーなこと、ゆーとるやんか。「オマエみたいなやつが事故起こして人をコロすんやっ!」とか言われるで。
せやけど、それは、そんなコト、ワシに言う奴も条件は一緒やん。今までも、フツーに生きてきてるで、ワシ。
自分以外の交通社会の構成員に対して敬意とケンキョさがない、ちゅーコトゆーとんや。
他人様に対して勝手なコメントつけて電波に乗せたり、紙面にして売ったり、それを見たり、金出して買って読んだりする奴らより、よっぽどワシの方がケンキョやと思うで。
議論のスリカエやんっ!それ!
でも、なんで関西弁チックなの???
ツッコミ入れてるから、かな?
(スリカエ成功!)
つまり、ライダーしだいで転倒する。
オレの初転倒(事故った?)は高校生の時、初めてのバイクRZ50で、だ。
これは、今も鮮明に覚えている。150R・1/3くらいの緩やかな右カーブ。左は高さ20センチほどの縁石で、その先は、草が刈り込まれた江戸川の土手で30度くらいの勾配が付いていた。
フルアクセルで、85Kくらいで、たぶん、そのまま真っ直ぐ、縁石に突っ込んだ、と思う。
気が付いたら、夕方で、オレは土手に仰向けに寝ていて、ジェッペルのシールドはなくなっていて(探したけど見つからなかった)、車体は、電柱2本を継ぎ足した位手前、縁石の脇に擱座していた。
シフトペダルが、サンダーで切り落とされたように途中でなくなっていて、前ホイールとエンジンにコンクリートの打痕があった。買ったばかりのMA-1の背中には草の緑色の擦過痕が鮮やかについていた。
バイトに行く途中で、昼飯を食う前だったので、午前の出来事だったはずだ。
当時、一番心配したのは、バイクの修理代のコトだったと思う。
って、今思うとゾッとする。
幸運だらけだったのだ。土手の下側は、今は60センチ位の土留めになっていて、85Kくらいで車両との間に挟まれれば、良くて開放性複雑骨折、悪きゃ、切断だ。
今は土手も遊歩道として整備され、カーブの先は土手を登るコンクリート階段が作られている。
ジェッペルでは、マトモな顔が残らなかったかも知れないし、投げ出された勢いでコンクリートの階段に叩き付けられていたとも思う。それも30M近く飛ばされて、だ。
受身が取れていて、タイムトラベル(多分軽い脳震盪)だけだったのも幸運。コレも打ち所が悪ければ頚椎くらい折っていただろう。
しかも、マシンはシフトペダルを交換しただけで、キズ以外は現状復帰で乗ることができたのだ。
あの時、こんな幸運を使用してしまっているので、休日に雨が降って「ツイてない」なんて、言ってはいけないのかも知れない。
かれこれ、社会人になってから立ちゴケの経験は、ない。転倒したのは数回ある。が、この数回も、オフ車で、ダートラ遊びや、ターマックごっこや、アクセルターンの練習をしていての出来事なので、転倒も「遊びの一部」だった。もちろん車両・身体の損害は、ない。メインのオンロードバイクは倒したことさえ、ない。
自爆や転倒に限っていえば、自らの不注意で、安易に、機体と生命をキケンにさらすことに他ならない。正確な状況把握と適切な判断に基づく操作ができれば、100%防止できる。
物理的に100%の確信が持てるまでマージンを拡大するとすれば、ライディングは全く味気のないものになってしまうだろう。
しかし、我々には、経験値UPを原資に、スキルを向上させ、洞察力を高める能力がある。コレによって大きく100%の防止力に近づけることができ、併せて、物理的なマージンを削減することができる、はずだ。
社会通念上、交通ルールと称されるものは、物理的に100%の確信が持てるまでマージンを拡大する拘束(予防的措置を含め)を押し付けるものだ。オレは明確かつ断固とした意志を持って反駁したい。
あ、もちろん、押し付けられているものではあるが、この社会通念を超過している部分については、ステイクホルダーの分も含めて完全自己負担なのは、よぉ~く解っておりますとも、はい。
もちろん、民主主義を否定しません。私は。
今後も、絶対に転倒しない。オレは。機体と人命を尊重しているからだ。誰よりも。







