山咲雛子の日記

毎日何かを好き☆と感じ、感謝して、頑張っています。時間が沢山あったら、ゆっくり自然の中で過ごしたいです♪旅もしたいな♪

地震 その後

2011年03月17日 | つぶやき
あの東日本大震災の後、余震が何日も続きました。
余震におびえながら、また大規模な地震が来る可能性を考え、旅行用のカートに入れたものとは…

重要書類、PCのハードディスク、現金、下着、着替え、テッシュペーパー、薬、コンタクトレンズ、石鹸、高カロリーな食材、飲み物。

私が生きるために本当に必要な物資、それだけなんですね。
普段、どれだけ無駄な物に囲まれているかと知らされました。

また、緊急時には、蝋燭、ライター、乾電池、懐中電灯、携帯ラジオ、カセットガス、携帯の簡易充電器、眼鏡、薬のストック、水、灯油、ガソリン、紙類、防寒具、タオル類などが大変役に立ちました。
ストーブがあれば、その上で調理もできます。


現在、私の周りでは、買い物ができない状態が続いています。
自宅に幸いにも米や乾麺や紙類のストックがあったため、電気や水道が来る限り、あと1か月は何とかなると思い聞かせています。
近所のマンションなどは、地震後、しばらく断水状態に陥っているようでした。

昨日のことです。
スタンドが営業しているとの情報を聞き、4KM先のスタンドに行きましたが、四方八方が長蛇の列をなし、あきらめました。
車はあと12kmしか走りません。
相方は、今週から自転車に切り替えて通勤しています。

フランスにいる妹が、原発は危険な状態だから、絶対外出しないでと連絡をくれましたが、職場が休みでない限り、仕事に行くしかありません。
それ以外にできることといえば、部屋中の喚起口を閉め、換気扇やエアコンは使わず、家に引きこもっていることしかできません。
私の今の状況は十分すぎるほど恵まれているのですが、なぜか気持ちが弱くなって気力が無くなってしまっています。

今日携帯が鳴りました。
ドキッとしていち早く電話に出ると、4月に資格取得のため願書を出していた協会からでした。
「今回の受験、いががされますか?」
「先のことは解りませんが、何とか行くつもりでいます」
もともと東京で受験する予定でしたが、その日まで交通手段は回復するのでしょうか?

先のことは解らない…
今になって気づいたのではなく、今まであまり自覚して生きていなかっただけ。
今こそ、気持ちは少しづつでも前に進まなければならないのかもしれません。

地震 その日

2011年03月16日 | つぶやき
地震のその日、午後雪が降るという天気予報でした。
午前中に外出を済ませ、PCで書類を作っていたその時…
「またか…」という部屋の揺れ。
昨今の地震にげんなりしながら、PCを続けていると…

食器棚からガチャン、ガチャンと鋭い音が…
思い出のグラスが入っていたので、食器棚に向かうと…



地震でも安心と思って選んだスライドドアははげしく左右に揺れ、手で押さえながらバンダナで閉めあげて一安心すると…
食器洗浄機や食器入れ、冷蔵庫など扉という扉が狂ったように、大きく開閉を繰り返すので、通路が確保できなくなり…

大きな抵抗を感じながら、まるで泳ぐような身振り手振りで、ひた進むと…
目の前の家猫が悲鳴をあげて、階段方面に消え…
私は、やっと倒れそうになるテレビを壁に押しやり…
「ああ、これは駄目だ!」と観念して、玄関から着の身着のままで外に逃げたのでした。

家から出ると、近所の方々が集まっているのをみて、普段は挨拶程度で親しいつきあいなどないのですが、こんなにもご近所さんがいて良かったと思えた時はありませんでした。
近くのブロック塀は一部倒壊していました。
その間も、何度も余震が押し寄せてきて、皆、家を出たり入ったりを繰り返しました。



洗面所の扉の上のものや棚の中身は、飛び出していました。



お風呂場の扉にはヒビ。

二階の書斎はドアのまん前に背の高い本棚があったので、それが押し倒されてドアが1cmも開かなくなりました。



2日後に腕が入るくらいの穴を開け、倒れた本棚を上に持ち上げながら、何とか部屋に入ることができたのでした。



この写真は、散乱した部屋の中を少し片づけたところ。


地震の直後、家族は自宅まで歩いて帰ってきました。

家猫は、家のどこかに姿を隠して、どこを探しても名前を呼んでも、夜まで出てきませんでした。
相当怖い思いをしたに違いありません。

嫌でも夕刻の闇は迫り、部屋の中も冷えてきました。
神棚や仏壇用の蝋燭で夜を過ごしました。

幸いにも、前日にカセットコンロを買っていたことや、週末に食料品を多めに買ってしまってストックがあったこと、水が出たこと、部屋に大きな家具がなく被害が少なかったこと、家が大丈夫だったことで、その夜はベッドで横になることができました。

電気のない生活は2晩続きました。

地震直後は、情報があまりにも少なく、無料配布されている新聞やワンセグで映像を見るにつけ、そこに映るのは現実として認識できない光景ばかりでした。
大きな地震があれば津波も来る、とは知っていましたが、こんなにも酷いとは想像を遥かに超える恐ろしさです。
「その時どこに居たか」で、こんなにも大きな運命の岐路があるなんて、普段の生活の中ではまったく考えも及びませんでした。

東日本大震災

2011年03月14日 | つぶやき
東日本大震災で命を落とされた方々、遺族の方々に心よりお悔やみを申し上げます。

ライフラインがまだ断たれた皆さまには、いち早い電気の開通を、いまだ孤立状態の皆さまには少しでも早い復旧を、家や仕事を失った方々には一日でも早く安心できる暮らしが戻りますよう、お祈りしています。



私も家族も家も大丈夫でした。
私の家のあたりは電気も開通し、普通の暮らしを取り戻しつつあります。

離れて暮らす私の両親の家のすぐ近くまで津波の被害があり、私の中学の旧友たちの家々は流失してしまい、安否が心配です。

大変お世話になっている知人の家が仙台新港にあったため、車も部屋も何もかも流れてしまいました。
亘理の知人も家を失い、まだ連絡のつかない知人もあります。


まだ余震も続いています。
皆さま、くれぐれも気をつけてお過ごしください。

ホテルプラザ アネックス横手

2011年03月10日 | 温泉
「ホテルプラザアネックス横手」は駅前温泉のイメージを超える温泉です。
温泉を楽しみたい方にも、健康増進のため何かしたい方にもおすすめです♪

それは「玉川北投石」を使った岩盤浴室と天然温泉の浴室の両方があるから。
相乗効果で、かなり体がリフレッシュできましたよ~!



こちらは、展望のよい天然温泉。
駅前の施設ですのでビルの密集地ながら、特殊なシールド効果で、昼間は外からの視線を気にせず、景色を眺めながら入浴することができます。
(写真では夜撮影のため、ブラインドをおろしています)

サウナ、水風呂も併設されており、岩盤浴もついて一日2000円。
しかも、タオルはまるでティッシュのように、自由にいくらでも使うことができます。
接客のサービスも、かなりイイ感じです。



岩盤浴の様子は残念ながら皆さまにはお届けできませんが、天然記念物指定前に入手した玉川北投石等を使った岩盤浴です。
玉のような汗が流れ、体質改善にもとても良いとのこと。

汗をかいた後は、スカイテラス「SARA」で、心地よいソファーにでリラックスしながら、雑誌などを見ながら寛ぐすることができます。



岩盤浴場のすぐ横には、男女別のジャグジーバスがあります。
こちらは、天然温泉ではありませんが、展望が開放的で気持ちの良い浴室です。



「ホテルアネックス横手」は、「横手駅前温泉ゆうゆうプラザ」と併設されています。
宿泊者はどちらの温泉も使い事ができます。
ゆうゆうプラザには、露天風呂と広い浴槽の内湯、サウナ、水風呂があります。



水風呂は、とても冷たいお水があふれて気持ちが良かったです!



脱衣所も広く清潔でした。
ゆうゆうプラザのみ(日帰り温泉)の利用は900円です。




横手の駅前温泉

2011年03月09日 | 温泉
かなり以前のことでしたが、旅の途中、たまたま横手駅前で温泉がジャージャーと流れている場所を通りががった経験があり、なぜか気になったままでした。
今更ながら、その場所に訪れてみる機会があり、私のなかで長年の謎が解決されました。
そのレポートを数回に分けてお届けしたいと思います。



昔の印象とは少し違いますが、記憶の風景に間違いありません。
駅のまん前に温泉が、絶え間なく掛け流されている様が不思議です。



それは「ホテルアネックス横手」の源泉でした。

その日のプランは「源泉かけ流し露天風呂付部屋」。
チェックインすると、ウエルカムドリンクのサービスがあり、7Fのスカイレストランに行ってみました。



カウンターとテーブル席があり、こぢんまりしています。

サービスのウエルカムドリンクは、エビスビールをオーダー。



サービスのオードブルは「横手」づくし。

納豆の唐揚げ、海草を固めた「エゴ」、そしてカステラ風の卵焼き、はたはた寿司。
どれも素朴な感じでした。



鳥海山をはじめ、横手市街の眺望が美しいレストランです。
その日は、雪に輝いた横手の静寂な景色が印象的でした。