プロ野球 OB投手資料ブログ

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豊平晋一

2018-09-02 09:13:51 | 日記
1976年

昨年夏の甲子園大会のときだった。なで肩で、腰周りが他の選手に比べてずっと大きい豊平。そのシャープな打撃に吉田監督はひと目ぼれしたそうだ。両親が当初強く進学を望んだので六位指名になったが、阪神では「次代の大型打者」と期待は大きい。豊平は入団発表で「目標は田淵さん」と言って驚かせた。練習に参加して二週間余り。たいていの新人選手は入団時の景気よさはどこえやら、プロの厳しさの前にシュンとしてしまうものだが、豊平はしっかり屋。「安芸移動に選ばれなかったけど、ぼくとしてはその方がいい。安芸に行けば使い走りなどに振り回されるから満足のいく練習ができない」と移動もれを逆手に取って、甲子園で約二時間の時間外特訓を買って出ている。決まった練習は午前十時から午後二時半だが、豊平は「この世界、自主的にどれだけやるかで決まる」と闘志むき出し。鹿屋市で生まれ中学三年までそこで育った。薩摩っぽ骨太い男だ。三年目に定位置を取りたいという。とはいえ周囲の状況はなまやさしいものではない。岐阜・中京商時代の三塁から遊撃転向を指示されているが、藤田の厚い壁があり、その前に榊原もいる。「それでもう後戻りはできない。やるだけやってみる」と口元を引き締める。そして目指すのは「あくまで田淵さん」と、当初の気持ちをぐらつかせない。同期の篠塚(巨)杉村(ヤ)らに負けたくないという豊平。相羽打撃コーチは右打ちもできる柔軟性があり楽しみだ、と話している。

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