プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

広瀬叔功

2022-08-31 21:44:49 | 日記
1970年
永淵シフトなどなにかと話題を提供してきた南海の野村監督が、こんどは広瀬を投手に起用してファンは大喜び。前半で勝負のヤマがみえた対阪急25回戦の六回から広瀬は皆川のあとをついで登板。早いテンポで小さなカーブ、直球を投げ2イニングを2安打、2四球を与えながら無得点に押えた。突然の広瀬登板劇に両軍の選手たちはやんやのかっさいとなったが、当の広瀬は「もう少しいい投球をするのだが…。スライダー、ナックルが決まらなかった」といたって大まじめ。「西さん(西本監督)がうらめしそうな顔をするなどもうドッキン、ドッキン。打つどころではなかった。やはり投手はしんどいものだ」と。投手で入団した広瀬はその後ヒジを痛めたりして野手に転向、十六年目で念願の登板を果たしたわけ。それだけに「この次はもうちょっといい投球をしてみせる」と投手に色気をみせていた。

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亀田敏夫

2022-08-29 15:03:06 | 日記
1940年
セ軍は亀田の操るスロウカーヴを打ちあぐみ折角四球を選んで出た走者が二、三、六回と多軍捕手田中の機敏正確な送球に指されて惜しくも得点圏を逸したのは大きな敗因であり…

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守貞夫

2022-08-29 14:41:14 | 日記
1954年


左利きでインドロをよく使う守投手の他にリリーフとして一塁をやる浦野が控えておりどちらも主戦投手として使えるのは強味。

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秋光新二

2022-08-29 14:33:06 | 日記
1954年
忠海は左腕の速球投手秋光兄のワン・マン・チーム、一試合平均十本を下らぬという三振奪取は、調子がよければ金的を射止め得るダーク・ホースだ。


三次は秋光の内角低目をつくシュートが打てず、五回まで1安打に抑えられたが…


サウスポー秋光はカーブを交えた速球に威力をもっている。


この日も秋光投手はスピードボールに有効なカーブをまじえて三次の打者全員から三振16を奪い、勝利の原動力となった。


1955年


秋光新二(忠海高)は快速球の持主として中国筋に知られた左投手。対接戦で惨敗した宿敵三原高が先輩の左投手を一歩前から投げさせて打倒秋光の猛練習をしたそうだ。五尺八寸、十七貫。ちょっと肉がたりない感じだ。

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土井武

2022-08-29 14:13:39 | 日記
1982年
右の本格派が3人いる投手陣で、中心は土井。最近打たせてとることも覚え安定してきた。内角へのシュートを武器に42試合に登板し完投14、完封4。カーブが少し甘いが、ナックルをマスターしている。


相可のエース・土井は四回まですばらしいピッチングをみせた。切れのよいカーブを多投、津工打線をほんろうした。


土井は直球が走り出しており、シュートもある。

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真下定夫

2022-08-27 15:14:35 | 日記
1955年


投手では高崎鉄道局の真下定夫がいい。昨夏の都市対抗で活躍した。優勝した八幡製鉄と延長十三回やったとき、一人で投げ通し、ドロップが武器。

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横溝桂

2022-08-27 09:22:55 | 日記
1954年
横溝投手はドロップ、カーブ、シンカーにさえを見せ、左独特の低目をつく速球を武器としている。現在まで十八戦全勝、しかも安打66、三振179、失点20というすばらしい成績が彼の実力を物語っている。


1955年


横溝投手は中国随一の怪腕投手で安定性があるのは強味である。長身からのカーブ、ドロップ、シュートと投げ分け、同じコースに絶対投げないチェンジ・オブ・ペースの妙も心得ている。

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河内忠吾

2022-08-27 09:22:55 | 日記
1953年
栃木県小山町の建築屋さんの三男坊で末っ子。早大入りを望んでいたのを香椎監督自ら出向いて説得し日大に入った。四年間の野球部生活中一年近くベンチを温めた時の忍耐と持ち前の負けん気の強さが彼の身上だ。内角へのシュート、外角へのドロップ、やや見極めにくいカーブを織りまぜた技巧派の投手で力に頼らず、硬、軟と球筋の変化に将来の大投手の素質が秘められている。

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大越基

2022-08-25 13:34:58 | 日記
1989年
仙台育英の大越が素晴らしいピッチングで京都西を1安打に抑えた。威力十分の速球を中心に、カーブ、フォークボールをまじえて八回まで3四球だけ。


七回まで大越が内外角低めに直球、シュート、スライダーを投げわけ…

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麦倉洋一

2022-08-25 13:32:35 | 日記
1989年


注目されるのが佐野日大の主戦麦倉。右腕で柔らかい腕の振りと手首の強さで回転のいい速球にカーブ、スライダーと変化球の切れがいい。
右腕の麦倉はいい投手だ。栃木大会の39イニングを無失点で切り抜けたように実に安定している。カーブ、フォークボールなど変化球も切れがあり、三振を狙ってとれる数少ない投手の一人だと思う。

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吉岡雄二

2022-08-25 13:28:52 | 日記
1989年


エース吉岡は右の本格派。
右腕にも好素材がいる。大会屈指の本格派といわれるのが吉岡(帝京)。185センチ、80キロと体にも恵まれ、スタミナも十分。球を離すポイントがしっかりしているため、投手にありがちな制球難がない。


「球がおもったほど伸びない」ことがもう一つの原因だ。体調は悪くないのだが、前回(準々決勝)から直球の伸び、切れが悪いと本人は感じていた。しかし、吉岡に春にはなかった「ベースを広く使える制球力」(井村捕手)が身についていた。右打者の内側を思い切って突き、外角のスライダーで引っかけさせる。10奪三振に加え、内野ゴロの山をつくった。


強打の米子東打線を散発5安打で完封。帝京のエース吉岡の見事な復活ぶりだった。春のお返しだねと聞かれ、「そうですね」と会心の笑顔。初回は先頭打者にいきなり四球。春の選抜では、報徳学園に屈辱の初戦負けだったが、その時のビデオを見るような立ち上がりだった。だが、二死三塁で四番打者を迎え、体を沈み込ませるように投げた第一球は、外角低めへの快速球。すかさず前田監督が伝令を送った。「いいぞ、もっと行け」以降は、要所をピシャリ。八回には、初めて痛打を浴びて苦しんだが、山根をスライダーで空振り三振に取る詰めの厳しさ。


「一年生に負けてたまるか」と闘志をたぎらせてマウンドに上がった吉岡も燃えた。ゆっくりとしたモーションからストレート、カーブ、シュート、スライダー、フォークと変幻自在の投球が面白いようにコーナーへ決まった。

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ティム・ヤング

2022-08-23 14:08:20 | 日記
2001年
新外国人投手のヤングが紅白戦登板で好投した。1回を投げ、兵動、広瀬、伊与田から3連続三振。直球にスライダー、カーブを織り交ぜた。北別府投手コーチは「予想以上。面白い存在になりそうだね」と喜んだ。


広島のヤング投手(27)は、シドニー五輪金メダルの米国代表メンバー。北別府コーチは「球に切れがあり、シュート回転するくせ球もいい」とまずは合格点。


新外国人左腕ヤングがオープン戦初登板。1回を打者3人でピシャリと抑え、左腕のコマ不足に悩む首脳陣を喜ばせた。先頭の谷に四球を出したが、藤井を得意のスライダーで空振り三振。この間に二塁に走った谷を捕手の瀬戸が刺し、併殺。相川は140㌔の速球でボテボテの1ゴロに打ち取った。「もう少し多く投げたかった」とやや不満顔だが、キャンプで新井ら主力打者を「真横に曲がる」と驚かせたスライダーの威力を見せつけ、北別府コーチは「手ごたえを感じる」


左腕のヤング投手は145キロ前後の速球が武器で、シドニー五輪金メダルの米国代表チームの一員だった。背番号は「43」中継ぎやワンポイントとして期待されており、「米国でもリリーフをやっていたし、自信はある。40-60試合は投げてみたい」と力強く話した。


シュールストロム、ヤングが加入し、外国人投手が3人となった広島。その一軍枠をめぐる競争が、次第に熱を帯びてきた。この日はそろって初めてフリー打撃に登板し、特に新外国人二人に注目が集まった。シュールストロムは33球でヒット性の当りが5本。ヤングは36球で3本。2人とも制球、威力とも今一つだったが、フォークボールなどの変化球も交えて意欲的。北別府投手コーチも「ともにコントロールは悪くない」と期待を込める。

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西沢洋介

2022-08-22 14:29:28 | 日記
1993年
今年六月の大学選手権に出場してからプロを意識するようになりました。でも、やっぱり夢のような感じで大変光栄です。夏ごろにベイスターズの方も来て横浜というところにも魅力を感じています。持ち球はストレート、カーブ、フォークなんかがあります。斎藤隆さんみたいに、ものおじしない投手になりたい。(187センチ、85キロ、22歳、群馬県出身)

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名取和彦

2022-08-21 11:49:15 | 日記
1980年
4点リードをもらって名取が好投した。二回こそ3四球で二死満塁のピンチだったが、大原を三振に仕留めた。このあとはカーブをうまく使って見違えるように立直った。


阪急は先発・名取のストレート、シュート、時折投げるチェンジアップに的がしぼれず苦しんだが、八回、敵失を織りまぜ無死満塁として名取をKO。

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益山性旭

2022-08-21 09:48:02 | 日記
1985年
益山のピッチング・フォームはさほどクセのあるほうではない。そう記憶している。腕の振りにいきおいがあり、球にはスピード感があった。「プロ入りしたころは、速球とカーブのピッチャーだったんです。それ以上、いろいろな変化球を投げなかった。アマチュアでは速球とカーブだけで十分に通用していましたからね。ところがプロに入って、それだけでは不十分ではないかということになった。もう少し変化球を増やさなければいけない、と」「フォークボール、スライダー、シュート…。そういうものはほとんどプロに入っておぼえたものです。それによってちょっと投げ方が変わったんですね。速球、カーブは腕を素直に振りおろす感じで投げられる。フォークボールなどはちがうような気がする」

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