1965年
巨人の合宿でグーグー寝ていた七森が起されたのは午前九時だった。巨人・佐々木代表からの呼び出し電話。「電話といわれたとき、ピーンときた。国鉄移籍の話だろうと予想して出かけたら、見事に当っちゃった」佐々木代表から申し渡されたとき、七森は顔色一つ変えなかった。「ぼくが文句をいっても、球団が決めたことだからしようがない。チームが違っても野球がやれることにかわりはないんだから・・・」細川チーフ・マネジャーに付き添われて国鉄の今泉代表のところへ。契約もあっさりすませた。「考え方によっちゃ、チャンスが飛び込んできたんだ。巨人ならローテーションにはいりこむのもむずかしいけど、国鉄ならなんとかはいれそうな気がする。すぐにトレーニングを始めなきゃ・・・」ことしの正月に巨人でたてた三年計画も完全につぶれた。国鉄では三年先を目標にしたら置いてけぼりにされてしまう。「速球にもう一つのびが出てきたらしめたものだ。スピードさえついたらかなりやれると思う。それに巨人は左投手に弱いといわれているからね。国鉄にはいることがもっと前からわかっていたら、じっくり研究しておくんだった」細川チーフ・マネジャーからバトン・タッチを受けた国鉄の林田マネジャーが有楽町の球団事務所へ七森をつれていった。一度もきたことがない事務所。七森ははじめてとまどいの表情をみせた。「三時間前までこんなこと考えてもいなかった。オヤジにだけすぐ知らせなければ・・・」父親一郎さんは脳軟化症で大阪の病院に入院中。七森の肉親といったら、この一郎さんしかいない。「オヤジは目を丸くするだろうな。からだにさわらなければいいんだが・・・。でもきっと励ましてくれるだろう」林監督とは「よろしくお願いします」と電話であいさつした。林監督から「こんどメシでもいっしょにたべよう」という誘いには大喜びだった。「ぼくのどこを監督さんは買ってくれたんだろう。名前を指名してくれたということにファイトを燃やさなければ・・・。そしてナインととけ込んで国鉄のためにがんばるんだ」球団事務所をとび出して、三年間住みなれた多摩川の巨人合宿へ舞いもどり、あわただしく世帯道具をひっくるめて国鉄の大倉山合宿へ引っ越していった。
七森由康(ななもり・よしやす)
大阪市立西高から三十七年巨人に入団、三十九年六月二日の対広島十四回戦で初の完封勝ちをマークした。上手から大きく落ちるドロップとカーブが決め球だが、コントロールにやや難があった。プロ入り通算成績は4試合2勝1敗。イースタン・リーグでは24試合5勝5敗。
巨人の合宿でグーグー寝ていた七森が起されたのは午前九時だった。巨人・佐々木代表からの呼び出し電話。「電話といわれたとき、ピーンときた。国鉄移籍の話だろうと予想して出かけたら、見事に当っちゃった」佐々木代表から申し渡されたとき、七森は顔色一つ変えなかった。「ぼくが文句をいっても、球団が決めたことだからしようがない。チームが違っても野球がやれることにかわりはないんだから・・・」細川チーフ・マネジャーに付き添われて国鉄の今泉代表のところへ。契約もあっさりすませた。「考え方によっちゃ、チャンスが飛び込んできたんだ。巨人ならローテーションにはいりこむのもむずかしいけど、国鉄ならなんとかはいれそうな気がする。すぐにトレーニングを始めなきゃ・・・」ことしの正月に巨人でたてた三年計画も完全につぶれた。国鉄では三年先を目標にしたら置いてけぼりにされてしまう。「速球にもう一つのびが出てきたらしめたものだ。スピードさえついたらかなりやれると思う。それに巨人は左投手に弱いといわれているからね。国鉄にはいることがもっと前からわかっていたら、じっくり研究しておくんだった」細川チーフ・マネジャーからバトン・タッチを受けた国鉄の林田マネジャーが有楽町の球団事務所へ七森をつれていった。一度もきたことがない事務所。七森ははじめてとまどいの表情をみせた。「三時間前までこんなこと考えてもいなかった。オヤジにだけすぐ知らせなければ・・・」父親一郎さんは脳軟化症で大阪の病院に入院中。七森の肉親といったら、この一郎さんしかいない。「オヤジは目を丸くするだろうな。からだにさわらなければいいんだが・・・。でもきっと励ましてくれるだろう」林監督とは「よろしくお願いします」と電話であいさつした。林監督から「こんどメシでもいっしょにたべよう」という誘いには大喜びだった。「ぼくのどこを監督さんは買ってくれたんだろう。名前を指名してくれたということにファイトを燃やさなければ・・・。そしてナインととけ込んで国鉄のためにがんばるんだ」球団事務所をとび出して、三年間住みなれた多摩川の巨人合宿へ舞いもどり、あわただしく世帯道具をひっくるめて国鉄の大倉山合宿へ引っ越していった。
七森由康(ななもり・よしやす)
大阪市立西高から三十七年巨人に入団、三十九年六月二日の対広島十四回戦で初の完封勝ちをマークした。上手から大きく落ちるドロップとカーブが決め球だが、コントロールにやや難があった。プロ入り通算成績は4試合2勝1敗。イースタン・リーグでは24試合5勝5敗。