1962年
「ああ、もったいないことを!」三塁側スタンドのファンからタメ息がもれた。二年ぶりの完封勝利を目の前にした九回裏、阪神の攻撃がはじまる直前、権藤は三原監督にたたかれてマウンドをおりてきた。「阪神の攻撃が二番からだから、大事をとって秋山と代えたんだろう」だれの目にもそう思えた投手交代だったが、権藤はベンチにはいるとさっそく小林トレーナーの前へ左手をさし出した。「またやっちゃったんですよ」九回表二死二、三塁で遊ゴロをバットの根もとで打ったため、左手の親指つけ根のスジがしびれてしまったのだそうだ。またと真っ先に出たのは五月十七日の対国鉄八回戦で金田から同点タイムリーを打ったとき、同じところを痛めているからだ。「ほとんどウオームアップなしに出て、ほんまにヒヤヒヤもんだった。でも責任をはたせてよかったよ」みごとしめくくり役をはたした秋山が、息をはずませて権藤のそばへかけ寄ってきた。「ゴンにはずいぶん借りがあるからな。そのうちにチビチビお返ししなきゃあ」最高殊勲選手になった一昨年、何度か権藤のリリーフでピンチを救ってもらった秋山がまず一つそのお返しをしたわけ。「きょうくらい楽に投げられたことはないね。だからカーブはそう使わずにすんだよ。阪神はブリブリ振りまわしてくるからやりいいんだ。シャットアウト?そりゃあしたかったが突発事故には勝てんもんね」うまそうにタバコを吸い込みながら話す権藤の顔にはそうくやしさは出ていない。そんなことよりもっとうれしい記録がまだある権藤だ。防御率NO1と被本塁打ゼロ。「ホームランを打たれたときの味を忘れてしもうたからね。久しぶりに味わってみようかとも思うんだが、ボールは自然と低目へきまって打たれんわ」こんな冗談もいえるほどの権藤。セ・リーグの投手でまだホームランを一本も打たれていないのはこの権藤だけだから当然かもしれないが・・・。
「ああ、もったいないことを!」三塁側スタンドのファンからタメ息がもれた。二年ぶりの完封勝利を目の前にした九回裏、阪神の攻撃がはじまる直前、権藤は三原監督にたたかれてマウンドをおりてきた。「阪神の攻撃が二番からだから、大事をとって秋山と代えたんだろう」だれの目にもそう思えた投手交代だったが、権藤はベンチにはいるとさっそく小林トレーナーの前へ左手をさし出した。「またやっちゃったんですよ」九回表二死二、三塁で遊ゴロをバットの根もとで打ったため、左手の親指つけ根のスジがしびれてしまったのだそうだ。またと真っ先に出たのは五月十七日の対国鉄八回戦で金田から同点タイムリーを打ったとき、同じところを痛めているからだ。「ほとんどウオームアップなしに出て、ほんまにヒヤヒヤもんだった。でも責任をはたせてよかったよ」みごとしめくくり役をはたした秋山が、息をはずませて権藤のそばへかけ寄ってきた。「ゴンにはずいぶん借りがあるからな。そのうちにチビチビお返ししなきゃあ」最高殊勲選手になった一昨年、何度か権藤のリリーフでピンチを救ってもらった秋山がまず一つそのお返しをしたわけ。「きょうくらい楽に投げられたことはないね。だからカーブはそう使わずにすんだよ。阪神はブリブリ振りまわしてくるからやりいいんだ。シャットアウト?そりゃあしたかったが突発事故には勝てんもんね」うまそうにタバコを吸い込みながら話す権藤の顔にはそうくやしさは出ていない。そんなことよりもっとうれしい記録がまだある権藤だ。防御率NO1と被本塁打ゼロ。「ホームランを打たれたときの味を忘れてしもうたからね。久しぶりに味わってみようかとも思うんだが、ボールは自然と低目へきまって打たれんわ」こんな冗談もいえるほどの権藤。セ・リーグの投手でまだホームランを一本も打たれていないのはこの権藤だけだから当然かもしれないが・・・。