1975年
門限破りをしたかと思うと、カネやん張りの暴言を吐いたり、新人にしては自由奔放なふるまいを見せていたロッテのドラフト一位、左腕の菊村には、この日、いつもの元気さは全く見られず、卒業式を終えていない純朴な高校生の姿であった。「おーい、キクよ、四球も野球のうちじゃ。気にするな」と、ベンチにすわりっ放しのカネやんから、時々こう激励を受けていたマウンド上の菊村。「打者のタイミングを外す投球フォームの素質は抜群や。ことしの新人は豊作だ」とカネやんの期待がものすごかったにもかかわらず、その菊村、広島とのオープン初戦に先発しながら、ストライクゾーンになかなか球が決まらない。先頭打者にいきなりストレートの四球を与えたのを皮切りに、二回表、連続3個の四球を出して一死も取れずダウンするまで打者8人に対し、被安打2本、四球4個の最悪状態。そればかりではない。一回表には、三社走者を気にしてのボークも演じて見せ、実に多彩な演技ぶりを披露したわけ。プロの水は甘くはなかったのである。ストレートを投げて打たれ、カーブを投げても決まらないマウンドの菊村には、余裕は全然なかったようだ。むしろ痛々しかった。スタンドには、わが息子の晴れ姿を見ようと、大阪から駆けつけた父親栄一さん(43)、母親道子さん(41)、両親の気持は神に祈るような心境だったに違いない。いいところ一つもなくマウンドをおりてきた菊村は「とても緊張して、体はピリッとしていたのですが・・・。投球中には、スタンドにいる父母がどんなことを思っているのかとちらりと考えたり、ベンチの監督さんがいつごろげんこつを振り上げて出てくるかと、気がかりでした。球の抑えができなかったのは、新しいボールなので、手に合わなかったからです。練習ではいつも使い古しの球でしたから・・・・。自分の持ち球のカーブが決まらないですからダメです」とハアハア荒い呼吸をしながら顔を上げ、目を白黒させてボソボソと話した。カネやんの菊村は見事に裏切られた。しかし、カネやんのさい配にしても、チャンピオンチームらしいいいところは何一つなかった。細かい内容まで見せてくれたルーツ野球の広島の仕上がりが順調に見えたのとは対照的であった。7-3でロッテの完敗。「よくウチが3点も取ったね。それにしても、菊村はプロの世界の非常に厳しいことをこれで知ったと思う。昨年の新人王の三井もスタートの時は菊村と同じことだった。菊村は一軍に同行して指導しようと思ったが、二、三年間はファームで徹底的にきたえなきゃいかんな。素質を生かして必ず立派な投手にしてみせる。上辻でも小川でも下積みからはい上がってきた投手には底力があるもんだ。菊村にとって、きょうはとてもよい日になったはずだ」とカネやん。日本一チームのスタートをつまづかせた菊村に、金田監督は、トラがわか子を谷底へ突き落す愛のムチだと強調していた。昨年の新人王三井のように菊村が意外に早く出てくるとしても、後半となろう。
門限破りをしたかと思うと、カネやん張りの暴言を吐いたり、新人にしては自由奔放なふるまいを見せていたロッテのドラフト一位、左腕の菊村には、この日、いつもの元気さは全く見られず、卒業式を終えていない純朴な高校生の姿であった。「おーい、キクよ、四球も野球のうちじゃ。気にするな」と、ベンチにすわりっ放しのカネやんから、時々こう激励を受けていたマウンド上の菊村。「打者のタイミングを外す投球フォームの素質は抜群や。ことしの新人は豊作だ」とカネやんの期待がものすごかったにもかかわらず、その菊村、広島とのオープン初戦に先発しながら、ストライクゾーンになかなか球が決まらない。先頭打者にいきなりストレートの四球を与えたのを皮切りに、二回表、連続3個の四球を出して一死も取れずダウンするまで打者8人に対し、被安打2本、四球4個の最悪状態。そればかりではない。一回表には、三社走者を気にしてのボークも演じて見せ、実に多彩な演技ぶりを披露したわけ。プロの水は甘くはなかったのである。ストレートを投げて打たれ、カーブを投げても決まらないマウンドの菊村には、余裕は全然なかったようだ。むしろ痛々しかった。スタンドには、わが息子の晴れ姿を見ようと、大阪から駆けつけた父親栄一さん(43)、母親道子さん(41)、両親の気持は神に祈るような心境だったに違いない。いいところ一つもなくマウンドをおりてきた菊村は「とても緊張して、体はピリッとしていたのですが・・・。投球中には、スタンドにいる父母がどんなことを思っているのかとちらりと考えたり、ベンチの監督さんがいつごろげんこつを振り上げて出てくるかと、気がかりでした。球の抑えができなかったのは、新しいボールなので、手に合わなかったからです。練習ではいつも使い古しの球でしたから・・・・。自分の持ち球のカーブが決まらないですからダメです」とハアハア荒い呼吸をしながら顔を上げ、目を白黒させてボソボソと話した。カネやんの菊村は見事に裏切られた。しかし、カネやんのさい配にしても、チャンピオンチームらしいいいところは何一つなかった。細かい内容まで見せてくれたルーツ野球の広島の仕上がりが順調に見えたのとは対照的であった。7-3でロッテの完敗。「よくウチが3点も取ったね。それにしても、菊村はプロの世界の非常に厳しいことをこれで知ったと思う。昨年の新人王の三井もスタートの時は菊村と同じことだった。菊村は一軍に同行して指導しようと思ったが、二、三年間はファームで徹底的にきたえなきゃいかんな。素質を生かして必ず立派な投手にしてみせる。上辻でも小川でも下積みからはい上がってきた投手には底力があるもんだ。菊村にとって、きょうはとてもよい日になったはずだ」とカネやん。日本一チームのスタートをつまづかせた菊村に、金田監督は、トラがわか子を谷底へ突き落す愛のムチだと強調していた。昨年の新人王三井のように菊村が意外に早く出てくるとしても、後半となろう。