1959年
中日では七回から登板した浦西が大きく割れるカーブにも制球力を増し、西鉄の田中喜とともにピッチングに自信を加えていた。
スピードはそれほどでもないが、くせのあるボールを投げる。ことにカーブは中山伊奈より大きいのでほとんど打たれない。このカーブが右から左への強風によってさらに効果をまし、南海打線を屈服させた。外角へはいるのがはずれているようにみえるし、内角はボールでもつい手を出してしまう。天知ヘッド・コーチは「いままではあのカーブがみなすっぽ抜けになっていた」と語っていたが、まずは好投の部類に入れてよさそうなできだ。ただしストレートに威力がないので、こんごはシュートをうんと研究する必要がある。はじめのうちはウンウンと声をあげていたが、これは力がはいりすぎてよくない。「新人では板東、河村、成田のほかに浦西をうんと使ってみたい」という杉下監督の期待にこたえるようがんばってほしい。初勝利おめでとう。
浦西投手は今年入団した新人左腕投手。オープン戦では新人離れしたクソ度胸で目を見張らせるピッチングを演じた。その球威を認められて今シーズンはすぐ一軍入り。開幕後は絶えず一軍選手たちと行動をともにして、練習に励んでいた。いままでは、つなぎ投手で7試合に登板、さあいよいよこれからという矢先にきき腕の左肩を痛めてしまった。六月の二十三日、中日球場で行ったウエスタン・リーグの対阪神戦で先発に登板、ゲームで投げている最中に突然、左肩に激痛を感じたので、すぐ交代した。その後痛みが減るどころかついにヒジまで痛みはじめ、左手をふってもビーンとくる始末。上京して小森トレーナーのもとで治療に専念しているが、原因は不明。キャンプでは腕と腰がバラバラのピッチングで制球力も悪かったが、最近では投球もスムーズになり、得意のカーブの制球力も安定してきただけに、本人は気の毒。チームの幹部たちもガッカリしている。