1962年
九州の南端雄大な桜島のふもと鹿児島でのスカウト合戦は日ましに変化している。今夏の甲子園で県下初のベスト・8入りした鹿児島商高のエース浜崎正人投手(身長175㌢、体重70㌔)をめぐって・・・「中京商の林さんと投げ合ってみたい」と闘志をひめて甲子園に出発した同君の勝ち気な性格がこの言葉に現れている。結果は投げ負けた。だがこれにくじけることなく、国体で雪辱を期して猛練習にはげんでいる。そこで浜崎争奪戦の根拠地といえる浜崎家とその周囲をさぐってみた。
鹿児島市内はまだ真夏の暑さだ。国鉄鹿児島駅から車で10分桜島を正面にあおぐ塩屋町128番地、ここが浜崎の実家で、実兄克巳さんがつけもの、とうふの卸し屋を経営している。兄弟四人の末っ子が正人君だ。浜崎家には実父。兄夫婦と同君の静かな生活がある。その静かなる環境が甲子園から帰って以来一転してにわかにあわただしくなった。ファンレターが四、五百通は越しているだろう。帰った当時は日に二、三十通はきていた。ほとんどが少年ファンや女性からのだ。この手紙も日増しに少なくなり日に二、三通となった今日これと反比例するかのようにプロ球団のスカウトの姿がみられるようになった。父親四郎さんに会ってみると「いろいろうわさされているようだが、まだどこの球団の方ともお会いしていない。すべて学校側におまかせしてありますから・・・」ときっぱりいう。国体終了までは・・・の慎重作戦であろう。しかし浜崎家を訪ねた球団か多くあるのは事実。南海、近鉄、大毎、大洋、阪急、巨人と西鉄から誘いがかかっている。なかでも一番交渉の早かったのは巨人だ。昨秋の九州高校大会のとき、巨人内堀スカウトの目が光っていた。このころから浜崎争奪戦の火ぶたは切られている。今春の九州高校大会では各スカウトの目は浜崎一人にしぼられた感があった。そして六月、南海鶴岡監督が石川スカウトと同伴で九州行脚のおり、浜崎獲得にのり出している。それから相ついで各球団の浜崎廻りがはじまった。左腕投手に悩みを持つのはプロ球団の共通点である。どこもノドから手の出るほどほしい投手だ。近鉄は同校藤井清一郎監督(元近鉄)をコネに本腰を入れた。西鉄は地元の利を生かして強引に獲得にのり出している。また大洋引地スカウトも熱心に鹿児島廻りをやっている。大毎は白川マネジャーが鹿児島商の出身であり、後援会のつながりが強い。篠原、塩津もこの線で大毎へ入っており、あなどれない。一方阪急も某先輩を通じて一千万円程度の契約金を提示しているようだ。そこで実権をもっている実兄克己さんに話を向けると「進学か、就職かはまだはっきりきめていない。国体があるのでいろいろ学校の方からも注意されているし、慎重にやりたい。私の考えとしては進学し、一時都会の野球をやり、それからプロへ行くなり、ノンプロへ行くなり、きめた方がよいと思うが・・・でもこれは本人の気持ち一つで、本人がプロでやりたいといえばしかたないことだ。だが将来をきめる一番大事なときだけに、ゆっくり時間をかけたい」と大学進学を望む態度。しかし言葉をついで「わざわざ九州の端までこられるので門前払いをするわけにもいかないし・・・でももしプロ入りを希望するならば私は第一に投手養成が上手なチームに入団させてやりたい。やはり入った以上は一日でも早く一本立ちでき、立派に投げられるように鍛えてもらえるところでないとね・・それに弟は体力的に恵まれていないので・・・」と話すところ、プロ入り間違いなしとみてよかろう。だが一方、学校関係者に話を向けると「大学へ進学すると聞いています。まだ私はプロの方とも一度もお会いしたことはありません。情報がいろいろ流れているようですが、現在のところ一向に聞きません。国体がすむまではそっとしてやって下さい」と同校伊知地校長は話してくれた。また野球部長の泉氏は「私は浜崎君は進学するのではないかと思っている。早大へ行くとか聞いたこともあったが・・・」とプロ説を全面的に否定しているが、案外この立場の人はツンボサシモにいるのかもしれない。それでは正人君自身はどうなのだろう。すべて兄克己さんにまかせてあるというものの、最後は同君の意思しだい。いまはその時期ではないとばかりにグラウンドへすっとんでいった。十月下旬の国体出場のため、鹿児島商はいま猛練習を行なっている。もちろん正人君も同じだ。そこで監督の藤井さんに浜崎のことを聞くと「プロでやってみたい気持ちは十分持っているようだ。夏の大会が自信をつけさせたのだろうまた勝ち気な性格であるが、テレ屋でもある。研究熱心なところは感心させられるところがある。私のところにもノンプロから多く話がきていますよ。日石、東芝をはじめ有名なところはほとんど・・・でも国体がすむまでは一切おあずけの形になっている。」とすべて国体待ちという。国体まであと一ヶ月。スカウト連の鹿児島廻りは激しくなった。いずれも条件を提示しているようだ。当初もっとも積極的だった南海、近鉄は半歩遅れたようだ。一時は南海有利の線が出ていたが、いまでは薄れ、近鉄また瓜生スカウトの話では「一度肩をこわしているのでね。それに阪急さんあたりの条件はうちは出せないよ」と後退した。だがこれは煙幕戦術かも知れず、内心はあきらめていないとみた方がよさそう。南海、近鉄の一歩後退によって大毎、阪急、大洋の線が強くなった。大毎は後援会筋、大洋は投手養成の巧みさ、阪急は札束と、それぞれ攻め手に特色があるが、鹿児島という土地柄も考えた場合、大毎の義理人情ラインが一番有力の掛が出そうである。
九州の南端雄大な桜島のふもと鹿児島でのスカウト合戦は日ましに変化している。今夏の甲子園で県下初のベスト・8入りした鹿児島商高のエース浜崎正人投手(身長175㌢、体重70㌔)をめぐって・・・「中京商の林さんと投げ合ってみたい」と闘志をひめて甲子園に出発した同君の勝ち気な性格がこの言葉に現れている。結果は投げ負けた。だがこれにくじけることなく、国体で雪辱を期して猛練習にはげんでいる。そこで浜崎争奪戦の根拠地といえる浜崎家とその周囲をさぐってみた。
鹿児島市内はまだ真夏の暑さだ。国鉄鹿児島駅から車で10分桜島を正面にあおぐ塩屋町128番地、ここが浜崎の実家で、実兄克巳さんがつけもの、とうふの卸し屋を経営している。兄弟四人の末っ子が正人君だ。浜崎家には実父。兄夫婦と同君の静かな生活がある。その静かなる環境が甲子園から帰って以来一転してにわかにあわただしくなった。ファンレターが四、五百通は越しているだろう。帰った当時は日に二、三十通はきていた。ほとんどが少年ファンや女性からのだ。この手紙も日増しに少なくなり日に二、三通となった今日これと反比例するかのようにプロ球団のスカウトの姿がみられるようになった。父親四郎さんに会ってみると「いろいろうわさされているようだが、まだどこの球団の方ともお会いしていない。すべて学校側におまかせしてありますから・・・」ときっぱりいう。国体終了までは・・・の慎重作戦であろう。しかし浜崎家を訪ねた球団か多くあるのは事実。南海、近鉄、大毎、大洋、阪急、巨人と西鉄から誘いがかかっている。なかでも一番交渉の早かったのは巨人だ。昨秋の九州高校大会のとき、巨人内堀スカウトの目が光っていた。このころから浜崎争奪戦の火ぶたは切られている。今春の九州高校大会では各スカウトの目は浜崎一人にしぼられた感があった。そして六月、南海鶴岡監督が石川スカウトと同伴で九州行脚のおり、浜崎獲得にのり出している。それから相ついで各球団の浜崎廻りがはじまった。左腕投手に悩みを持つのはプロ球団の共通点である。どこもノドから手の出るほどほしい投手だ。近鉄は同校藤井清一郎監督(元近鉄)をコネに本腰を入れた。西鉄は地元の利を生かして強引に獲得にのり出している。また大洋引地スカウトも熱心に鹿児島廻りをやっている。大毎は白川マネジャーが鹿児島商の出身であり、後援会のつながりが強い。篠原、塩津もこの線で大毎へ入っており、あなどれない。一方阪急も某先輩を通じて一千万円程度の契約金を提示しているようだ。そこで実権をもっている実兄克己さんに話を向けると「進学か、就職かはまだはっきりきめていない。国体があるのでいろいろ学校の方からも注意されているし、慎重にやりたい。私の考えとしては進学し、一時都会の野球をやり、それからプロへ行くなり、ノンプロへ行くなり、きめた方がよいと思うが・・・でもこれは本人の気持ち一つで、本人がプロでやりたいといえばしかたないことだ。だが将来をきめる一番大事なときだけに、ゆっくり時間をかけたい」と大学進学を望む態度。しかし言葉をついで「わざわざ九州の端までこられるので門前払いをするわけにもいかないし・・・でももしプロ入りを希望するならば私は第一に投手養成が上手なチームに入団させてやりたい。やはり入った以上は一日でも早く一本立ちでき、立派に投げられるように鍛えてもらえるところでないとね・・それに弟は体力的に恵まれていないので・・・」と話すところ、プロ入り間違いなしとみてよかろう。だが一方、学校関係者に話を向けると「大学へ進学すると聞いています。まだ私はプロの方とも一度もお会いしたことはありません。情報がいろいろ流れているようですが、現在のところ一向に聞きません。国体がすむまではそっとしてやって下さい」と同校伊知地校長は話してくれた。また野球部長の泉氏は「私は浜崎君は進学するのではないかと思っている。早大へ行くとか聞いたこともあったが・・・」とプロ説を全面的に否定しているが、案外この立場の人はツンボサシモにいるのかもしれない。それでは正人君自身はどうなのだろう。すべて兄克己さんにまかせてあるというものの、最後は同君の意思しだい。いまはその時期ではないとばかりにグラウンドへすっとんでいった。十月下旬の国体出場のため、鹿児島商はいま猛練習を行なっている。もちろん正人君も同じだ。そこで監督の藤井さんに浜崎のことを聞くと「プロでやってみたい気持ちは十分持っているようだ。夏の大会が自信をつけさせたのだろうまた勝ち気な性格であるが、テレ屋でもある。研究熱心なところは感心させられるところがある。私のところにもノンプロから多く話がきていますよ。日石、東芝をはじめ有名なところはほとんど・・・でも国体がすむまでは一切おあずけの形になっている。」とすべて国体待ちという。国体まであと一ヶ月。スカウト連の鹿児島廻りは激しくなった。いずれも条件を提示しているようだ。当初もっとも積極的だった南海、近鉄は半歩遅れたようだ。一時は南海有利の線が出ていたが、いまでは薄れ、近鉄また瓜生スカウトの話では「一度肩をこわしているのでね。それに阪急さんあたりの条件はうちは出せないよ」と後退した。だがこれは煙幕戦術かも知れず、内心はあきらめていないとみた方がよさそう。南海、近鉄の一歩後退によって大毎、阪急、大洋の線が強くなった。大毎は後援会筋、大洋は投手養成の巧みさ、阪急は札束と、それぞれ攻め手に特色があるが、鹿児島という土地柄も考えた場合、大毎の義理人情ラインが一番有力の掛が出そうである。