毎朝、目覚めると電源を入れる枕元のポケットラジオのイヤフォンからアナ
ウンサーが、
「おはようございます。今日は春分の日、祝日です。みなさんはお休みですが、
私たちはこうして仕事をしています」
なんてことをいってる。
(ふざけんな、おれだって仕事だ)
おれは、目覚め悪く蒲団から抜け出る。
台所には、やっぱり祝日なんて関係なく会社に行かなくてはならない女房が、
朝の用意をしている。
「おはようございます。祝日などにはご縁がない零細企業の従業員のみなさま、
元気にやけくそになって会社に行きましょう」
女房にそういうと、
「そうよね。やんなっちゃう」
こういうときだけ、おれたち夫婦は意気投合する。
それからしばし、自分たちの勤める会社の悪口をここぞとばかり発表しあい、
でも、世の中には祝日でも働く人はたくさんいるのよ、となぐさめあい、それ
ぞれの出勤の準備にとりかかる。
女房は、電車の祭日時間を気にしつつ7時に家をあわただしく出た。おれは、
7時30分、先月も忘れてしまった月に1度の段ボールをかかえてエレベータ
ーに乗った。それをゴミ集積所に置いて、おれは車に乗った。
道路は、悔しいくらい空いている。信号でなんてめったに停まらない。
(ああ…、多くの勤め人たちが、休日の朝をのんびりしてやがんだろうな)
おれは、会社を呪い、前の会社の経営者を呪い、森総理を呪い、日銀を呪い、
自分を呪った。
会社の駐車場に、平日より10分早く着いてしまった。まだ呪うモノはいっ
ぱいあるのに、呪いきれないうちに着いてしまった。
弁当とコーヒーを入れた魔法瓶の入ってるザックを背負い、おれは車から出
て歩きはじめた。
(しょうがない。仕事でもしてやっか~)
と、うつむいてた顔を上げると、7、8メートル先にこっちを見ているおば
さんが佇んでいる。
(おれ、なんか悪いことしたかな?)
怪訝な気持ちで会釈をすると、
「お仕事たいへんですね」
と、すばらしい笑顔でいってくれた。
「ハァ~、ハイ」
と、おれは、もう1度会釈をして歩き出した。
そのときのおれは、呪うモノがすべて消えていた。どこの誰だか知らないが、
ああいうふうにいわれて悪い気はしなかった。とても、うれしかった。
(仕事やっちゃおうー)
なんて、足取りも軽くなった。