私の会社では、月に1度全体会議というものをやる。
3勤の人は参加できないが、それ以外の社員を集めて取締役と工場長が“あ
りがたい”話をしてくれる。
うちの会社に社長はいない。名前だけの社長はいるが、親会社のなんとか部
長をしていて、会社に来たことはない。いや、これまで1度、昨年の8月に来
たことがある。その“社長”がどうしても日曜日にしか来られない、というこ
とで、われわれ従業員は日曜日に半日出勤して、御目通りをした。そのときは
2週間続けて会社に通ったことになった。なにもそんなにしてまで会社に来な
くてもいいと、私は、いや、ほとんどの社員は恨んだものです。取締役と工場
長はうれしそうでしたが…。
昨年の12月の全体会議で取締役が、「来年の1月から、新しく入社する人
を紹介します」といって、50歳を過ぎた男性を前に呼んで、話しはじめた。
その人は、親会社に1年前まで勤務していたが、エベレストに登るために退
職したそうだ。優秀な人で、研修期間が過ぎたら次長という役職で働いてもら
う、といった。
(へぇー、エベレストに登ったなんてすごいな。いつかいろいろ話したいな)
と、私は素直に思った。
その人と工場長は、むかし一緒に仕事をした間柄だ、といっていた。工場長
も取締役も親会社から来ている人だ。
1度その人に話しかけられたことがある。仕事が終わって、私が駐車場に行
き車に乗ろうとしたときに、
「***の社員ですか? この駐車場は、どこまでうちの会社で停めていいので
すか?」
私はすぐ、エベレストに登った人だと分かったので、親切に教えた。やさし
そうでいい人みたいだった。なんか暗いな、とも思った。
その人が、2週間ぐらいで退職したと、同僚から聞いた。
ああ…、聞きたかったなエベレスト登頂のこと。
エベレストに登るより、この会社のほうが、楽だと思うんだけど…。