忘却の声 上 | |
アリス・ラプラント | |
東京創元社 |
忘却の声 下 | |
アリス・ラプラント | |
東京創元社 |
実験小説。
主人公は、認知症を患った60歳代の女性。
彼女と長い付き合いのあった隣家の老女が不審な死を遂げ、しかもその遺体からは四本の指が切り取られていた。
優秀な整形外科医であった彼女が隣人の死について重要な何かを知っているのではないかと嫌疑がかけられる。
が、その記憶と認識は不安定に漂うまま。
小説は、主人公の主観に沿って展開していくが、その認知は比較的明晰なこともあれば、時に我が子を認識できないほど闇に包まれることもある。
時制も遠い過去から現在まで行ったり来たり。
自分も、身内(祖母)が認知症になっているので、この感覚(といっても外からしか見ていないのだが)はよくわかる。
この認識の断片や噛み合ない会話が重ねられていく中で、主人公や周囲の人々の人となり、彼女ら彼らの積み重ねてきた歴史が次第にイメージとして確立していく。
その手法がなかなか見事。
小説が進むに連れて、時制どころか人称すらあやふやになっていく。
ミステリとしての体裁はとっているが、明かされる真相はそれほど意外なものではない。
が、その形式と、形式ゆえに醸し出される作品の印象は、きわめてユニークなものである。