代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

土砂災害を防ぐには?

2006年07月25日 | 治水と緑のダム
 長野県知事選の選挙戦の最中に記録的な豪雨が発生し、長野県では岡谷市の土石流災害のほか、各地で斜面崩壊が発生し、「災害対策」が県知事選の大きな争点に浮上しているようです。田中康夫候補は、土石流発生の一因として森林整備の遅れやゴルフ場開発などの可能性があることを指摘し、森林保水力の強化を訴えています。大惨事となった岡谷市の土石流災害の発生現場の上流にもゴルフ場があると説明しています。一方の村井仁候補は「田中県政は公共事業を削ることに熱心。防災にかかわる仕事がなおざりにされた」と土木公共事業の増額による災害対策を訴えています。(この記事参照

 写真は日本の人工林地帯に典型的に見られる、間伐していないモヤシ状のスギ人工林で、大雨により斜面崩壊が発生している様子です。写真は一昨年の台風23号による徳島県内の崩壊地です。写真を撮影したのは私の知人で徳島市民の堀川正さんです。堀川さんは土砂災害が起こるたびに、災害場所をくまなく回り、こうして写真を撮影して、間伐の遅れ、人工林の管理放棄が、洪水や土砂災害の原因になっているということを行政に懸命に訴えています。
 
 おりしも日本森林学会の広報誌『森林科学』47号(2006年6月号)で「土砂災害と森林」という特集が組まれており、最新の科学的知見が解説されています。その内容をちょっと紹介してみたいと思います。

 斜面崩壊に関する現在の学説では、森林による表層崩壊(深さが2~3m以内のすべり面が浅い崩壊)の防止機能は明確に肯定されています。その一方、それより深い深度で大規模に発生する深層崩壊に関しては、森林状態が良好でも発生してしまい、事前に危険箇所を探知することはきわめて困難とのことです。

 樹木の存在が表層崩壊を防止する理由は、樹木の根系が地下に発達するため、横すべり(土のせん断)に対する抵抗力が増すからです。『森林科学』47号に掲載されている佐藤創氏(北海道立林業試験場)の「表層崩壊と森林」によれば、樹木の根が存在することにより土のせん断抵抗力は2倍に増すそうです。また急斜面における樹木の皆伐は、一般に知られているように、斜面崩壊を起こしやすくします。北海道の平取町の調査では、皆伐跡地の斜面崩壊量は、落葉広葉樹二次林に比べ、崩壊地数では9倍、崩壊面積では7倍であったそうです。

 石川芳治氏(東京農工大)は、同じく『森林科学』47号の「流木災害と森林」という記事において、「広葉樹林よりも針葉樹林の方が発生流木幹材積が多い傾向がある。このことから土石流が流下する可能性の高い渓流沿いには針葉樹林の代わりに広葉樹林できれば低木類を成立させることで流木の発生量を減少させるとともに流木長を小さくして、下流での流木災害を軽減することができると考えられる」(31頁)と述べています。

 間伐に関しては、研究蓄積がまだ少なく、間伐の実施が斜面の安定性に寄与するのか否かは定説がない状態とのことです。
 ただし、間伐されていない場合、すわ土石流が発生してしまった際には、下流に流される流木材積は当然、多くなってしまい、流木災害の被害を増加させます。
 また間伐と斜面安定性に関しては定説がない一方、間伐のされていないヒノキ人工林では、地表流が発生し易く、土壌浸食の量も増すことに関しては近年に研究が進んでおります。『森林科学』47号でも五味高志氏(京大防災研究所)が、最新の研究成果を解説しています。

 間伐に関する私見を述べておけば、モヤシ状の人工林は発育不良になっているため、根が浅く、しかも根の深さが一様にそろってしまっているので、そこがすべり面となって大規模な崩落を起こす危険性が高くなるのだと思います。間伐をすると共に、深根性のミズナラ、クヌギ、コナラ、ケヤキなどの樹木を混植すれば、大雨の後の表層崩壊に対する抵抗力はかなり増すものと思われます。
 長野県の崩壊場所はカラマツ林が多いようですが、カラマツは代表的な崩れやすい浅根性の樹木なのです。
  
 田中知事はこの間、間伐と針広混交林の造成を積極的に推進してきました。土砂災害対策としては正しい施策を実施してきたのです。
 巨大土木工事ももちろん災害対策になるのでしょう。しかし巨額な予算の割りに被害を防げる場所はごく限られた面積にしかなりません。わずかな予算をケチって広大な面積のモヤシ人工林を放置して広範囲で災害の危険性を高めておきながら、わずかな範囲の災害対策にしかならない小流域に巨大な土木予算を集中投下することは、費用対効果の面から見て不適切であり、本末転倒だと思います。

 さらに付言すれば、大規模な深層崩壊は事前に予測するのがきわめて困難ですが、土石流災害の発生危険箇所は比較的特定しやすいです。いま長野県で問題になっている「100年に一度の洪水に対処するための」一つ300億円以上もする県営の治水ダムなどに予算をつぎ込むよりも、土石流の危険性の高い箇所に砂防ダムを建設することに優先的に予算を使った方が費用対効果の面では適切だと思います。
 さらに砂防ダムも、コンクリートで造るのではなく、間伐材を使った木枠で木製砂防ダムを造るべきです。間伐の推進とセットになるし、自然にも順応した工法になるからです。
 コンクリート砂防ダムだと20から30年ほどで満杯になり、その機能を失い、造りかえるのも困難です。一方、木枠の砂防ダムだと定期的に造りかえるのが容易です。雨量の少ない冬期などに定期的に壊して、堆砂を除去し、造りかえるという作業をすれば、永続的な災害対策になり、地域の雇用創出にも寄与するでしょう。(この記事参照)砂防ダムを造りかえる過程で出た堆砂はコンクリート用の砂として使うべきでしょう。最近、海砂を使ったコンクリートがあちこちで崩落していますが、川砂は大丈夫だと言われています。砂防ダムに溜まった川砂など、積極的に建築用に使うべきでしょう。これもエコロジカル・ニューディールの一つになります。

 またより根源的には、地球温暖化を防止することが、昨今の台風の凶暴化に対処する方策になります。間伐材のエネルギー利用は、石油の代替エネルギー開発という温暖化対策の一環としても進めねばなりません。
 
 このように、間伐作業と間伐材の有効利用を計ることは一石五鳥くらいの効果があるのです。    


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7 コメント

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はじめまして (ライゼ)
2006-07-26 00:45:27
バイオガスのことを調べててたどり着きました。(2005年4月の記事)

スウェーデンとマーストリヒト条約の話など、一つの記事で2つ以上のことを知ることができ、とてもためになりました。



紹介文の

『批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示することを心がけながら、未来社会のあるべき姿を探りたい。』

も、私にとっては自分自身の生活から、家族、会社、国、世界と様々な範囲で物事を思考するに当たりいつも考えていることでした。



この記事の件に関していえば、ダムの話がちょっと気になるものでしたね。

最近では土砂で埋まりきっているダムが増えてきていて、

そのダムのもっと下流にさらにダムを作っている、という話を聞いたことがあるのですが、

文中にもあるように、壊して再生するということはしないのだろうか、と思ってしまいました。



しかし、雨の量は時に、人間の想像以上になることがあるので、常に2手、3手を備えておく必要がありそうですね。

災害時の救援などは、そりゃあもう立派なものだとは思いますが・・・。

何でも未然に防げるように考えられうようになりたいですね。



では。
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ライゼ様 ()
2006-07-26 10:18:39
>文中にもあるように、壊して再生するということは

>しないのだろうか、と思ってしまいました。



 そうするべきだと思います。壊して造り直すということがこまめに出来るようにするためにも、砂防ダムは間伐材を利用して木製のを造るべきだと思います。

 

 基本的に治水の大本は治山にあります。山の手入れを放棄している日本が、狭い河道のみに予算をつぎ込んでも、斜面崩壊や洪水は制御できません。

 予算を河道から山林へとシフトさせた田中知事の施策は、土砂災害対策としてはまったく的を得たものでした。

 信州のマスコミが豪雨災害をきっかけに田中知事を叩くのは、まったくおかしいです。田中県政のこの間の施策は土砂災害を防ぐためには最善のものだったと思われるからです。

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Unknown (cru)
2006-07-28 10:56:50
山歩きをしていて、沢沿いに延々と続く、多くが「役目を終えた」砂防ダムの列に出会うことがあります。

木製の砂防ダムってのが可能なんですね。

強度の問題とかは大丈夫なんでしょうか。

間伐材の利用、永続的な災害対策、地域の雇用創出。

なんだかすごく魅力的なアイデアに思えます。

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cruさま ()
2006-07-29 00:19:54
 適切なコメントありがとうございます。

 あの役目を終えた砂防ダムは、いまや何の機能も果たさない上に、いちじるしく景観に悪いので、何とか撤去したいですね。



 間伐材を用いた砂防ダムは全国でも既にあちこちで造られはじめています。

 本格的な普及のネックになっているのは強度に対する不安らしいです。本格的普及に向け、強度を高める研究開発が必要です。
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うい~す (YYY)
2008-01-25 15:34:45
どんだけ~
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数年前の記事にコメントしてすみません (ちな)
2011-12-13 20:20:57
木枠ダムについて調べていてこちらの記事にたどり着きました。
紹介文の
『批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示することを心がけながら、未来社会のあるべき姿を探りたい。』という一文にすごく惹かれました
環境問題、政治問題すべてにおいて重要だと思いました

砂防ダムについて、どうしても言いたいことがありコメントさせていただきました
コンクリートの通常の堰堤は、実は埋まってから効果を発揮するというものなのです
土砂はある程度よりも緩い勾配では流れないという性質を持っているため、急こう配の河川に複数のダムを設けそれが埋まる(満砂する)ことになって側面からみると階段状にゆるくなること、それを最終目的としております
そのため、メンテナンスが必要な木材は一般的に向いていないようです。

差し出がましいこと言ってすみません。
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ちな様 ()
2011-12-15 23:35:39
 ご指摘ありがとうございました。砂防ダムは埋まった後にも効果を発揮していくとのご指摘、その通りと存じます。一部、認識不足の記述があり、申し訳ございませんでした。

 ただ、砂防ダムが土砂をすべて遮断することによる海岸浸食の問題が深刻化していますので、ある程度土砂は流さねばならないと思います。過去のものをどうするかは一つ一つ精査が必要と思いますが、今後造るに際しては小径の砂礫は透過させるような構造のものに変えていくべきと思います。スリット型や鋼製透過型の他、あえてメンテナンスが必要な木製も一つの選択肢だと思います。
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