5月23日(月)の『朝日新聞』朝刊に、長良川河口堰運用開始10年にちなんで「変わるかダムの国」という記事が掲載されていました。その中では、吉野川ビジョン21委員会が実行した緑のダム研究の内容も紹介されていました。その記事の中で、国交省治水課の職員の発言が引用されていたのですが、興味深い内容なので紹介させていただきます。
吉野川ビジョン21委員会の研究は、本ブログの本年1月16日の記事でも紹介した通りです。吉野川流域の放置人工林を適正間伐することによって、下層植生として下草や広葉樹の潅木が生えた良好な人工林にすれば、吉野可動堰と上流の四つのダム建設計画による治水容量を上回る治水効果があることを実証したのです。
同『朝日新聞』の記事には、吉野川研究に関する国交省のリアクションとして次のように書かれています。
「しかし、国交省は批判的だ。洪水時に森林の保水力では、役に立たないとダムの代替効果を否定。治水課は『たとえ効果があるとしても、森林整備は農水省の権限。手が出せない』と話す」。
私は、この記事を読んだとき、〈おお、ついに本音を漏らしたか〉と思わす可笑しくなってしまいました。本当にこう述べたのであれば、すごいことです。国交省河川局が緑のダム論を受け入れられないのは、本音をいえば、科学的にそれが間違っているからではなく、森林には自分達の行政権限が及ばないからなのであると、思わず暴露してしまっているのです! 今まで、国交省河川局は頑迷に、「森林整備の治水効果は存在しない」という主張を繰り返し行なってきました。この国交省のネガティブ・キャンペーンの成果もあってか、これまでのマスコミは、あまり吉野川ビジョン21の研究成果に注目してくれませんでした。私の評価では、日本の河川行政を根底からひっくり返す画期的な研究なのです。しかし、今のところ、正当な社会的評価は下されておりません。ようやく最近になって、『朝日新聞』が前向きに紹介してくれていることに関しては、高く評価したいと思います。
国交省があそこまで執拗に森林の治水機能を否定しようとするのは、それを認めると自分達が執行してきた治水予算を林野庁に奪われてしまうので、それを恐れているからに他ならないのでしょう。
ちなみに国交省の緑のダム否定論の内容を垣間みれば、〈これでは小学生を騙すのも難しいのではないか〉という稚拙な水準のものなのです。これに関しては、次のエントリーで書きたいと思います。
吉野川ビジョン21委員会の研究は、本ブログの本年1月16日の記事でも紹介した通りです。吉野川流域の放置人工林を適正間伐することによって、下層植生として下草や広葉樹の潅木が生えた良好な人工林にすれば、吉野可動堰と上流の四つのダム建設計画による治水容量を上回る治水効果があることを実証したのです。
同『朝日新聞』の記事には、吉野川研究に関する国交省のリアクションとして次のように書かれています。
「しかし、国交省は批判的だ。洪水時に森林の保水力では、役に立たないとダムの代替効果を否定。治水課は『たとえ効果があるとしても、森林整備は農水省の権限。手が出せない』と話す」。
私は、この記事を読んだとき、〈おお、ついに本音を漏らしたか〉と思わす可笑しくなってしまいました。本当にこう述べたのであれば、すごいことです。国交省河川局が緑のダム論を受け入れられないのは、本音をいえば、科学的にそれが間違っているからではなく、森林には自分達の行政権限が及ばないからなのであると、思わず暴露してしまっているのです! 今まで、国交省河川局は頑迷に、「森林整備の治水効果は存在しない」という主張を繰り返し行なってきました。この国交省のネガティブ・キャンペーンの成果もあってか、これまでのマスコミは、あまり吉野川ビジョン21の研究成果に注目してくれませんでした。私の評価では、日本の河川行政を根底からひっくり返す画期的な研究なのです。しかし、今のところ、正当な社会的評価は下されておりません。ようやく最近になって、『朝日新聞』が前向きに紹介してくれていることに関しては、高く評価したいと思います。
国交省があそこまで執拗に森林の治水機能を否定しようとするのは、それを認めると自分達が執行してきた治水予算を林野庁に奪われてしまうので、それを恐れているからに他ならないのでしょう。
ちなみに国交省の緑のダム否定論の内容を垣間みれば、〈これでは小学生を騙すのも難しいのではないか〉という稚拙な水準のものなのです。これに関しては、次のエントリーで書きたいと思います。