「青天を衝け」第5話の内容に関連して、次のような質問をいただきました。
「青天を衝け」第5話では、安政東海大地震で発生した津波によりロシアの軍艦ディアナ号が破損し、日本の漁民たちがロシア人を救助している様子などが描かれました。公儀の海防掛として下田でロシアと和親条約の交渉に当たっていた川路聖謨が「このような時に異国も何もあるか!」と一喝して救助活動に当たらせている様子も描かれました。この時、ロシア側も下田の住民を救助し、お互いに助け合ったのでした。大河ドラマで、これまでロシアとの交渉などほとんど描かれたことがなかったと思いますので、あのシーンは良かったと思います。
この時、徳川斉昭は、船が沈んで困っている「500人のロシア人を全員皆殺しにせよ」と信じがたい残虐な建議を老中にしています。この様子もドラマの中で実際に描かれました。
ドラマの中の阿部正弘は「そのような人の道に外れたことをすれば、わが国に悪しき評判がたち、オロシアはもちろん、異国はみな絶好の口実を得て攻め寄せることでしょう」と斉昭を諫めています。
この時、老中首座の阿部正弘は実際に斉昭を諫めていますので、これは史実通りです。この時、老中の松平忠固は、斉昭に何と言ったのか、いろいろ探しましたが史料なしで不明です。
藤田東湖の発言はあれで良いのか問題
さて、はたして、藤田東湖が斉昭を諫めたかどうか、という問題です。ドラマの中の藤田東湖は、過激な主君の斉昭を諫める常識的なストッパーという役柄でした。ドラマの中の東湖は「異国人といえど国には親やと友がありましょう」と言って斉昭を諫めました。
結論から言えば、藤田東湖が、ロシア人の家族まで心配するような人道的な主張をすることはあり得ません。その前年のペリー来航の際には、薩摩藩士の有村俊斎に向かって、「私が当局者であったら、交渉と見せかけてペリーに接近し、隙をついてペリーの首を刎ね、私も当日のうちに死ぬ。しかし私の正気は残り、後に続く者が国を守るだろう」というように語っています(海江田信義(有村俊斎)の自伝『実歴史伝』より)。
斉昭も斉昭なら東湖も東湖という、じつに似た者同士の主従です。超過激攘夷論者の東湖の口から、ドラマの中でのような発言が出るということはあり得ません。
もっともドラマの脚本としては見事だったと思います。「天災でかけがえのないものを失うのが耐えがたいのは、どの国でも同じ」と斉昭を諫めた東湖が、翌年の江戸の直下地震で圧死してしまい、斉昭が東湖の死に「かけがえのないものを失ってしまった」と嘆き悲しむ様子が劇的に描かれました。
500人の生命を奪おうとした斉昭の業が結局、自分のもとへと帰ってくる因果応報を描き、ドラマのストーリーとしては大変に劇的ですばらしいと思います。ただ、藤田東湖については視聴者に、その実像とは違う誤ったイメージを植え付けてしまったようです。
ヘダ号の記憶を世界遺産に
ちなみに、川路聖謨の建議により、日本側は帰国できなくなったロシア人を本国に送るため、伊豆の戸田村において日露で協力して新しく様式帆船「ヘダ号」を建造することに決定しました。その様子はドラマの中で描かれなかったので残念。それによって、ロシア人も救われ、また日本側は西洋式の造船技術を習得するというメリットがありました。
さらに日本がロシアを助けたことを通して、両国の信頼関係が深まり条約に良い影響を与えます。懸案の日露の国境画定交渉において、ロシア側は日本側に大きな譲歩をし、樺太は国境を定めず両国の雑居地とし、またエトロフ島までを日本領とすることを認めたのです。これを見ても、徳川政権の外交能力は、現在の日本政府よりよほど優れていると言えないでしょうか?
ヘダ号建設についての日露協力の歴史資料は、ユネスコの世界記憶遺産に認定すべきではないかと思います。これまでも伊達政宗が支倉常長をヨーロッパに派遣した「慶長遣欧使節関係資料」や、豊臣秀吉の朝鮮侵略で傷ついた日朝関係を修復した徳川政権の朝鮮通信使の関連資料などが世界記憶遺産に登録されています。日ロ友好の原点として、ディアナ号の沈没からヘダ号建設にかけての記憶を世界遺産とすることは、今後の両国関係の改善、日ロ平和条約の調印に向けても寄与するのではないでしょうか。
「青天を衝け」第5話では、阿部正弘と藤田東湖がロシア人を皆殺しにせよと主張する斉昭のストッパーのような描かれた方でしたね。
阿部については関先生の予想通りでしたが、藤田の描写はあれで良かったのでしょうか?
阿部については関先生の予想通りでしたが、藤田の描写はあれで良かったのでしょうか?
「青天を衝け」第5話では、安政東海大地震で発生した津波によりロシアの軍艦ディアナ号が破損し、日本の漁民たちがロシア人を救助している様子などが描かれました。公儀の海防掛として下田でロシアと和親条約の交渉に当たっていた川路聖謨が「このような時に異国も何もあるか!」と一喝して救助活動に当たらせている様子も描かれました。この時、ロシア側も下田の住民を救助し、お互いに助け合ったのでした。大河ドラマで、これまでロシアとの交渉などほとんど描かれたことがなかったと思いますので、あのシーンは良かったと思います。
この時、徳川斉昭は、船が沈んで困っている「500人のロシア人を全員皆殺しにせよ」と信じがたい残虐な建議を老中にしています。この様子もドラマの中で実際に描かれました。
ドラマの中の阿部正弘は「そのような人の道に外れたことをすれば、わが国に悪しき評判がたち、オロシアはもちろん、異国はみな絶好の口実を得て攻め寄せることでしょう」と斉昭を諫めています。
この時、老中首座の阿部正弘は実際に斉昭を諫めていますので、これは史実通りです。この時、老中の松平忠固は、斉昭に何と言ったのか、いろいろ探しましたが史料なしで不明です。
藤田東湖の発言はあれで良いのか問題
さて、はたして、藤田東湖が斉昭を諫めたかどうか、という問題です。ドラマの中の藤田東湖は、過激な主君の斉昭を諫める常識的なストッパーという役柄でした。ドラマの中の東湖は「異国人といえど国には親やと友がありましょう」と言って斉昭を諫めました。
結論から言えば、藤田東湖が、ロシア人の家族まで心配するような人道的な主張をすることはあり得ません。その前年のペリー来航の際には、薩摩藩士の有村俊斎に向かって、「私が当局者であったら、交渉と見せかけてペリーに接近し、隙をついてペリーの首を刎ね、私も当日のうちに死ぬ。しかし私の正気は残り、後に続く者が国を守るだろう」というように語っています(海江田信義(有村俊斎)の自伝『実歴史伝』より)。
斉昭も斉昭なら東湖も東湖という、じつに似た者同士の主従です。超過激攘夷論者の東湖の口から、ドラマの中でのような発言が出るということはあり得ません。
もっともドラマの脚本としては見事だったと思います。「天災でかけがえのないものを失うのが耐えがたいのは、どの国でも同じ」と斉昭を諫めた東湖が、翌年の江戸の直下地震で圧死してしまい、斉昭が東湖の死に「かけがえのないものを失ってしまった」と嘆き悲しむ様子が劇的に描かれました。
500人の生命を奪おうとした斉昭の業が結局、自分のもとへと帰ってくる因果応報を描き、ドラマのストーリーとしては大変に劇的ですばらしいと思います。ただ、藤田東湖については視聴者に、その実像とは違う誤ったイメージを植え付けてしまったようです。
ヘダ号の記憶を世界遺産に
ちなみに、川路聖謨の建議により、日本側は帰国できなくなったロシア人を本国に送るため、伊豆の戸田村において日露で協力して新しく様式帆船「ヘダ号」を建造することに決定しました。その様子はドラマの中で描かれなかったので残念。それによって、ロシア人も救われ、また日本側は西洋式の造船技術を習得するというメリットがありました。
さらに日本がロシアを助けたことを通して、両国の信頼関係が深まり条約に良い影響を与えます。懸案の日露の国境画定交渉において、ロシア側は日本側に大きな譲歩をし、樺太は国境を定めず両国の雑居地とし、またエトロフ島までを日本領とすることを認めたのです。これを見ても、徳川政権の外交能力は、現在の日本政府よりよほど優れていると言えないでしょうか?
ヘダ号建設についての日露協力の歴史資料は、ユネスコの世界記憶遺産に認定すべきではないかと思います。これまでも伊達政宗が支倉常長をヨーロッパに派遣した「慶長遣欧使節関係資料」や、豊臣秀吉の朝鮮侵略で傷ついた日朝関係を修復した徳川政権の朝鮮通信使の関連資料などが世界記憶遺産に登録されています。日ロ友好の原点として、ディアナ号の沈没からヘダ号建設にかけての記憶を世界遺産とすることは、今後の両国関係の改善、日ロ平和条約の調印に向けても寄与するのではないでしょうか。
勉強不足でした。
ドラマの脚本としては見事だったというご意見、完全に同意いたします。
もっとも、これで懲りて排外主義的攘夷論から脱却できる斉昭ではなさそうなのが困りものですが……。
おそらく、今後は「ストッパーを失った斉昭はますます暴走していく」という描写になりそうですね。
ヘダ号建設の世界記憶遺産への登録は、日ロ友好の観点のみならず、「弱者は冷徹に切り捨てるのが合理的」という、新自由主義的な冷酷な考えがまかり通ってしまっている現代社会の人々に、「情けは人の為ならず」の精神を思い起こさせるためにも、必要なことのように存じます。
とはいえ、さすがにすぐに登録することは無理でしょうが、部分的にとはいえ大河ドラマで取り上げられたことを機に、徐々に知名度が上がっていくことを期待しております。
日米和親条約締結の際に登場しなかったことを思うと、十中八九チョイ役でしょうが、それでも忠固が勅許不要論を主張したり、井伊と対立したりする場面が見られるかもしれないと思うと、少し期待してしまいます。
たぶんセリフが一つあるかないかで、視聴者はどれが忠固か分からない程度の扱いだと思われます。
大森美香さんの原作小説を書店でチラッと見たのですが、井伊直弼の子分のような描かれ方をされていました。史実とは全く異なる扱われ方でした。
将来、史実がキチンと検証され、正しく忠固の役割が描かれるドラマが作成されることを期待します。