代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

腐った貴族階級は打倒すべきである ―この国に御用学者はいらない

2011年10月10日 | 政治経済(日本)
 もはや「学者」というものに対する淡い期待の最後の一片もなくなったので、この文章を書くことにする。
 私は、いくら何でも科学的事実を捻じ曲げることはできないだろうと思っていた。しかし日本学術会議の学者たちは官僚の腰ぎんちゃくのようになって、科学的事実もデータも捻じ曲げ、官僚のつくったインチキな数字をそのまま追認してしまった。 その結果、八ッ場ダムの費用対効果は従前の数値の3.4倍から検証後の6.3倍へとほぼ倍増するという、八ッ場ダム賛成の読売新聞すらが驚き問題にする事態に至っている。(詳しくは下記記事)

http://yamba-net.org/modules/news/index.php?page=article&storyid=1383

 この読売新聞群馬支局の記者の方はよく書いてくれました。拍手です。この計算のインチキの理由は、新しい計算モデルのパラメータ決定のインチキにあるのですが、詳しくはまた追って書きます。

 まるで漫画のようである。あるいは時代劇の水戸黄門のシナリオとしてそのまま行けそうな事態である。しかし残念ながらこの国には水戸黄門がいない。そこが漫画やドラマとは違うところだ。体制の側に水戸黄門や大岡越前がいないのなら、高杉晋作や坂本龍馬や赤松小三郎を呼び起こして革命するしかなさそうである。

 アメリカにおいて、国民資産を強奪して私腹を肥やす泥棒の筆頭は、ウォール街とその片棒を担ぐマネタリストの御用学者たちであった。FRB=ウォール街=新古典派経済学者複合体と呼んでもよいかも知れない。我慢強かったアメリカ国民もついに耐え切れなくなって起ち上がった。日本においては、霞が関=経団連=御用学者複合体がそれに相当する。日本国民はいつ起ち上がるのだろうか。
 
 私も研究者の端くれとして恥をさらすようで情けないが、以下に某学者のオフレコ発言を引用させていただく。文科省の覚えめでたく、同省所管の某研究所の所長を務めている方の発言である。
  
 私がとある研究会に呼ばれたその夜の飲み会でのこと。その研究所のとある研究者が以下のような発言をしていた。

「私たちの研究内容が、こんなに多くの予算をもらうに値するのだろうか」

じつにまともな意見である。それに対する所長氏の回答は以下のようなものだった。
 
「学者ゆうのんは王侯貴族と同じやないか。消費階級や。国庫から予算を潤沢に引き出して、それを消費するのがわしらの仕事なんや」
 
 その発言に知性など微塵もない。「ならばせめて世間の期待に応える研究しろよ」と言いたくなってくる気持ちを抑えられなかったが、私もじつは小心者なのでしばらく黙って聞いていた。

 私はほとんどの場合、自腹を切って研究している。人文・社会科学に研究費などいらないと思うからだ。理系の場合、どうしても実験器具がないと始まらないので、研究費が欲しい理由はわかる。しかし社会科学にはいらない。文科省が社会科学分野の研究者に出している研究費など、その内実は研究者を腐らせて研究のクオリティをむしろ落とし、御用学者化させているだけである。
 
 私は、「社会科学研究の場合、そんなに大きなお金って必要ないですよ」と言ってみた。所長ではない別の某氏から「そんなこと大声でいわんといてや。うちらが困る」とたしなめられた。
 彼らの仕事は、いかに自分たちの学説に付加価値があるように見せかけるのか、そしてどうして沢山の予算が必要なのかを、文部官僚に信じ込ませることのようである。

 御用学者たちは官僚と結託して潤沢な予算を持っているので、多くの研究者がすり寄ってくる。自然、彼らの研究はたくさん引用されてヨイショされる。残念ながらこの国では、たくさん引用される文献ほどクオリティが低いものが多いのが現実なのだ。
  
 ひと昔前の学者にも研究者としての特権意識はあったかも知れないが、少なくとも「ノーブレス・オブリージュ」を持っている研究者が今よりは多かったと思う。国民の税金を使って研究するからには、権力に迎合することなく、社会の役に立つ研究をしようと。

 今の世で、官僚に迎合して予算をふんだくり、自分を「貴族」と思っている学者先生方(とくに関東のT大と関西のK大に多い)にはノーブレス・オブリージュのかけらもない。官僚と結託して、国民の血税に寄生する寄生虫である。国民の税金を奪って、国民をさらに疲弊させる側に立っている。腐った貴族階級は打倒すべきであろう。
 
 
 


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