この問いに対する回答を、私自身で見出すのは困難です。何せ私は学会参加で米国に行ったことがあるくらいで、住んだこともありません。あの国には寄りつきたいとも思わないのです(孫子的にはまずいことだと思っています)。その割には、このブログには「米国」がよく出てくるのですが、それは米国の内部事情についてではなく、主に米国が他国で行っている干渉行為に関しての話題です。私は、いわゆる「発展途上国」で研究活動をしてきた関係で、米国が南側諸国で行っている行為の残虐さと非道さに、どうしても直面せざるを得ないからです。
この記事では、経済学者の宇沢弘文先生のお話しを紹介させていただくことにします。ちなみに、宇沢先生ご本人はブッシュを「悪魔」とは呼んでおりません。「テロリスト」と呼んでおります。この記事の表題はあくまでチャベス演説にちなんだものであることをお断りします。
このあいだ研究会で宇沢先生にお会いしたとき、例のチャベス演説の話題になりました。宇沢先生は以前、国連大学の特認教授をされていたのですが、国連大学主催の国際シンポジウムの場でつい本音が出て「George Bush is the No.1 terrorist in the world!」と言ってしまっていたのだそうです。宇沢先生いわく、「あれを言ったときには本当に爽快な気分になったねー。でも、あれを言ったから、ボク、国連大学をクビになっちゃったんだよ。・・・・ でも、このあいだベネズエラの大統領も同じようなことを言ってくれてたね」、とチャベス発言を非常に好意的に語っておられました(ちなみに、国連大学に関しては、実際にはクビではなく、ご自分の意志でお辞めになったみたいです)。
宇沢先生は二部門モデルや最適成長理論といった世界的な研究業績をあげてシカゴ大学経済学部の教授をしていた頃(1964年~67年)、ベトナム戦争が勃発したため、ベトナム反戦運動に身を投じます。けっきょく米国に居住して働いていること自体が戦争に加担する行為なのではないかという良心の呵責に耐えられずに、シカゴ大学を辞して日本に帰国される道を選びました。宇沢先生は、米国の経済学が、ひいては米国がおかしくなったのはベトナム戦争の惨禍によるものだというお話しをよくされます。
公刊されている本の中で簡単に手に入るものでは、『日本の教育を考える』(岩波新書)に、宇沢先生のシカゴ大学時代の思い出が書かれています。そこにはベトナム反戦運動に身を投じた、前途有為な経済学徒たちのたどった途が紹介されています。優秀な学生たちほど、ベトナム反戦運動に身を投じ、逮捕され、重い刑を課せられ、あるいは国外に出て行き、結局、研究者としての途をあきらめめざるを得なくなったそうです。
宇沢先生の教え子の中には、ベトナムでの米軍の残虐行為に耐えられずに頭がおかしくなって若くして亡くなってしまったり、山の中にこもると行ったきり消息不明になってしまったという悲惨な末路をたどった方も多いのでした。宇沢先生の著書には次のように書かれています。
<引用開始>
すぐれた才能をもち、するどい社会正義の感覚をもっていた経済学の学生の多くがヴェトナム反戦運動に関わって、姿を消してしまったのですが、かれらが残っていたら、アメリカの経済学はまったく違ったものになっていたにちがいありません。それよりも心残りなのは、これらの人間的魅力にあふれた多くの学生たちが、ヴェトナム戦争の奔流に巻き込まれて、悲惨な人生をおくり、なかには、若くして、この世を去ってしまった人も少なくないということです。私はその責任の一端を負いながら、かれらの苦難を救うために、何もすることができなかったことに対して、つよい心の呵責を感じざるを得ません。
宇沢弘文『日本の教育を考える』(岩波新書、1998年、129-130頁)
<引用終わり>
宇沢先生がシカゴ大学を辞したのは、以下のような理由によります。当時、アメリカの徴兵局は、学生運動をしていたり、成績が悪かったりする学生から順番に徴兵するという方針でした。学生たちは「成績表を徴兵局に送るな」という要求をし学部棟を占拠します。
宇沢先生たちは、「教授全員が学生の成績をつけない(=つまり徴兵局に送るべき成績表そのものが存在しなくなる)」という提案をし、教授会で通すことに成功したのです。のちに市場原理主義の帝国主義的拡張の牙城として知られるようになるシカゴ大学経済学部なのですが(私のブログだとこの記事参照)、その当時はまだそのようなリベラルな雰囲気があったのです。
そのときもちろん、ベトナム戦争を熱烈に支持し、後にシカゴ学派の指導者になるミルトン・フリードマン一派は宇沢先生たちの提案に反対しました。
フリードマンの子分の一人にハロルド・デムセッツという経済学者がいるのですが、宇沢先生が、学生達とのあいだで「成績をつけない」という調停案をまとめて壇から降りてきたときに、「Are you a commie?(おまえは共産主義者か?)」と聞いたそうです。そのとき、宇沢先生は頭がカーッとなっていたので、つい売り言葉に買い言葉で、「そうだ。何が悪いんだ」と答えてしまったそうなのです。
早速デムセッツは、よろこびいさんでFBIに「うちの大学にアカ教授がいます」と通報したようで、その直後からFBIが宇沢先生の身辺を嗅ぎまわるようになりました。
ついに「アメリカにはもういられない」と判断し、帰国を決意されたのでした。宇沢先生は、フリードマン一派に体よく追い払われたといえるでしょう。
フリードマンは、日本に帰国した宇沢先生の動向にまで探りをいれ、パシリの日本人研究者に、宇沢先生が日本語で書いたフリードマン批判の記事などいちいち英語に翻訳させて報告させていたのだそうです・・・・。フリードマンのネチネチした粘着質的な性格をよく物語るエピソードといえるでしょう。
宇沢先生が日本に帰ってから、アメリカの大衆紙の『ボストン・グローブ』紙には、「宇沢は日本における共産主義運動のリーダーだ」という捏造記事まで書かれたそうです。何で日本の社会党にも共産党にも、他の新左翼党派にも一度も所属したことのない宇沢先生が「日本の共産主義運動のリーダー」になれるのか、全くもって不思議なはなしです。
業績的には文句のつけようのない宇沢先生が何度もノーベル経済学賞の候補にりながら、これまで受賞できないでいるのは、フリードマン一派の裏工作によるものではないかというのが、心ある経済学者のあいだでのもっぱらのウワサです。「アカ(commie)」というレッテルを貼られた時点で、アメリカでの社会的評価は絶望的になってしまいますから。
ちなみに私は宇沢先生に、「ノーベル経済学賞なんて、あんな汚れた賞はもらわない方が、先生の名誉のためですよ」と申して上げております。
1970年代になると、新古典派理論を狂信的に信仰する市場原理主義を世界に普遍的に強制しようというフリードマン一派の暴走が始まるわけです。その最初の標的がピノチェト独裁政権が支配する南米のチリだったというわけです。
フリードマン一派の増長は、ベトナム戦争を支持していたようなアホ学生ばかりが経済学者になっていった結果なのでしょう。
ちなみにシカゴ大学における宇沢先生の後任教授は、ゲイリー・ベッカーというフリードマンのパシリの反社会的な経済学者です。ゲイリー・ベッカーについて宇沢先生は以下のように書いております。
<引用開始>
「ゲイリー・ベッカーは、フリードマンのヒューマン・キャピタルの考え方を、人間の行動すべてに適用しようとした。ベッカーは、教育経済学、犯罪の経済学、人種差別の経済学、結婚の経済学、離婚の経済学、さらには浮気の経済学など数多くの分野で、精力的に反社会的、非人間的な研究を展開した。(中略)
ベッカーの犯罪の経済学は、つぎのような行動様式を想定する。各個人がある犯罪を犯すかどうか决めるときに、その犯罪によって得られる効用の大きさと捕まって処罰されたときに失う効用の大きさを比較して、前者の方が後者より大きければ、犯罪を犯し、逆の場合には、犯罪を犯さないという選択をするというのである。たとえば、ある個人が殺人という行為をするかどうかで迷っているとき、殺人をするときに得られる楽しみが、捕まって死刑に処せられるときの苦しみより大きいときに殺人という行為を選択するというわけである。ベッカーは、この考え方に対して、見かけ上の科学性を与えるために、捕まって死刑に処せられる確率を考慮にいれて、殺人にともなって失われる効用の数学的期待値まで計算している」
宇沢弘文『社会的共通資本と設備投資研究所』(非売品、日本政策投資銀行設備投資研究所、2005年)
<引用終わり>
こんなイデオロギーが社会の価値規範になってしまったら、ブッシュ政権の行動も容易に正当化されてしまうことが分かるでしょう。宇沢先生によれば、ベッカーが「浮気の経済学」を論じていた頃、夫人が自殺してしまったそうですが、何とその後、ベッカーは平気な顔をして「自殺の経済学」を論じたそうです。
ちなみに、ゲイリー・ベッカーは、こうした業績(!)により、1992年にノーベル経済学賞を受賞しているのです。「ノーベル経済学賞を廃止せよ」という声が世界的に大きくなっているのも分かるでしょう。最近では、当のアルフレッド・ノーベルの子孫たちまでもがノーベル経済学賞の廃止を訴えています。
ノーベル経済学賞は、シカゴ学派と呼ばれるフリードマン一派によって、いつしか、市場原理主義イデオロギーに権威を与え、その反社会的・非人間的・精神異常的・カルト的主張を世界的に布教し、人々を洗脳するための道具に堕してしまったのです。
驚くべきことに、ノーベル経済学賞の過去57人の受賞者の内9人がシカゴ大学経済学部から出ており、世界の他の大学を大きく引き離して独走状態にあります。考えられないことです。ウォール街の金融マフィアと結びついた、フリードマン一派の政治力のなせる技だといえるでしょう。
市場原理主義の世界布教という米帝国の世界支配戦略の道具に堕してしまったノーベル経済学賞は廃止すべきだと私も思います。
もっとも最近は、批判の高まりによって少しは反省したのか、新古典派を批判するまともな経済学者にもノーベル賞が与えられているので、若干改善の兆しが見えないこともありません。宇沢先生の教え子の一人であるジョセフ・スティグリッツ(スティグリッツはMITの出身だが、毎年宇沢先生がシカゴ大学で開いていた夏季セミナーに参加していた)が2001年にノーベル賞を受賞したことに関しては、宇沢先生にとっても少しうれしい話だったようです。
この記事では、経済学者の宇沢弘文先生のお話しを紹介させていただくことにします。ちなみに、宇沢先生ご本人はブッシュを「悪魔」とは呼んでおりません。「テロリスト」と呼んでおります。この記事の表題はあくまでチャベス演説にちなんだものであることをお断りします。
このあいだ研究会で宇沢先生にお会いしたとき、例のチャベス演説の話題になりました。宇沢先生は以前、国連大学の特認教授をされていたのですが、国連大学主催の国際シンポジウムの場でつい本音が出て「George Bush is the No.1 terrorist in the world!」と言ってしまっていたのだそうです。宇沢先生いわく、「あれを言ったときには本当に爽快な気分になったねー。でも、あれを言ったから、ボク、国連大学をクビになっちゃったんだよ。・・・・ でも、このあいだベネズエラの大統領も同じようなことを言ってくれてたね」、とチャベス発言を非常に好意的に語っておられました(ちなみに、国連大学に関しては、実際にはクビではなく、ご自分の意志でお辞めになったみたいです)。
宇沢先生は二部門モデルや最適成長理論といった世界的な研究業績をあげてシカゴ大学経済学部の教授をしていた頃(1964年~67年)、ベトナム戦争が勃発したため、ベトナム反戦運動に身を投じます。けっきょく米国に居住して働いていること自体が戦争に加担する行為なのではないかという良心の呵責に耐えられずに、シカゴ大学を辞して日本に帰国される道を選びました。宇沢先生は、米国の経済学が、ひいては米国がおかしくなったのはベトナム戦争の惨禍によるものだというお話しをよくされます。
公刊されている本の中で簡単に手に入るものでは、『日本の教育を考える』(岩波新書)に、宇沢先生のシカゴ大学時代の思い出が書かれています。そこにはベトナム反戦運動に身を投じた、前途有為な経済学徒たちのたどった途が紹介されています。優秀な学生たちほど、ベトナム反戦運動に身を投じ、逮捕され、重い刑を課せられ、あるいは国外に出て行き、結局、研究者としての途をあきらめめざるを得なくなったそうです。
宇沢先生の教え子の中には、ベトナムでの米軍の残虐行為に耐えられずに頭がおかしくなって若くして亡くなってしまったり、山の中にこもると行ったきり消息不明になってしまったという悲惨な末路をたどった方も多いのでした。宇沢先生の著書には次のように書かれています。
<引用開始>
すぐれた才能をもち、するどい社会正義の感覚をもっていた経済学の学生の多くがヴェトナム反戦運動に関わって、姿を消してしまったのですが、かれらが残っていたら、アメリカの経済学はまったく違ったものになっていたにちがいありません。それよりも心残りなのは、これらの人間的魅力にあふれた多くの学生たちが、ヴェトナム戦争の奔流に巻き込まれて、悲惨な人生をおくり、なかには、若くして、この世を去ってしまった人も少なくないということです。私はその責任の一端を負いながら、かれらの苦難を救うために、何もすることができなかったことに対して、つよい心の呵責を感じざるを得ません。
宇沢弘文『日本の教育を考える』(岩波新書、1998年、129-130頁)
<引用終わり>
宇沢先生がシカゴ大学を辞したのは、以下のような理由によります。当時、アメリカの徴兵局は、学生運動をしていたり、成績が悪かったりする学生から順番に徴兵するという方針でした。学生たちは「成績表を徴兵局に送るな」という要求をし学部棟を占拠します。
宇沢先生たちは、「教授全員が学生の成績をつけない(=つまり徴兵局に送るべき成績表そのものが存在しなくなる)」という提案をし、教授会で通すことに成功したのです。のちに市場原理主義の帝国主義的拡張の牙城として知られるようになるシカゴ大学経済学部なのですが(私のブログだとこの記事参照)、その当時はまだそのようなリベラルな雰囲気があったのです。
そのときもちろん、ベトナム戦争を熱烈に支持し、後にシカゴ学派の指導者になるミルトン・フリードマン一派は宇沢先生たちの提案に反対しました。
フリードマンの子分の一人にハロルド・デムセッツという経済学者がいるのですが、宇沢先生が、学生達とのあいだで「成績をつけない」という調停案をまとめて壇から降りてきたときに、「Are you a commie?(おまえは共産主義者か?)」と聞いたそうです。そのとき、宇沢先生は頭がカーッとなっていたので、つい売り言葉に買い言葉で、「そうだ。何が悪いんだ」と答えてしまったそうなのです。
早速デムセッツは、よろこびいさんでFBIに「うちの大学にアカ教授がいます」と通報したようで、その直後からFBIが宇沢先生の身辺を嗅ぎまわるようになりました。
ついに「アメリカにはもういられない」と判断し、帰国を決意されたのでした。宇沢先生は、フリードマン一派に体よく追い払われたといえるでしょう。
フリードマンは、日本に帰国した宇沢先生の動向にまで探りをいれ、パシリの日本人研究者に、宇沢先生が日本語で書いたフリードマン批判の記事などいちいち英語に翻訳させて報告させていたのだそうです・・・・。フリードマンのネチネチした粘着質的な性格をよく物語るエピソードといえるでしょう。
宇沢先生が日本に帰ってから、アメリカの大衆紙の『ボストン・グローブ』紙には、「宇沢は日本における共産主義運動のリーダーだ」という捏造記事まで書かれたそうです。何で日本の社会党にも共産党にも、他の新左翼党派にも一度も所属したことのない宇沢先生が「日本の共産主義運動のリーダー」になれるのか、全くもって不思議なはなしです。
業績的には文句のつけようのない宇沢先生が何度もノーベル経済学賞の候補にりながら、これまで受賞できないでいるのは、フリードマン一派の裏工作によるものではないかというのが、心ある経済学者のあいだでのもっぱらのウワサです。「アカ(commie)」というレッテルを貼られた時点で、アメリカでの社会的評価は絶望的になってしまいますから。
ちなみに私は宇沢先生に、「ノーベル経済学賞なんて、あんな汚れた賞はもらわない方が、先生の名誉のためですよ」と申して上げております。
1970年代になると、新古典派理論を狂信的に信仰する市場原理主義を世界に普遍的に強制しようというフリードマン一派の暴走が始まるわけです。その最初の標的がピノチェト独裁政権が支配する南米のチリだったというわけです。
フリードマン一派の増長は、ベトナム戦争を支持していたようなアホ学生ばかりが経済学者になっていった結果なのでしょう。
ちなみにシカゴ大学における宇沢先生の後任教授は、ゲイリー・ベッカーというフリードマンのパシリの反社会的な経済学者です。ゲイリー・ベッカーについて宇沢先生は以下のように書いております。
<引用開始>
「ゲイリー・ベッカーは、フリードマンのヒューマン・キャピタルの考え方を、人間の行動すべてに適用しようとした。ベッカーは、教育経済学、犯罪の経済学、人種差別の経済学、結婚の経済学、離婚の経済学、さらには浮気の経済学など数多くの分野で、精力的に反社会的、非人間的な研究を展開した。(中略)
ベッカーの犯罪の経済学は、つぎのような行動様式を想定する。各個人がある犯罪を犯すかどうか决めるときに、その犯罪によって得られる効用の大きさと捕まって処罰されたときに失う効用の大きさを比較して、前者の方が後者より大きければ、犯罪を犯し、逆の場合には、犯罪を犯さないという選択をするというのである。たとえば、ある個人が殺人という行為をするかどうかで迷っているとき、殺人をするときに得られる楽しみが、捕まって死刑に処せられるときの苦しみより大きいときに殺人という行為を選択するというわけである。ベッカーは、この考え方に対して、見かけ上の科学性を与えるために、捕まって死刑に処せられる確率を考慮にいれて、殺人にともなって失われる効用の数学的期待値まで計算している」
宇沢弘文『社会的共通資本と設備投資研究所』(非売品、日本政策投資銀行設備投資研究所、2005年)
<引用終わり>
こんなイデオロギーが社会の価値規範になってしまったら、ブッシュ政権の行動も容易に正当化されてしまうことが分かるでしょう。宇沢先生によれば、ベッカーが「浮気の経済学」を論じていた頃、夫人が自殺してしまったそうですが、何とその後、ベッカーは平気な顔をして「自殺の経済学」を論じたそうです。
ちなみに、ゲイリー・ベッカーは、こうした業績(!)により、1992年にノーベル経済学賞を受賞しているのです。「ノーベル経済学賞を廃止せよ」という声が世界的に大きくなっているのも分かるでしょう。最近では、当のアルフレッド・ノーベルの子孫たちまでもがノーベル経済学賞の廃止を訴えています。
ノーベル経済学賞は、シカゴ学派と呼ばれるフリードマン一派によって、いつしか、市場原理主義イデオロギーに権威を与え、その反社会的・非人間的・精神異常的・カルト的主張を世界的に布教し、人々を洗脳するための道具に堕してしまったのです。
驚くべきことに、ノーベル経済学賞の過去57人の受賞者の内9人がシカゴ大学経済学部から出ており、世界の他の大学を大きく引き離して独走状態にあります。考えられないことです。ウォール街の金融マフィアと結びついた、フリードマン一派の政治力のなせる技だといえるでしょう。
市場原理主義の世界布教という米帝国の世界支配戦略の道具に堕してしまったノーベル経済学賞は廃止すべきだと私も思います。
もっとも最近は、批判の高まりによって少しは反省したのか、新古典派を批判するまともな経済学者にもノーベル賞が与えられているので、若干改善の兆しが見えないこともありません。宇沢先生の教え子の一人であるジョセフ・スティグリッツ(スティグリッツはMITの出身だが、毎年宇沢先生がシカゴ大学で開いていた夏季セミナーに参加していた)が2001年にノーベル賞を受賞したことに関しては、宇沢先生にとっても少しうれしい話だったようです。
巨大な罪を抱えつつ、リンカーン、キングJr.
など偉大な魂も生み出してきたのがアメリカです。
ブッシュしか見えないのはわかりますが、
ゴアとネーダーに合計すればブッシュ以上の
票を与えたのもアメリカです。
一面的にとらえて敵視するより、アメリカにとっても
長期的に得となり、しかも世界にとっては徳となる
道を見出すことが肝要では?
現時点で重大な問題は、アメリカでは社会民主主義も
事実上存在できず、「神の敵」と「共産主義」に
対して事実上言論、思想信条の自由を与えていない
点、そしてブッシュの支持者、アメリカの保守=
田舎のキリスト教原理主義者に多様な言葉、見方、
世界の真実を伝えるのが不可能に近い点です。
どうすればそれができるのか、インターネットは
その道具になれなかったのか…ううむ。
あ、もちろんこの記事は、「米国の支配者」が何故おかしいのかという話しですので、もちろん米国民一般を指しているわけではないです。
>そしてブッシュの支持者、アメリカの保守=
>田舎のキリスト教原理主義者に多様な言葉、見方、
>世界の真実を伝えるのが不可能に近い点です。
解決策としては、米国の南北分割なんてどうでしょう?
米国のネット上で、内陸と南部の諸州を「ジーサス・ランド」として独立させ、東海岸と西海岸の諸州はカナダと合併させて「United States of Canada」にしようとかなり大真面目に論じている人々がいます。とくにダーウィンの進化論を敵視するような南部の原理主義オヤジたちがそれを叫んでいたりするので、「おっ、それいい案じゃない」と思うのです。
南部の原理主義者たちが、学校で進化論を教えないような理想的な「神の国」を独立ささせてつくったとして、東海岸と西海岸、五大湖周辺の諸州が離れれば、もはや彼らは海外に軍隊を派遣するほどの財力は残っていません。つまり世界にそれほど害悪を与えない存在になるでしょう。
アメリカの南北分割というのは、けっこう将来、現実化する可能性もあるのでは?
>日本で言えば団塊の世代が抜けたくらいで経済学の
>本流が変化するほどアメリカの経済学の層が薄いっ
>てことは無いという気もしますが、
アメリカで何故、あれほど新古典派が信仰されるようになったのかは、確かに、この記事で書いただけの要因ではないとは思います。ただ、フリードマンというキーパースンの果たした悪影響というのがとてつもなく大きいことも確かだと思います。
もともと新古典派の創始者はフランス人のワルラスなのですが、当の本家のフランスでは、新古典派など完全にバカにされています。やはり新古典派の考え方が新大陸に移住してきて歴史や伝統を引きずっていないという米国の国民性に合致したという側面の大いにあると思います。
「行動は合理的である」と信じる新古典派の考えが、「新大陸に移住してきて歴史や伝統を引きずっていない」ことに正当性を与えてくれるように思えることが、アメリカで新古典派が受け入れられた大きな要因ではないでしょうか。
新古典派経済学の均衡モデルの非合理性については、色々書いてきましたが、先ほども「待ち行列理論で見る経済学の大間違い」というのを書きました。
http://d.hatena.ne.jp/suikyojin/20061008/p1
もともと社会主義者だった彼は、土地の国有化を主張する論文を書いて経済誌に投稿するも没になってばかり。彼は生活に余裕がなかったため早急に経済学者としての地位を確立する必要があり、やむなく自身の主張を取り下げて、方法論についての本を発表します。それによると、経済学は二つの要素からなり、第一に経済の動きを分析する自然科学の部分、第二にその科学的分析をベースに何が社会正義であるかを論じる部分があるそうです。しかし後年、欧米の教科書で教えられるのは第一の部分だけした。
ある女性の研究者は、聖書やコーランを暗唱するファナティックな信者のように、ルーカスによる合理的期待形成仮説の論文を丸暗記し、議論のたびに「ルーカスは○ページでこう述べてます」と引用するのだそうです。
また、当時トービンには「アメリカの大学院で経済理論の分野での博士論文の八〇%は、合理的期待形成仮説に関係するものだ」と言われたそうです。
読んでいてビックリしました。レーガン政権の経済運営の失敗により、このような新古典派への過度な信仰は弱まったそうですが。
>方がいいと思います。
同意です。現実が均衡していないのに、均衡を前提とする仮想モデルで無理やりに現実を正当化しようとするわけですから・・・・。
待ち行列の記事は拝読させていただきました。それで思い出したのが、先日、地域のお祭りでワタアメ屋をやったときの経験です。例年はワタアメ機一台で営業していたのですが長い行列ができていました。今年は2台をフル稼動させたところ、行列が減って、売り上げは例年よりもだいぶ増えました。価格は全く同じです。(一本50円)例年は、行列に並ぶのがイヤで、欲しいけれども諦めていた人が多かったということですね。
>故森嶋通夫先生の『思想としての近代経済学』を読
>むと、ワルラスが新古典派の創始のように思われて
>いるのは、ワルラス自身不本意だろうなと思います。
そういえば森嶋先生は『マルクスの経済学』という本で、マルクスとワルラスを融合させていました。(森嶋先生がノーベル経済学賞をもらえなかったのはあの本でマルクスを評価しちゃったからだという噂もありますね)。私は経済学専門でないので、あまり詳しいことは分かりませんが。
宇沢先生の二部門モデルも、もともとマルクスの再生産表式の議論を近代経済学と統合しようとしたものだったそうです。
>議論のたびに「ルーカスは○ページでこう述べてま
>す」と引用するのだそうです。
何でもルーカスは宇沢先生の影響を受けているみたいで、ルーカスの学位論文には宇沢先生も引用され、宇沢先生への感謝の言葉が述べられているという話を聞いたことがあります。(現物を見ていないので正確なことは知りませんが・・・)
宇沢先生は、ご自身の理論がルーカスに「悪用」されたと嘆いておられました。
森嶋先生はズバリ Marx in the Light of Modern Economic Theoryというタイトルの論文を1974年にEconometricaで発表されてました。私はどうも不真面目で、プリントアウトはしたものの読んでないのですが。この論文をまとめられたきっかけは、ロンドン大学でマルクス経済学の講義を担当するチャンスがあったからだそうです。今でも、この講義は続いているのでしょうかね? 近年ポピュラーなニュー・ケインジアン・モデルを習うよりは、ずっと面白そうだなあと思います。