昨日、大阪の国立民族学博物館で行われた国際シンポジウム「北東アジアにおける森林資源の商業的利用と先住民族」にコメンテーターとして出席してきた。シンポジウムは極東ロシアの森林と先住民族に焦点を当てたものである。私はロシアで調査をしたことはないのだが、何故か、このシンポジウムに呼ばれた。というのも、現在ロシア材をもっとも輸入している国は中国であり、「ロシアの森林資源の持続的利用が可能か否か、その鍵を握っているのはじつは中国である」という山根正伸氏の問題提起に答えるため、中国の林業と木材輸入の今後に関して、私の思うところを報告してきたのだ。
私の報告の要旨は以下のようなものであった。現在の中国の植林ブームを鑑みれば、将来的に中国は国産人工材によって、国内の木材需要を満たすことが原理的には可能である。しかし、WTO体制の自由貿易主義の下では、極めて困難である。
中国がロシア材を大量に輸入するようになったのは、1998年以降のことである。この年、4000人以上の死者を出した史上空前の長江大洪水災害が発生した。朱鎔基首相(当時)は、洪水を根本的に押さえ込むためには、長江上流域の天然林を保護し、さらに傾斜地での開墾を規制して植林を進めるしかないという決意を固め、1998年に「天然林保護」政策、ついで1999年に「退耕還林」政策をスタートさせた。
天然林保護政策とは、要は、黄河と長江の流域における天然林からの木材伐採を10分の1以下にまで減らしてしまおうというものだ。
退耕還林政策とは、傾斜25度以上、あるいは沙漠化・石漠化が進行する地域では、農業を規制し、農地を林地に転換しようという計画である。農地の林地転換に同意した農家に対しては、小麦・トウモロコシ・コメなどの穀物が8年間に渡って現物で補償される。
この二つの政策の結果、中国の人工林面積は凄まじい勢いで増大している。中国の国家林業局の報告によれば、退耕還林政策の開始した1999年から2004年末までに、既に1900万haの植林を完了したという。1900万haとは、日本の国土面積のじつに50%強である! 中国は、わずか5年で、日本の国土の半分を超える面積に、新規に植林を行ったというのである。にわかには信じがたい、凄まじい数字であることが分かるであろう。
中国の森林率は、2000年の第5回全国森林資源調査では16.6%と報告されたが、2004年末の第6回調査では18.2%に増えている。わずか4年で、森林面積は1597万haも増大したのだ!
中国が現在造成している人工林で、将来的に国内の木材需要を満たしていくのは、物理的には可能である。しかしながら、経済的な理由で実現は極めて難しい。何となれば、中国はWTO加盟にあわせて木材貿易を自由化してしまったからだ。
WTO加盟以前の中国は、毎年の木材需要予測にあわせて計画的に木材を伐採し、どうしても不足する分だけ輸入に頼るという、計画経済体制ならではの、「木材輸入割当管理制度」を採用していた。WTO加盟に当たっては、もちろんこのような計画経済の「悪習」は撤廃せねばならなかったのである。
しかしながら、計画的な貿易体制は、じつは持続可能な森林管理を達成する手段となり得るものであった。
現在、木材輸入自由化によって中国国内の木材市場はほぼ輸入天然材で占められてしまっている。中国は、ロシアを筆頭に、インドネシア、パプアニューギニア、ミャンマーなどじつに多くの国から天然材を輸入しており、しかも「違法伐採」「密輸」といった黒い噂には事欠かない状態である。今や中国は、日本に代わって、世界の天然林にもっとも大きな圧力を加えている国なのである。
将来、退耕還林で植林した人工材が伐採可能になったとしても、ロシアの安価な天然材に比べて、国産人工材は価格競争力の点で劣るであろう。また、輸入材への依存体質が染み付いてしまうと、国産人工材が新しく販路を確保するのも困難であろう。
「輸入割当管理制度」のような計画的な木材管理制度が残っていれば、優先的に国産人工材を使用し、ロシア材などは不足分だけ補完的に輸入するということが可能になる。このような制度が存在すれば、極東ロシアやシベリアの森林資源にも過渡な開発圧力をかけずにすむのである。
結局、中国の育林農家(人工材も生産する農家林家)は、せっかく植えた木の販路を確保できない可能性が高い。農家林家は、木材など金にならないと思えば、それらを伐採して再開墾してしまうかも知れない。これが、私がもっとも危惧するシナリオである。
せっかく木を植えたのに、国内に市場がなく、人工林を放置して腐らせてしまうというのは、まさに日本がたどった道に他ならない。中国林業は日本の後を追うのだろうか?
「WTO体制下では、ロシアの天然林の持続的利用も、中国の人工林の育成も、ともに達成困難である」という理由がお分かりであろうか。
なお、この問題に関して詳しくは、以下の文献を参照されたい。
向虎・関良基、2003「中国の退耕還林と貧困地域住民」、依光良三編『破壊から再生へ アジアの森から』(日本経済評論社)所収。
私の報告の要旨は以下のようなものであった。現在の中国の植林ブームを鑑みれば、将来的に中国は国産人工材によって、国内の木材需要を満たすことが原理的には可能である。しかし、WTO体制の自由貿易主義の下では、極めて困難である。
中国がロシア材を大量に輸入するようになったのは、1998年以降のことである。この年、4000人以上の死者を出した史上空前の長江大洪水災害が発生した。朱鎔基首相(当時)は、洪水を根本的に押さえ込むためには、長江上流域の天然林を保護し、さらに傾斜地での開墾を規制して植林を進めるしかないという決意を固め、1998年に「天然林保護」政策、ついで1999年に「退耕還林」政策をスタートさせた。
天然林保護政策とは、要は、黄河と長江の流域における天然林からの木材伐採を10分の1以下にまで減らしてしまおうというものだ。
退耕還林政策とは、傾斜25度以上、あるいは沙漠化・石漠化が進行する地域では、農業を規制し、農地を林地に転換しようという計画である。農地の林地転換に同意した農家に対しては、小麦・トウモロコシ・コメなどの穀物が8年間に渡って現物で補償される。
この二つの政策の結果、中国の人工林面積は凄まじい勢いで増大している。中国の国家林業局の報告によれば、退耕還林政策の開始した1999年から2004年末までに、既に1900万haの植林を完了したという。1900万haとは、日本の国土面積のじつに50%強である! 中国は、わずか5年で、日本の国土の半分を超える面積に、新規に植林を行ったというのである。にわかには信じがたい、凄まじい数字であることが分かるであろう。
中国の森林率は、2000年の第5回全国森林資源調査では16.6%と報告されたが、2004年末の第6回調査では18.2%に増えている。わずか4年で、森林面積は1597万haも増大したのだ!
中国が現在造成している人工林で、将来的に国内の木材需要を満たしていくのは、物理的には可能である。しかしながら、経済的な理由で実現は極めて難しい。何となれば、中国はWTO加盟にあわせて木材貿易を自由化してしまったからだ。
WTO加盟以前の中国は、毎年の木材需要予測にあわせて計画的に木材を伐採し、どうしても不足する分だけ輸入に頼るという、計画経済体制ならではの、「木材輸入割当管理制度」を採用していた。WTO加盟に当たっては、もちろんこのような計画経済の「悪習」は撤廃せねばならなかったのである。
しかしながら、計画的な貿易体制は、じつは持続可能な森林管理を達成する手段となり得るものであった。
現在、木材輸入自由化によって中国国内の木材市場はほぼ輸入天然材で占められてしまっている。中国は、ロシアを筆頭に、インドネシア、パプアニューギニア、ミャンマーなどじつに多くの国から天然材を輸入しており、しかも「違法伐採」「密輸」といった黒い噂には事欠かない状態である。今や中国は、日本に代わって、世界の天然林にもっとも大きな圧力を加えている国なのである。
将来、退耕還林で植林した人工材が伐採可能になったとしても、ロシアの安価な天然材に比べて、国産人工材は価格競争力の点で劣るであろう。また、輸入材への依存体質が染み付いてしまうと、国産人工材が新しく販路を確保するのも困難であろう。
「輸入割当管理制度」のような計画的な木材管理制度が残っていれば、優先的に国産人工材を使用し、ロシア材などは不足分だけ補完的に輸入するということが可能になる。このような制度が存在すれば、極東ロシアやシベリアの森林資源にも過渡な開発圧力をかけずにすむのである。
結局、中国の育林農家(人工材も生産する農家林家)は、せっかく植えた木の販路を確保できない可能性が高い。農家林家は、木材など金にならないと思えば、それらを伐採して再開墾してしまうかも知れない。これが、私がもっとも危惧するシナリオである。
せっかく木を植えたのに、国内に市場がなく、人工林を放置して腐らせてしまうというのは、まさに日本がたどった道に他ならない。中国林業は日本の後を追うのだろうか?
「WTO体制下では、ロシアの天然林の持続的利用も、中国の人工林の育成も、ともに達成困難である」という理由がお分かりであろうか。
なお、この問題に関して詳しくは、以下の文献を参照されたい。
向虎・関良基、2003「中国の退耕還林と貧困地域住民」、依光良三編『破壊から再生へ アジアの森から』(日本経済評論社)所収。