代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

村田新八らの大久保一蔵宛て書簡の謎 ―赤松小三郎への猜疑心

2014年08月25日 | 赤松小三郎
 
 赤松小三郎が京都今出川の薩摩藩邸でどのような授業をしていたのか。史料は少ない。一つには暗殺後、小三郎の残した文書類がすべて焼却されたためであろう。

 『大久保利通関連文書(五)』(立教大学日本史研究会編、吉川弘文館、1971年)の306頁に、村田新八らが大久保利通と吉井幸輔に宛てた年代不詳6月7日付けの謎の書状があった。固有名詞を一切入れない書き方をしている。この手紙の書き方そのものも、薩摩の情報統制をものがたっているように思える。
 歴史学者もこの文書に注目していないのではないかと思われる。私の仮説を提示しておくと共に、この文書への注目を呼びかけたい。

 まずは問題の謎の文書を紹介する。文書の差出人は、内田仲之助、村田新八、田中清之進の三名の連名で、宛先は大久保一蔵と吉井幸輔の2名に対してである。年代は不詳であるが、以下の私の解釈が正しければ、慶応3年6月7日付の書状のはずである。
 
 まず冒頭で昨夜に料亭で料理を振る舞われたことに対する御礼が述べられ、そして大久保と吉井から質問されたことに対する回答という体裁になっている。注目すべき箇所をくつか抜粋する。

「一、御邸内塾一ヶ所被召立候儀は則出来可仕候、可然先生御雇之儀如何可有之哉諸生衆被聞合先生罷在候ハ、是仕合之事ニ付精々探索被致候・・・・・」

【解釈】「御邸内塾一ヶ所被召立」とは京都今出川の薩摩藩邸内に兵学塾を開塾したことを指しているのであろう。そして「先生御雇」の先生とは赤松小三郎であろう。次に、この塾に赤松を招請したことに関しての大久保らの懸念の声に関して、「精々探索被致候」とある。この頃、赤松小三郎は薩摩塾とは別に二条城からほど近い衣棚に塾を開塾していたが、「精々探索いたします」と回答したのだろう。探索したのは中村半次郎らであろう。

「一、・・・・ 人気紛擾ニ而いまた先生共塾張候ものも無之張候ものは家内狭少等ニ而断候由いたし方無御座候・・・・」

【解釈】 塾の人気が高まり、入塾希望者が多いが、藩邸の手狭を理由に断るのは仕方ない書かれている。ということは逆に、この塾には薩摩藩士以外も入塾可能であったことを示唆している。

 小三郎は衣棚で塾を営んでいたが、薩摩藩邸に招請されたからには、衣棚の塾生(越前藩士、大垣藩士、熊本藩士、鳥取藩士などがいた。新選組の者もいたと中村半次郎は主張している)に対して十分に授業をできなくなってしまう。そこで赤松小三郎は、衣棚の塾生も薩摩藩士と一緒に授業を受けること、また新しい入塾希望者は他藩士や士族以外にも門戸を開くことを条件に薩摩の招請を受け入れたのではないだろうか。

 小三郎の望みは、諸藩士の垣根を超越し、また武士と百姓・町人の階級をも超越し、近代日本陸軍を育成することにあった。実際、野津道貫以下、黒木為 川村景明、東郷平八郎、上村彦之丞など後の日本陸海軍でもっとも有能な働きをした司令官たちはみな赤松小三郎の門人なのだ。当然、小三郎は、薩摩のみならず諸藩士や、また士族以外にも開かれた塾にせよと薩摩藩に要請していたことであろう。
 
 それで他藩からも入塾希望者が殺到することになった。大久保と吉井は、その事態を危ぶみ、村田新八に新規の入塾希望を断るように指令したのではないだろうか。それに対する村田らの回答が「藩邸手狭を理由に断る」ということだったのではあるまいか。

「一、書籍散乱不致儀ハ夫々規則相立置申候、御邸内に塾相立候ハヽ其上猶亦其規則相立候儀は当然之事ニ御座候」
 

【解釈】 ここにある「書籍」とは赤松小三郎の訳書『英国歩兵練法』のことであろう。大久保と吉井が、書籍は不用意に藩邸外に持ち出されないように厳重に管理せよと指令し、村田らもそれに同意して「新たに塾内の規則を立てる」と回答したものと思われる。
 

 この手紙は、大久保らが村田らに対し、「赤松は信用できないのではないか」「藩外からの入塾希望者は断れ」「書籍(英国歩兵練法)が散乱しないように厳重に管理せよ」・・・などの指示を与え、それに対する返答と解釈すると整合的に理解できる。
 
 以上、私の解釈が正しければ、これは大久保利通がいかに赤松小三郎を警戒していたか、薩摩藩邸に他藩士を入れることを危ぶんでいたか、そして赤松の訳書である『英国歩兵練法』の拡散を防がねばならないと考えていたのかを立証するものとなろう。
 この大久保の猜疑心、さらには薩摩藩士のあいだでの小三郎の人気の高まりに対する嫉妬心などが、やがて小三郎への殺意へと変わっていったのではなかろうか。


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