ヒロヒコの "My Treasure Box"

宅録、DAW、ギター、プログレ、ビートルズ、映画音楽など趣味の四方山話

思い出のプログレ・アルバム#10 「トリック・オブ・ザ・テイル/ジェネシス」

2013年06月26日 | プログレ
 ピーター・ゲイブリエル脱退のニュースを聞いたとき、いったいジェネシスはどうなるのだろうと皆思ったことだろう。当時は2枚組の大作「幻惑のブロードウェイ」がリリースされ、それがあまりにも素晴らしい出来だったので、私としても脱退劇に大きな衝撃を受けていた。何せ、ヴォーカリストでありフルート奏者であり時々バスドラムを鳴らす、あの奇抜な衣装をまとったゲイブリエルはやはりジェネシスの看板であり、他のメンバーは彼の後ろに座りながら楽器を黙々と弾くという、まるでバックバンドのような存在に思えたのだから。

 だからバンドは解散せず、新しいアルバムを制作中だ、というその後のニュースにはひと安心したが、聞くとヴォーカルはドラマーのフィル・コリンズが担当するらしい。More Fool Meでの柔らかいトーンとヘタウマ風のイメージがすぐに浮かび、このことにはちょっとガッカリだった。だれかゲイブリエルに取って代わる素晴らしいシンガーが加入すると思っていたから。

 そんな気持ちのまま、いつもの試聴させてくれるレコード店で新作A Trick Of The Tail(76年)を聞いた。試しに聞いてみようかぐらいのつもりだった。1曲目Dance On A Volcano、そのイントロ、予想外にカッコイイ。ファンの心を十分に引きつけるジェネシスらしいサウンド。そしてヴォーカルは、ピーターが戻ったのかと思うほど彼の声に似ている!フィルってそういう声質だったの!?それが第一印象だった。続くEntangledにはもう完全にノックアウト。今聞いても本当に美しい佳曲だが、初めて聞いたときのあの衝撃。その時点ですでに私はアルバムの購入を決意していた。ジェネシスは健在だった。このアルバムとの出会いのショート・ストーリーである。

 アルバム全体は言うまでもなく素晴らしい仕上がりだ。バンド存続に向けての気迫が素晴らしい楽曲と演奏に見事に昇華した。オープニングとラストの曲がシンクロするというコンセプトも「月影の騎士」同様に再現されている。このアルバムからジェネシス・ファンになった人もたくさんいるだろう。曲は全てプログレ大好き人間をくすぐり、演奏欲求を向上させるものばかり。学生時代のプログレ・バンドでもSquonkやRipples を取り上げ演奏したが、前者は何とか歌えたが後者は高い音程が出ず、他の人にお願いしなければならなかった。それでもやりたかった。私は12弦ギターも担当し、もう一人のギターリストの12弦と合わせながら、完全コピーを目指したものだった。(多分、それはうまくいったと思う。)

 07年リリースの紙ジャケSACD+DVDデジタル・リマスタリング版でのREISSUE INTERVIEWS におけるメンバーの回想ではいろいろ興味深いことが述べられている。まず、実はバックトラックを完成させた時に新しいシンガーを見つけるためのオーディションを行い、選ばれた人物にSquonkを歌わせたところキーが合わなくて断念したという話。当時ヴォーカルをさほど重視していなかったので演奏をきっちり仕上げてからのリハーサルで、シンガーのキーに伴奏を合わせることなど全く考えていなかったそうだ。結局そのことがあったから、フィルがヴォーカルを取ることになったのだが、その選ばれたシンガーとはいったい誰だったのだろう。さらに、アルバムが完成した時には、今度はコンサートに向けてステージ用のシンガーを探したそうだ。しかしそこでフィルの奥方から、「あなたがやればいいじゃない」と言われたことが結局その後のジェネシスの大成功に繋がったというのは有名な話。

 ジャケットを制作したのはヒプノシス。各曲のイメージを表現したイラストが並んでいるのだが、ヒプノシス風な感じがしない。余談だが、日本での最初のリリースはシングル・ジャケットで中に歌詞カード挿入されているタイプ。日本での彼らのアルバムは、「フォックストロット」も「月影の騎士」も最初は独自の作りだった。であるからいずれはオリジナルのジャケ盤LPが欲しいと思う。探す努力もあまりしてはいないのだが。

 ともかく、新生ジェネシスの力量を見せつけた渾身のアルバム。私はフィル・ヴォイス時代のアルバムは、アートとしてのジャケットも含めて断然これが一番である。