世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

時は無限のつながりで

2009年02月08日 | Weblog
昼下がりのゆったりとした光が射す中、木々が生い茂る実家の庭を偵察。




我が家は無駄に木々が多い。
無秩序に植えられたそれらからは、センスとか風情とかはまるで感じられない。
でも、季節ごとに咲く花などは可愛らしくて好き。






その後、煙草を買うついでに、近所を散歩した。

まずは中学校を目指してみた。
通学路。

川沿いの道を歩く。
川っていっても、せせらぎとは無縁で、団地の中心を流れる人工的なものである。
でも思春期の3年間、私はこの川の流れを見ながら通学し、色んなことを思っていたのである。

雀宮中学校。



校内で一番好きだった場所。
校舎と体育館の連結部分。


体育館に怪しい看板を発見!


「宮っ子の誓い」だってさ…。宇都宮の『宮』を使用したのだろうか。
私なんて『3、「宮っ子」は美しいものを愛する心持ってます』しか該当しない。残念ながら。

中学時代ほど規則や時間に縛られていた時期はないと今になってから思う。
嫌いな体育とか数学の授業によく参加していたよなあ、と染々と思うんである。
でも当時の私は、風紀検査で爪や靴下の種類を統制されることについて、何も疑問に思わなかった。
今なんて好き放題やらせてもらっている。
煙草を吸おうが、化粧をしようが、爪を伸ばそうが、鞄にクマを忍ばせていようが、誰も何も言わない。
これって、とても素敵なことではないか。
大人になるって、あんがい良いことだらけなのかもしれない。


北校舎は取り崩し作業の真っ只中!

中学の3年間は、北校舎で過ごしてきた。
それが、取り崩されている…。
その様子は私に大きなショックを与えた。
校舎のあちこちが朽ちていたから仕方がないんだが。

当時の私に笑顔や涙をもたらした空気も時間もすべて取り崩された気分になった。

時は無限のつながりで
終わりを思いもしないね

…とは、中学1年生のときの合唱コンクールで歌った「想い出がいっぱい」だが、まさにあの当時は、今がずっと続くと信じていた。
毎日、塾と恋と受験のことしか考えてなくて、明日の自分のことなんて考えてもいなかった。

今もそうなのかもしれない。

自分が過ごしていた校舎が取り壊されることなんて想像もしてなかった。だからぶらりと寄った母校の様子の変貌にショックを感じるのだろう。

でも、思い出は心の中にしっかりと刻印されている。
どんなに大型のブルトーザーでも壊すことはできない。
だから、いいや。

半壊状態の母校にサヨナラをした。

スーパーに寄り、栃木名物レモン牛乳を購入。

これ、ひたすら甘いんだよな。レモンと銘打ってながら無果汁だし。
今や餃子と並ぶ栃木名物になっているが、栃木に22年間住んでいた私には当たり前すぎる飲料なので「別に」って感じなんだが、後輩男子タイスケくんと吉熊上司へのお土産にしてみた。


帰宅すると母がハンバーグとじゃがいもの煮物を作ってくれた。



ハンバーグは中にも上にもチーズがあり、大変美味しかった。
じゃがいもは、芋の内部にまで味が染み込んでいるTHE・おふくろの味である。

8時近くの快速ラビットで東京に帰る。



「秒速5センチメートル」に出てきそうな東北線にひたすら揺られる。寒さも相成り、まさにあの映画の世界炸裂。


二日間、美味しいものを食べ、両親とじっくりと話すことができた。
今の私、元気玉の一つも作れるぐらい超元気。
私が毎日元気でいられるのも、故郷や両親があるからなのかもしれない。

明日から仕事。

がんばるん♪
コメント (6)

実家・雑感

2009年02月08日 | Weblog
夕御飯は、お鍋♪

葱、白菜、鮟鱇、豆腐と肉をコネコネしてボール状にしたもの、くず切り…美味しくいただいた。
乏しい食生活をしている身としては、このような食事ができる実家というものを非常にありがたく思う。ちょっとしたライフラインである。

母は9時過ぎに寝てしまい、父とじっくりと話すこと5時間。
学生時代から就職、そして今に至るまでの彼のヒストリーを聞いた。
父の赤裸々な過去や私が生まれたときの話など、とても楽しく聞くことができた。
父は仕事の話をするときは敬語になる。
「私はこう思うんですよ。というのは…」
というように。

組織の中で働いている父は、同じく組織の中にいる私に親近感を持つらしく、仕事のこと、特に人間関係についてをよく喋る。
一緒の話題があって、なんとなく嬉しかった。

彼にも苦悩があるらしく、顔つきが急に神妙になったり、そうかと思えば泣きそうになったりする。
忙しい表情の持ち主である。父は。

父の腰を揉んであげたら、そのままウトウトして寝てしまった。
父に毛布を掛け、夕御飯の片付けをし、風呂に入り…今に至る。
実家というものは、安らぎの場所だと思っていたんだが、次第に気を遣うものになってきた。親の老いを感じるのとまさしく同じタイミングで、それは訪れてきた。
でも、育ててもらった恩義を考えると相当、いや、それ以上のものだとも思う。

クマのように丸まって寝ている父の鼾が大きくなってきた。
さあ。
私も薬を飲んで寝ましょうか…。
コメント (2)