暖かい一日でした
ひめちゃんとタバサねーちゃんは、大室公園にお出かけです。
今日は北側の駐車場に入り、小二子古墳の廻りを歩いて来ました。
タバちゃんを見ている、赤柴を連れたおばさんがいます
「こんにちは」
「自分で歩いてるね うちにも18才まで生きた黒柴がいたんだよ
」
「それはすごい タバちゃんも、頑張ろうね
そちらは男の子ですか?」
「女の子だよ。」
「じゃあダメだ」
その子はひめちゃんに「ワンワン、アタチの方が強いんだぞ」
「何言ってるのよ」
「バイバイ」
2021年2月の黒柴家族です。
小次郎パパも獅子丸もいます。
東の牧場には、ヤギさん家族がいました。
ひめちゃんと獅子丸は、よくヤギさん家族に会いに行ってました
『桐生老談記』 手に汗にぎるわくわくした場面もなく、長い期読んでます
意味不明の表現にも泣かされます
でも、あと少しです。
残りは佐野宗綱関連の話がいくつか、宗綱の死で本編は終わります。
あとは、家臣団の名簿です。
もう少し、お付き合い願います
飛駒の城を夜討ちして(長尾方彦間責め勢揃えの事 ・ その 1)
去る程に、其の頃足利の城主は、長尾下野守則長と申しけるは、新田城主由良信濃守成重公の御舎弟、足利に入られて、長尾の御名跡を続かせ給う。
頃は天正十一年(1583)の極月(12月)二十九日に、御家臣白石豊後を召され仰せられけるは、「先年より下彦間は、当家の領地たれども、上彦間は佐野の支配なり。ねがわくは当家の一領になさんと、多年の望みなりしに、この度よき時節到来せり。その頃上彦間の城主小野兵部之介、大病気におかされ、家中数日かん病に疲れ、城内油断多かるべし、幸い明日は元日の儀式を調えんと、人の気づかざるこそ幸い、宵、密かに勢を催し、飛駒の城を夜討ちして、多年の恨みを達せん」と仰せられければ、
あらすじです。
その頃足利の城主は、長尾下野守則長です。
新田城主由良信濃守成重公の弟で、足利に養子に入って長尾の御名跡を継ぎました。
天正11年(1583)の12月29日に、彼は家臣の白石豊後を呼び出して言いました。
「先年から下彦間は当家の領地だけれども、上彦間は佐野家が支配している。当家の領地にしたいものだ。長年の望みだったけれどチャンス到来だ。ちょうど上彦間の城主・小野兵部之介は大病で、家中は看病に疲れて、城内は油断しているだろう。幸い明日は元日の準備で忙しいだろうから、飛駒の城を夜討ちして、多年の恨みを晴らそうとおっしゃったので、
あれ、一般的には佐野宗綱が元日に戦を仕掛けたんですよね。
足利側(長尾則長)が、元日に仕掛けるような書き出しです
それに、足利長尾氏に養子に入った由良成繁(成重)の弟は、顕長(あきなが)でしたよね
領地にしたいという「望み」が、いつの間にか「恨み」になってます
この戦いの舞台・須花(すばな)は何度も行きました。
須花(すばな)
ここは足利領と佐野領の境目だったのです。
初稿 2020.04.17
改稿 2025.02.15
(つづく)