「旅に出たい病」は不治の病 『世界の車窓から』『ヨーロッパの車窓だけ』編

2024年10月25日 | 海外旅行

 「旅に出たい病」は不治の病である。

 人には様々な持病というものがあり、腰痛とか胃カタルとか外反母趾とかそれぞれあるだろうが、私の場合これが、

 

 海外旅行したい!」

 

 という発作なのである。

 ヤングのころから、ヒマさえあればザック背中に世界へ飛び出すバックパッカーというやつだったが、ときにはがなかったり休みが取れなかったり、その野望をはばまれることもあるものだ。

 そんなときは、第二次大戦中のドイツ軍コーヒーの不足を補うために「どんぐりのコーヒー」を飲んでいたように、代用品で欲望を沈めることになる。

 そこで今回は、そんな「旅のどんぐりコーヒー」を紹介してみたいが、まず最初に出てくるのが『世界の車窓から』。

 旅行したい欲が吹き出すときに、ヨダレをたらしながら旅行記ガイドブックや『トーマスクック時刻表』をダラダラ拾い読みするのはよくあることだが、『世界の車窓から』もその一環。

 絵面は綺麗だし、旅番組によくある「仲良し芸能人のおしゃべり」みたいなものないし、時間も短いからお手軽なところもグッド。

 また、かかっている音楽も楽しみで、アフリカオセアニア東ヨーロッパ南米など、ふだんはなじみのない地域の曲がかかっていると、アマゾンYouTubeなどで検索してみたり、ワールドワイドな気分が味わえるのも良い。

 あと、似たようなのでBS12トゥエルビでやってた『ヨーロッパの車窓だけ』というのもある。

 これはすごい番組で、なんと本当に「車窓だけ」を流すというもの。

 ナレーションもなければ、観光名所グルメ情報もなし。カメラの切り替えすらないという、車窓オンリーのノーカットノー演出映像。

 つまりは、それこそがカメラを車窓の見える位置に置いて、そのまま無言撮影しただけの映像と同じなのだ。

 シュールというか、テレビやYouTubeなどでときどき「やらせ」が取りざたされる中、そんなもんしようのないストイックすぎる姿勢だ。企画したヤツ、気ィ狂ってるんちゃうか。

 てゆうか、だれが見るの? まあ、オレが見るんやけどさ。

 さすがに、ひとりでジーっと見てるのはしんどいけど、一杯やりながら友人と旅話に興じるには最高BGV

 ただガタゴトとレール音が鳴るだけの静かな画面は、昼寝のお供にもピッタリだ。起きたらパリプラハにでも着いてたらいいのに。

 

 


 (『世界の車窓から』あえて地味なルーマニア編)

 (『ヨーロッパの車窓だけ』ブダペストからザルツブルク) 

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暁の決闘 佐々木勇気vs藤井聡太 2018年 第1回アベマトーナメント決勝3番勝負 第1局

2024年10月22日 | 将棋・名局


 佐々木勇気が、タイトル戦初勝利をあげた。

 今期の竜王戦七番勝負第2局で、藤井聡太竜王(名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖)に快勝し、1勝1敗タイに持ちこんだのだ。

 佐々木勇気と藤井聡太と言えば、なにかと因縁があり、
 
 
 「デビューから30連勝を阻止」
 
 
 をはじめとして、アベマトーナメント決勝や、NHK杯決勝で2年連続当たるなど、インパクトのあるところで戦っている。
 
 その後は、きびしい言い方をすれば、かなりがついてしまった両者だが、個人的に、
 
 
 「あれ? ちょっと勇気、藤井くんに勝つの大変?」
 
 
 と感じたのが、この勝負からであった。
 
 
 
  


 

 2018年、第1回アベマトーナメント決勝3番勝負。
 
 勝ち上がってきたのは藤井聡太七段と、佐々木勇気六段の2人だった。
 
 双方とも優勝候補で、一番期待していたカードともいえるが、この決勝戦も1勝1敗最終局に突入。
 
 「ニュースター」藤井聡太に期待がかかるのはしょうがないが、それゆえに佐々木勇気も負けるわけにはいかない戦いだ。
 
 将棋は佐々木先手で、雁木模様に。
 

 
 
 
 
 雁木はこの当時、かなり有力視されていた戦型だが、仕掛けるのが難しいということで、千日手になりやすいと言われていた。
 
 実際、この駒組ではが使いにくく、どちらも攻めにくい。
 
 先手は▲26角から▲45歩が見えるが、角が動いたときに△86歩から飛車先の歩を斬られるのはシャクだ。
 
 かといって、千日手にするわけにもいかないが、ここで佐々木が独特の打開策を見せる。
 

 

 


 
 
 

 

 ▲77金が力強い手。
 
 われわれの時代は、▲7757に行くのは悪形とされていた。
 
 こういう「足して偶数」のマスは桂馬の通り道で、それがモロに当たってねらわれやすいから。
 
 だから、矢倉でも美濃でも銀冠でも、基本的な囲いはすべてそこを避けるのだが(▲67▲78▲49▲58などに置く)、現代将棋はそんなもん気にしまへんと。
 
 それよりも、△86歩を防ぎつつ、かつ金銀の厚みを主張するということで、以下こういう形に。
 
 
 
 
 


 先手の攻撃陣も整ってきて、これ以上じっとはしていられないと、後手は△75歩から仕掛けていく。
 
 そこから玉頭でもみ合って、この局面。
 
 
 
 

 

 後手の猛攻で、先手陣は相当に乱されている。
 
 特に金銀▲85の上ずってスキが多く、また7筋が素通しなのも怖い。
 
 パッと見△72香とか打ちたいけど、藤井聡太のねらいは、そんな単調なものではなかった。
 

 


 
 
 

 △86歩と打つのが、不思議な感触の手。
 
 玉頭に拠点を作り、▲同金なら△53角の射程圏内に入って神経を使う。
 
 とはいえ先手も取るしかなく、またそれで不安定だった▲76ヒモがつくので、悪いことだけでもない。
 
 そこで後手はどう指すか。
 
 今度、を打つのは▲76がタダ取りできないし、角筋を生かそうと△65銀みたいな手でうまくいくとは思えない。
 
 どうやるのかなーと見ていると、後手の手はまったく違うところに伸びるのだった。
 
 

 


 
 
 


 △24香が、△86歩からの継続手。
 
 これで田楽刺しが決まって、しかもコンビニおでんとちがい、具が飛車の豪華版。
 
 先手が一杯食ったようだが、ここでスルドイ方は

 

 
 「あれ? これがあるから、しのげるんでね?」


 

 そう思われたかもしれない。
 
 その通り。この田楽刺しは見事なように見えて、完璧ではなかった。
 
 佐々木は▲25歩と打って、△同桂の利きをブラインドに入れてから、▲69飛とかわす。

 後手は△37桂成と、ふたたびを通すが、▲同角と手順にも逃げて、投げ槍を空振りさせた。
 
 だが、それも藤井聡太の読み筋で、ここで△74桂がきびしい。
 
 
 
 
 

 先の△86歩は、この手をねらってのものだったのだ。
 
 一見、▲同金で効果がないようだが、一転視線を右辺にやって、巧みに桂馬を入手すると、それを急所に打ちつける。
 
 局面だけ見れば、さほど働いていない△33が、△74ワープしたようなもので、うまく攻めるもんであるなあ。
 
 ▲96金に、△75銀と浴びせ倒して、▲67銀△77歩

 
 


 
 カサにかかったパンチの連打で、先手玉はいつ仕留められてもおかしくない。
 
 後手は△27香成と、こっちのもソツなく活用。
 
 ただ、佐々木も決死のねばりを見せ、徳俵でふんばり土俵を割らない。
 
 そうして、クライマックスがここだった。
 
 
 
 
 

 △77歩のビンタが強烈だが、ここをどう応じるか。
 
 ▲同桂か、を逃げるか。
 
 時間に追われた佐々木は、とっさに▲77同桂と取ったが、これが敗着になった。
 
 ここは▲88玉が、最後の勝負手だった。

 


 
 これも先手玉は危険極まりなく、△87飛成とかで寄ってるかもしれないが、どっちにしても、これしかなかった。
 
 終局後、佐々木勇気の第一声が、たしか、
 
 


 「▲88玉でしたか」



 
 
 だった記憶があるから、やはりポイントはそこだったのだ。
 
 もっとも、1手5秒の超早指し戦で、この形は選べないのもわかるところだが。
 
 ▲77同桂△97歩成とシンプルに成られ、▲同歩△同角成で突破されている。
 
 ▲88歩に、△87歩▲76銀左△87金と強引にカチこんで、以下後手が勝ち。
 
 佐々木勇気も力をふりしぼったが、最後は藤井聡太がそれを上回った。
 
 このときの結果がインパクトあって、
 
 
 「あれ? これちょっと、勇気の分が悪くね?」
 
 
 いわゆる「格付け」的なものが、少々見えてしまったような感じだったのだ。
 
 その予想は当たってしまい、その後公式戦でもアベマの大会でも連敗を重ね、昨年のNHK杯決勝まで、
 
 
 「藤井聡太に、なかなか勝てない」
 
 
 という周囲の声とともに、佐々木勇気は苦難の道を歩むことになるのだが、ここへきてNHK杯優勝に竜王戦挑戦と、大器がようやく爆発のきっかけをつかんだ。

 

 

 

 

 

 「少年」のイメージも強い勇気だが、年齢もいつの間にか30歳

 「負けても経験」「これからいくらでもチャンスがある」とは言いにくくなっている。

 伊藤匠叡王に続いて「佐々木勇気竜王」まで誕生すれば、ニューヒーローということで将棋界も、さらに盛り上がるはず。

 ここから一気に3連勝するくらいの勢いで、第3局以降もノッていってほしいものだ。
 
 

 (佐々木勇気と藤井聡太の大熱戦はこちら

 (その他の将棋記事はこちら

 

 

 
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「やあ、ラッキーぜんじろう!」と平成のボンクラ大学生たちは言った その2

2024年10月19日 | 若気の至り

 前回の続き。

 


 「おまえらが、センス見せようとしてるところが腹立つ」


 

 友人イチオカ君のメッセージは、ヤングのころ、お笑い芸人のぜんじろうさんを街で見かけたとき、

 


 「おい、ラッキーぜんじろう!」

 「ABCお笑いグランプリ最優秀新人賞、おめでとう!」

 「相方の太平かなめは、どないしてん! 捨てたか?」


 

 と呼びかけたことを示していた。

 まず友人センヨウ君が、あえて「昔の芸名」で、しかも本人が「黒歴史」認定している名で呼ぶとは、そこには当然、

 


 「そんなマニアックなことを知っている、俺様のお笑い教養の高さ」


 

 を誇っているわけだ。

 ハッキリ言ってイタいが、まだまだ話は終わらず、私も追随して、「ABCお笑いグランプリ」を持ち出す。

 これもまた、センヨウ君から受け取ったバトンで、当時の感覚ではぜんじろうさんといえば、人気番組だった「テレビのツボ」にふれるべきである。

 カラんでいくなら、当然そこで

 


 「おまえがやってるテレツボ、全然おもんないわー」


 

 などと行けばいいのだろうが、そんな中学生レベルのものが、ゆるされるわけない(?)のは自明の理。

 あえて、もう5年以上前(当時)の栄冠であるABCのタイトルを持ち出すあたり、そこはかとない「はずしてねらう」感がかもしだされている。

 今でいえば、オズワルド空気階段のふたりに話しかけるとき、М-1キング オブ コントのことはいっさい無視して、

 

 ラフターナイト優勝」

 

 にしか、ふれないようなものであろう。

 やはり、自分は

 

 玄人のお笑いファン」

 「メジャーになる前からチェック済みの情報強者

 

 なことを見せつけたい願望が、アリアリである。

 しまいには、エサカ君の「太平かなめ」発言。

 太平かなめとは、ぜんじろうさんのコンビ時代の相方さんで、それこそABCの優勝は「かなめぜんじろう」で獲得したものなのである。

 言うまでもなく、私の「ABC」に対する受け言葉

 昔、岡田斗司夫さんが声優岩男潤子さんと仕事をしたとき、アニメのことそっちのけで、岩男さんが過去に所属していたアイドルグループで、おそらくは黒歴史であろう、セイントフォー時代のことしか質問しなかったようなもの。

 当然ながら、すごい嫌がられたそうだけど、そりゃそうであろう。

 キーワードは「あえて」であり、

 

 「あえて、ラッキーぜんじろう呼ばわり」

 「あえて、今の輝きでなく、昔のローカルな栄光を呼び覚ます」

 「あえて、セイントフォー

 

 有名人にからんでいくときというのは、少なからず

 

 イラッとさせたい」

 

 という熱い想いがあると思うが、このときのわれわれは、完全に「大喜利のノリ」で、それをやっていた。

 

 「こんなお笑いファンはイヤだ。どんなお笑いファン?」

 

 それを、芸人かぶれの酔った学生が、

 

 「見てくれ、オレたちの教養ワードセンス

 「おまえなんかよ、俺らの方が全然オモロイ」

 

 みたいな顔しながらカマしてくるんだから、まったく地獄以外のなにものでもない。

 なんかまあ、淡々と書いているようで、今の私は恥ずかしさで転げまわりそうです。踊りでも踊ったろかしらん。

 もちろんのこと、こんな「かぶれ」の若者など、本人は「オモロイ」つもりだが、受ける方からすれば、しょせんは使い古された「あるある」にすぎない。

 実際、吉本新喜劇でも活躍された小藪一豊さんも、

 


 「【小藪さん、ビリジアンの時代から応援してます】とか、やってたコンビ名出して、濃いファンですアピールしてくるヤツ、マジでうっとうしいわ」


 

 なんて怒っており、

 

 「もうそれ、ボクですわ、すんませーん!」

 

 なんて裸足で逃げ出したくなるのである。ビリジアンのテニスのネタ、好きでしたよ!(←そういうとこだよ)

 いや、これねえ、おチャラけて書いてるようですけど、こっちはホンマに痛いツライ

 有名人にカラんだのもさることながら、さっきから再三言っているよう、そのワードセンスとかが、またアレだ。

 

 「俺たちお笑いのプロ

 「芸人なんかより、全然センスある

 

 とか思われたいのが、全体からにじみ出ており、そこを的確に刺してきたイチオカ君の性格の悪……感度の高さは、さすがである。

 昨今、ネットを通じた芸能人へのウザがらみや、誹謗中傷が問題になっているが、私はできるだけそういうものを減らしたいと考えている。

 それはもちろん芸能人の人権を守り、日本人の持つ倫理観民度の高さを復活させたいから、とかではなく、のちのちシャワーあびてるときや、布団の中とかで、

 

 「ギャ! また思い出してもうた!」

 「若かったんやー、阿呆やったんやー、もうゆるしてー」

 

 と悶絶する「負の遺産」を心の中に残さないようにするためである。

 いや、マジでハズいッス。

 なので、やめましょう、こういうことは。人生の先輩の、ありがたいお言葉。

 

 

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「やあ、ラッキーぜんじろう」と平成のボンクラ大学生たちは言った

2024年10月18日 | 若気の至り

 「おまえらの、センス見せようとしてるところが、腹立つわー」


 

 先日、ケータイにそんなメッセージが届いてきた。

 差出人は友人イチオカ君で、

 


 有名人に、あんなからみ方したら、アカンでマジで」


 

 なんでも、こないだ私が若いころ、お笑い芸人ぜんじろうさんにヤカラを入れたことに憤っているようのだ。

 怒っている友には申し訳ないが、それは誤読というものである。

 たしかに私は友人と酔って、ぜんじろうさんにからみはしたが、すでに反省しているし、相手方にも

 

 「アナタが寛容な心をもって、どうしてもわれわれのことを許したいと切望するなら、それを受け入れるにやぶさかではないが、いかがかな?」

 

 心の広いところを見せているのだ。

 それを理解せずキレるなど、サムネやネットニュースの見出しだけ見てアンチコメントを書く、そそっかしい連中と同じではないか。

 そう友を諭すと、

 


 「いや、ぜんじろうなんか、どうでもええねん」


 

 われわれと変わらぬ、豪快に失礼な返事が返ってきたうえで、

 

 


 「それより、おまえらが、ヤカラの中にセンスを見せようとしてるところが、もうムカついてムカついて!」


 

 さすがは友人。イチオカ君は実にいいところを見ている。

 こないだの記事について、私は自分のをさらしたつもりだが、実はそこにかくし味として、もうひとつの「恥ずかし反省ポイント」が忍ばせてあるのだ。

 整理すると、大学生のころだから、今からウン十年前の1990年代後半くらい。

 大阪の繁華街である難波で、朝まで呑んでいた私と友人一同は、そこで当時『テレビのツボ』という深夜番組で大ブレイクしていた、ぜんじろうさんを見かける。

 そこですかさず、われわれ泥酔ボンクラ学生は、

 


 「おい、ラッキーぜんじろう!」

 「ABCお笑いグランプリ最優秀新人賞、おめでとう!」

 「相方太平かなめは、どないしてん! 捨てたか?」


 

 典型的な「有名人にヤカラを入れる愚かな若者」であり、今なら炎上

 まだ荒っぽさの残る当時なら、

 

 「なんやコラ」

 「なめとったら、承知せんぞ!」

 

 ケンカになっても、おかしくないかもしれない。

 まあ、ぜんじろうさんも、こんな阿呆集団にいちいち、かまってられないだろうが、今思い返しても、われわれは実に愚昧である。

 さらには、ただでさえ痛いヤングなところに、もうひとつ同世代くらいの方々は上のセリフに、さらなる「自意識過剰」を発見し苦笑するのである。

 たとえば、

 


 「おい、ラッキーぜんじろう!」


 

 という友人センヨウ君の発言。 

 ラッキーぜんじろうとは、ぜんじろうさんがデビューしたころの芸名

 ふつうに、「おい、ぜんじろう」でいいところを、わざわざの芸名で呼ぶ。 

 こまかい情報であるが、センヨウ君からすれば、

 

 「自分はそんなマニアックなことを知っている」

 

 という「お笑い偏差値」の高さをアピールしているわけだ。

 さらにはのちに「ラッキー」を取ったと言いうことは、この芸名を気に入っていなかったわけだから、わざわざ、そこをつくという手のこんだ嫌がらせで、

 

 「オレは芸人に、【アホ】【おまえなんか、全然おもんないんじゃ】みたいな、ベタなヤカラを入れるような、低俗なお笑いファンではない」

 
 という「意識高い系」であることへの、こだわりでもあるのだ。なんという教養

 今でいえば、オードリーを見かけたときに「お、ナイスミドル若林や」。

 ライセンスのお二人に「おい、ちゃらんぽらん」と呼びかけるようなものであろうか。

 そこにあるのは、そんなことも知っているという、まさに選ばれし「情報エリート」という自負であるのだ。

 ちなみにセンヨウ君は南海キャンディーズMー1グランプリでブレイクし、山里さんが売れっ子になったころ、

 

 「ほう、イタリア人って今、結構がんばっとるんやな」

 

 とかコメントしており、相変わらずの激イタ

 どうも我々の辞書には「成長」「大人への階段」という文字は無いようなのであった。

 

 (続く

 

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緻密流と見せかけて野蛮 佐藤康光vs羽生善治 1993年 第6期竜王戦 第4局

2024年10月15日 | 将棋・名局

 佐藤康光の将棋は野蛮である。

 というと今のファンからは

 

 「そんなの知ってるよォ」

 

 なんて笑われるかもしれないが、佐藤をデビュー時から知っている身としては、そのイメージはけっこう意外なものだった。

 もともと、見た目も言動も優等生的で、ニックネームも「緻密流」。

 さらにプライベートではバイオリンが特技とくれば、これはもうまごうことなき正統派の「エリート」。

 今で言えば、キャラクターも将棋も伊藤匠叡王のような感じだったのだ。

 とはいえ、仲の良い先崎学九段はよく

 

 「緻密って、そうかなあ。彼の将棋はもっと大ざっぱで乱暴ですよ」


 

 いぶかしんでいたし、また亡くなった村山聖九段が、なぜか佐藤康光をあまり認めていなかったのは佐藤自身も認める有名な話。

 その理由として、若くして亡くなった村山への追悼文に佐藤が、

 


 「彼は即興の将棋は嫌っていた。私の将棋は多少、そういう面を持っている」


 

 との分析を表していた。

 「即興」というのも、これまたピンとこなかったが、「感性重視のアイデア」と取れば、今の姿と、つながるところはあるやもしれない。

 そんな佐藤康光が「野獣」としての本性をあらわしてくるのは早かった。

 強くそれを感じ取れたのは、タイトル獲得となった1993年の第6期竜王戦

 当時、「七冠ロード」を走り、飛ぶ鳥落とす爆発力で棋界を席巻していた羽生善治五冠(竜王・棋聖・王位・王座・棋王)を相手に、すさまじいパワーを見せつけるのだ。

 見事な将棋で先手番ブレークした第5局もすごかったが(→こちら)、そのひとつ前の第4局もまた、剛腕が炸裂しまくっていた。


 羽生竜王の2勝1敗リードでむかえた本局は、ガッチリ組み合う相矢倉に。

 佐藤の棒銀を、羽生は△22銀型で受け流そうとし、むかえたこの局面。

 

 


 

 

 後手の羽生△65と打ったところ。

 先手はこの局面、一瞬は金得だが、銀取りに対応する手がむずかしいところ。

 どう指すか注目だが、ここから佐藤康光が本領を発揮する。

 

 

 

 


 ▲33飛成△同金▲34歩が佐藤流のハードパンチ。

 銀取りに▲77と逃げると、△76歩と追撃され、▲同銀には△44角王手飛車で「オワ」。

 「両取り逃げるべからず」のように、受ける手がないときは受けなければいいのである。

 そこで飛車を切ってドン。

 ▲34歩のタタキに△32金と逃げていては、▲33桂とかガンガン攻められてあっという間に押しつぶされるから、△同銀と取って、▲同銀△同金

 そこで▲43角が痛烈な王手金取りで、△32歩▲22歩と一回王手して、△同玉▲34角成

 

 

 次に▲44馬から▲34桂と打たれると、ほとんど詰みだが、次の手が、おぼえておきたいカウンター。

 

 

 

 △79銀が、この形の手筋。

 王様のどちらで取っても、飛車打ち王手馬取り▲34が抜ける。

 ▲79同玉△39飛▲88玉△34飛成で急場を脱したが、そこで▲35歩とタタいて、なかなか振りほどけない。

 

 

  

 とにかく先手は持駒が豊富だし、の守備力は強いが「玉飛接近すべからず」で、むしろ攻撃の目標にされているのがツライ。

 △同竜▲43銀とからまれたところで、後手は待望の△66歩

 次に△67歩成とできれば勝つチャンスもあるが、この一瞬が甘いと佐藤は▲34金

 羽生は△33銀と必死の防戦だが、▲42銀打と組みついて、とうとう受けるスペースがなくなってきた。

 △42同銀▲同銀不成△同飛▲35金を取る。

 

 

 


 カナメのをはずして、後手玉は風前の灯火。

 次に▲34桂からの一手スキで、△33歩のような力のない受けでは、▲34歩などわかりやすく攻められて一手一手

 後手はなんとか一手しのいで、△67歩成を実現させたいが、ここで羽生が魅せるのだ。

 

 

 

 

 

 


 △34銀と打つのがハッとする勝負手
 
 ▲同金詰めろがほどけるから、その瞬間△67歩成で危険きわまりない。

 ビール瓶でなぐりかかるような気狂いじみた猛攻を、後手もなんとかワザでしのごうとするが、佐藤は奇手を食らっても落ち着いていた。

 一回▲61飛と先着して、△41銀とさせてから▲34金と取る。

 後手は待望の△67歩成だが、そこで▲同飛成と取れるのが、▲61飛と打った自慢だ。

  

 

 

  これが冷静な組み立てで、盤面右側しか目がいかなそうな場面で、実に落ち着いたものである。

 これで先手玉が格段に安全になって、以下は佐藤勝ち

 「野蛮」と「緻密」を見事に融合させた指しまわしで、ここから3連勝とダッシュ。

 宿敵である羽生から、初タイトルとなる竜王を獲得するのだ。

 


(佐藤康光のスゴイ詰みはこちら

(佐藤康光のとにかく剛腕はこちら

(その他の将棋記事はこちら

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「おい、芸能人おるやんけ!」と、平成のボンクラ大学生たちは言った

2024年10月12日 | 若気の至り

 芸能人だからって、失礼な態度をとらないでください!」

 

 というのは、テレビネットなどでよく、タレントさんが訴えかけることである。

 たしかに、人気商売というのは大変だと聞く。

 われわれ一般人よりも華やかな生活をしているイメージはあるが、名前を知られているその分、めんどくさいことも多いだろう。

 

 「許可なく写真を取られた」

 「箸袋やレシートにサインを書かされた」

 「ナメた接し方をしてきたことを注意したら、逆ギレされた」

 

 などなどトーク番組などで、よく出てくる話。

 現代ではネットによって、さらにの感情が可視化されるおそろしさもあったりして、それでも愛想よく「神対応」を求められるのが、有名人のツライとこだ。

 私だったら絶対ブチ切れている。ましてやそれを、

 

 有名税だろ!」

 

 なんて開き直るヤカラには、本当にガマンがならないところがあり、ちょっと信じられない反応だ。

 そんなことをする連中を軽蔑するし、自分ももちろん、そんなことは決して一度もしたことがないかといえば、これが普通にやったことはあるので、今回はそういうお話。

 


 大学生だったころのこと。

 友人数人と、大阪の繁華街である難波の居酒屋で飲み明かしたわれわれは、始発まで街をぶらついて時間をつぶしていた。

 とそこに、エサカ君という男が、突然すっとんきょうな声で、

 


 「おい、あそこに芸能人おるぞ!」


 

 指さした先には2人連れの男性がいて、そのひとりが、お笑い芸人ぜんじろうさんだったのだ(もう一人の方はおそらくマネージャー)。

 ぜんじろうさんといえば、今ではアメリカで活動し、爆笑問題太田さんと論争になったなどで知っている方も多いと思うが、当時は関西若手人気タレント

 特にМCを務める深夜番組『テレビのツボ』は大人気で、今でいえば霜降り明星かまいたちのような、勢いに乗りまくっていた存在だったのだ。

 そんなもんが目の前に現れたら、が抜けていて、しかも泥酔している学生からすればヨダレが出るような状況。

 すかさずロックオンした友人センヨウ君が、

 


 「おい、ラッキーぜんじろう! なにしてんねん!」


 

 続いても、

 


 ABCお笑いグランプリ最優秀新人賞、おめでとうな!」


 

 エサカ君もかぶせて、

 


 「太平かなめは、どないしてん! 売れたら相方は捨てるんやな」


 

 

 なんて、若さ酔いにまかせてチャチャを入れたわけである。

 今思い出しても赤面モノというか、

 

 「有名人に迷惑をかける愚かな若者」

 

 とか動画を上げられ、炎上してもおかしくない流れである。

 弁解するわけではないが、私自身は有名人を見ても、あまりテンションが上がらないタイプである。

 街で見かけても声をかけたり、ましてや、ヤカラを入れたりすることはまず無い、と言っていい。

 実際にこれも昔、難波の隣にある日本橋(関西のオタク街)で将棋某棋士を見かけたときも、将棋ファンにもかかわらず、変にからんだりはしなかった。

 もっともそれは、その某棋士がメチャクチャに挙動不審で、ちょっと怖かったからだけど。

 いやマジで、サインとか握手より、声をかけるなら、

 

 「こら、今あわてて隠した、女性の下着をポケットから出しなさい」

 

 て感じになってしまうくらい、な感じだったのだ。

 それはともかく、私は「酔っていたから」という言い訳は嫌いなので、もうストレートに反省するしかない。

 そんなわけで、私もこのように謝っているのだから、ぜんじろうさんも寛大な心を見せてしっかりと、前途ある若者のことはゆるすようにしては、いかがですかな(←本当に反省してるのだろうか)。

 

 

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はてしない物語 佐々木勇気vs藤井聡太 2016年 岡崎将棋まつり その3

2024年10月06日 | 将棋・名局

 前回の続き。

 2016年岡崎将棋まつりで、佐々木勇気五段と、まだ奨励会員藤井聡太三段が熱戦をくり広げる。

 双方が秘術のかぎりをつくす終盤戦は、席上対局とは思えぬ熱量とレベルの高さだ。

 

 

 

 佐々木勇気が「詰めろ逃れの詰めろ」で局面を引き寄せれば、藤井聡太もタダ捨てする絶妙手でお返し。

 最後は藤井勝ちになったようにも見えたが、まだむずかしい。

 そこで藤井は▲85桂とせまる。
 
 後手から△85桂を消しながら、▲43角成からの詰めろの攻防手。

 というか、ことここへ来ては両者とも攻防の一手を常にくり出さないと、あっという間に負ける流れになっている。
 
 ▲85桂は次に▲43角成とし、△71玉に、▲44馬王手飛車をかける。

 △53歩▲82銀△同玉▲55馬飛車をはずして王手して、これで詰む

 


 またも佐々木が試される番。

 絶体絶命のピンチで、将棋では王手をかけて合駒を強要し、相手の持駒をけずるのを「合駒請求」と呼ぶが、ここはそれを超えた「必殺技請求」ともいえる場面。

 「妙手以外は負け」という高すぎるハードルを突きつけられているが、それを飛び越えるのが佐々木勇気という男だ。

 

 

 ここで、△59飛成という手があった。
 
 ▲55馬と取る手を消しながら、△99竜▲98合駒△86金

 

 

 

 ▲同歩△78と
 
 ▲同玉△76金▲同角成△同と▲同玉△75金まで、△27飛車がすばらしく働いて詰み
 
 本日2度目の「詰めろ逃れの詰めろ」。

 なんちゅう勝負強さやと、あきれる思いだが、本人からすれば、なんのこれしきか。

 

 「オレをだれやと思てるねん、佐々木勇気やぞ」と。

 

 それにしても、さっきから、ただただ、まばゆいばかりのやり取りである。
 
 『対局日誌』など将棋本の名著を数多く送り出している河口俊彦八段によると、
 
 


 「手順しか書いてない観戦記は三流」



 
 
 らしいのだが、それでいえば、私のやっていることは妄想手順とソフトの示す詰み筋を並べているだけにすぎない。
 
 だが、河口老師は同時に、
 
 


 「棋士は指した将棋がすべてである」

 「棋譜を見れば、その棋士の考えや、迷い、決断、憤怒や気のゆるみなど、すべてが表現されている」

 「それを勝手に想像しながら楽しむのが、将棋の醍醐味なのだ」



 
 
 その点から見ると、この将棋は棋譜からは、たしかに佐々木勇気と藤井聡太の息吹が感じられる。
 
 双方、負けてなるものかという闘志
 
 また、終盤では「自分こそが読み勝ってるぞ」と言わんばかりに、両者が手練手管のかぎりをつくす。
 
 
 「おまえはそう読むだろう、ならオレはその裏を行ってやる」
 
 「と、あなたはそう思うのですね。ならボクは、その裏を取ります」
 
 「それは想定内。ならオレは、その裏の裏を取る」
 
 「おっと、読み筋通りだ。ボクはその裏の裏の裏をもう一度……」

 
 
 果てしなく背後の取り合いが続く。
 
 私のつたない解説など邪魔と思っている方も、この棋譜の終盤だけでも並べみてほしい。

 手の深い意味はわからなくとも、2人の持つ才気のほとばしりと、負けてたまるかという意地が、その手から伝わるはずだから。
  
 激しくも美しいドッグファイトだったが、先に弾が尽きたのは藤井の方だったよう。
 
 ▲43角成と王手して、△71玉

 後手玉に詰みはなく、先手陣は受けても一手一手で、これ以上に手数は伸びない。
 
 ▲53角と再度王手しながら、またも攻防に利かし、△81玉▲73桂成と、ここで下駄を預ける。

 

 


 
 
 「さあ、詰ましてみろ!」
 

 ということで、とうとう、この熱局もクライマックスだ。
 
 詰むや詰まざるや。佐々木は△99竜から仕上げに入る。
 
 ▲86玉△76金▲同馬△同と▲同玉
 

 

 

 

 ここで手拍子に△96竜と取ると、▲65玉から詰まず、入玉されて下手すると冷や汗どころか大逆転
 
 将棋の終盤戦はおそろしいというか、「詰ましてみろ」と居直ったと見せかけて、最後にこんなを仕掛けている藤井聡太のしたたかさには、恐れすら感じるところ。
 
 ふだんの言動は優等生の見本のような彼だが、盤上ではとんでもない性格の悪さなのだ。

 かつて、棋聖王位のタイトル経験もあるA級棋士森雞二九段は対局中に控室にやってきて、

 

 


 「間違えろ! 悪手を指せ! なんでもいいから、早く1分将棋になるんだ!」


 

 

 対戦相手が映るモニターに、さけびまくっていたというが(昭和の将棋やなあ)、なんのことはない。

 この一見おとなしい「天才少年」も、声に出さないだけで、指し手で同じことをしているのだ。

 ここは△75金が正確で、▲同角成△同歩▲85玉に、そこで△96竜が順番。

 

 


 

 

 ▲同玉△84桂▲86玉△76金▲85玉△96角▲84玉△93銀まで。
 
 
 
 
 

 これはこれで、結構むずかしい詰みにも見えるが、「佐々木勇気やぞ」だから、間違えないのだ。
 
 投了図を見ればわかるが、ほとんどすべての駒が大車輪の働きをして、この位置にいる。
 
 もう、私のつたない感想など、もういいでしょう。
 
 2人の若者に、拍手、ただ拍手すばらしい一局でした。
 
 
 


(佐々木勇気の加古川清流戦、優勝の将棋はこちら

(その他の将棋記事はこちらから)

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死はジュネーヴから来た名手 佐々木勇気vs藤井聡太 2016年 岡崎将棋まつり その2

2024年10月05日 | 将棋・名局

 前回の続き。

 2016年岡崎将棋まつりで、佐々木勇気五段と、まだ奨励会員藤井聡太三段が熱戦を戦う。

 席上対局とはいえ、将棋界の将来を担う2人とあっては、お祭り気分ではいられないだろう。

 

 

 

 

 図は▲35銀と、藤井が詰めろをかけてきたところに、佐々木勇気が△96歩▲同銀△76角成と「詰めろ逃れの詰めろ」で切り返したところ。

 最終盤でこんな「必殺技」が決まれば、ふつうは後手の勝ちとしたものだが、もちろん藤井三段はそんなことで、あきらめるタマではない。

 この美技が、あくまで「つかみ」というあつかいなのだから、この将棋はシビれる。

 まずは▲34銀打と王手し、△22玉▲23金△76△32の地点を守っていて詰まないから、▲23歩成とする。
 
 △同金▲同銀成△同玉に、▲24歩▲41角であぶなすぎるから、取らずに△31玉と落ちる。
 
 ▲32と△同馬で、を引き上げさせたが、これで先手玉の一手スキ解除されているかは、正直よくわからない。
 
 そこで、▲43歩
 
 
 
 
 
 
 馬筋を止めて、自陣の脅威を緩和しつつの攻めだが、これが詰めろになっているかは、これまたきわどいところ。
 
 なってなければ、ここで後手一手スキをかければ勝ち
 
 難解だが、後手は仮にここで一手パスしても、▲42歩成には△同馬王手になる。

 

 

 これが、逆王手の切り返しみたいな形になるため、どうも詰まないようだ。
 
 ただ、先手玉にどう詰めろをかけるのかは、これまた激ムズ

 しかも詰将棋の名手相手に(藤井は将棋よりもに詰将棋で「天才少年あらわる」と紹介された)、ここで自陣を放置するのは、それもそれで怖すぎる

 そこで、佐々木はとりあえず、△27飛とおろす。

 

 


 
 この手自体は詰めろではなさそうだが、攻防に利かして、きびしそう。
 
 手番先手なので、チャンスが来たようだが、やはり急がされていることには変わりない。
 
 ここで詰めろ級の手がないと△95香くらいで負けそう。

 といっても▲42歩成は、相変わらず△同馬逆王手でシビれる。

 △27飛車守備力もあって、いよいよ手がないかと思いきや、ここで必殺手が飛んでくるのだから、才能のあるヤツというのは、たまったものではない。

 私はこの将棋を昔見て、2手だけおぼえていた。

 ひとつは佐々木の△76角成

 で、もうひとつが藤井のの手。
 
 こういう将棋にはコツがあるのだ。

 つまり、アレをしながら、盤上にあるコレとかソレとかを、全部ナニしてしまえばいいのである。

 

 

 


 
 
 
 
 ▲22金が、今度は先手から絶妙手のお返し。
 
 △同馬なら、王手がなくなるから、▲42歩成から先手勝ち

 


 

 ▲22金△同飛成なら先手陣が安全になるうえに、そこで▲23歩とタタく手がある。

 

 

 △同馬には▲42歩成
 
 △同竜▲同銀成△同馬▲42歩成で、やはり勝ち。
 
 なので△22同玉しかないが、やはり▲23歩の張り手で、後手玉はにわかに危ない
 
 
 
 
 
 
 このは、でもでも取れない。
 
 △31玉しかないが▲22金から、強引にバラしていく。

 △同馬▲同歩成△41玉▲32角の攻防手。
 
 
 
 
  

 完全に攻守所を変えた感じだ。
 
 そう、こういう終盤戦でねらいたいのは、王手をして手番をキープしたまま、相手の要駒(この場合は後手の)を取ってしまい、攻めながら自陣を安全にしていくこと。

 が消えたうえに、今度は先手がの後ろ足で自陣を守っており、さっきとはだいぶ景色が変わった感じだ。

 ただ、佐々木としても、かろうじて後手玉に詰みがないのは助かった。
 
 △52玉▲42歩成に、△61玉で、まだ激戦続行

 

 

 

 

 さて、局面はどうなっているのか。
  
 先手玉はの利きや、後手にナナメ駒がないなどもあって、△86金▲同歩△78となどの筋で追っても詰みはない
 
 なら、ここで後手玉に詰めろがかかれば勝ちだが、下手なせまり方では、△85桂▲同銀△同飛で、飛車8筋に利かす手が、また「詰めろ逃れの詰めろ」になるかもしれない。
 
 そこで藤井は▲85桂と、「敵の打ちたいところに打て」で置いておく。

 

 


 

 

 △85桂を消しながら、▲43角成からの詰めろ
 
 △53金とか、ただ詰めろを受けるだけの手は、▲73銀から一手一手。
 
 今度こそ、今度こそ決まったようだが、佐々木勇気はあきらめない。
 
 たとえ席上対局とはいえ、「未来名人」候補としてキラキラしている後輩に、「どうぞお通り」などゆるせるはずもないのだ。


 (続く)
 

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「詰めろ逃れの詰めろ」を逃れろ! 佐々木勇気vs藤井聡太 2016年 岡崎将棋まつり

2024年10月04日 | 将棋・名局

 佐々木勇気八段が、竜王戦挑戦者になった。
 
 ということで、今回はタイトル保持者として待ち受ける藤井聡太竜王(名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖)との将棋を紹介してみたい。
 
 この2人はNHK杯決勝や、アベマトーナメントなど目立つところで何度も戦っているが、中でももっとも熱い戦いは実はにある。
 
 それが、まだ藤井七冠が奨励会員時代非公式戦
 
 たぶん『将棋世界』で立ち読みかなんかして、佐々木の放った角成の好手と、と藤井タダ捨てする妙手が、印象に残っていたのだ。
 
 それを取り上げたいんだけど、解説してくれてる資料が見つからず、検討するのもめんどいなー。
 
 と放置していたのだが、佐々木勇気がついに爆発したとなれば、これはもう、一丁腕まくりするしかないのである。
 
 ということで、今回はもうすぐ開幕の竜王戦のオードブルに、こんなのをどうぞ。
 
 


 

 2016年岡崎将棋まつりの席上対局。
 
 佐々木勇気五段と、藤井聡太三段の一戦。
 
 藤井が先手で、オーソドックスな相矢倉から、激しい攻め合いになり、難解な終盤戦に突入する。


 
 

 

 
 現在、後手玉は▲34銀打詰めろになっている。
 
 佐々木からすれば、ここで先手玉を詰ますか、王手をかけながら、うまく詰めろをほどくなど、ワザを見せなければならない。
 
 ここから2人の若獅子が、手練れのパイロット同士が見せる空中戦ような、激烈な攻防戦をくり広げる。

 とりあえず、佐々木は△77とを取って王手するが、それにどう対処するべきか……。

 


 
 
 
 


 
 △77と▲97玉と逃げるのが、きわどい手。
 
 ▲同金△38飛王手▲35が抜ける。

 ▲同玉△37飛王手銀取りで、後手のねらいにハマりそうだが、これには▲47桂(!)の中合いがありそう。
 


 
 

 

 △同飛成▲88玉で、王手銀取りを解除するという仕組み。

 これで先手いけそうかな。オレって手が見えるなーと悦に入ってたら、そこから△77金▲同金△38竜と再度、王手銀取りをかける手とかもあって、むずかしそうか。

 まあ、これは私の妄想手順で、成立してるかは知らんけど、こういう派手な手がいろいろと埋まってそうな局面でもある。

 ただここは秒読みで、リスクが大きいと見たか逃げることを選択。

 このに逃げる形も、をボロッと取られながらの敗走でつらそうに見えるが、なにげに終盤の手筋でもある。

 △88銀△79角の効かない端玉は意外と捕まえづらいときがあり、若いころの中村修九段が得意としていたもの。
 
 どう見ても寄っている場面で、ヒョイとかわした手でまったく詰まないとか、手品のようなしのぎを得意としていた。

 今では「銀冠小部屋」など教科書にも載ってるが、その元祖は「受ける青春」だったのだ。
 
 さあ、今度は佐々木が選択する番。
 
 後手玉は相変わらず一手スキだが、先手玉に詰みはなく、▲35を抜く筋も回避されてしまった。
 
 並の手では、ここで後手の負けが決まるが、でも佐々木勇気が「並み」だなんて、だれが言った?

 

 

 

 

 △96歩と、まずは一回おうかがいを立てる。

 先手玉にせまるなら、まずはここからということで、これはとりあえずに追われれば、我々でも指すだろう。

 しかしだ、佐々木勇気ほどの男が、ここで「とりあえず王手」みたいなことはやらない。

 このには、おそろしいねらいが秘められており、▲同玉と取ると、すかさず△95香と走ってくる。

 ▲同玉、△85飛▲同玉△76角成▲84玉△82飛▲83合駒
 
 そこで、△75馬▲73玉△64馬ピッタリ詰むのだ。

 


 

 一瞬で、それを察知した藤井は▲96同銀と取る。

 浮き駒だったヒモをつけながら、玉もヘルメットをかぶって、一見効果がわかりにくいが、そこで△76角成が佐々木のねらっていた絶妙の攻防手。

 

 

 


 この△76角成は放っておくと、△85桂▲同銀△86金▲同歩△87飛以下の詰めろ
 
 また▲34銀打△22玉▲23金△31玉▲32金△同馬と取れるようにした攻防兼備。

 

 

 いわゆる「詰めろ逃れの詰めろ」なのだ。
 
 決まったかに見えたが、そこは相手が天下の藤井聡太ということ。

 並ではないという意味では、こっちも負けていないのだった。

 
 
 (続く
 
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マッハパンチ 米長邦雄vs内藤國雄 1982年 王将リーグ 中村修vs佐伯昌優 1991年 棋王戦

2024年10月01日 | 将棋・好手 妙手

 「一撃」で決まる将棋は感嘆を呼ぶ。
 
 終盤戦で、まだむずかしそうなところから、アッというパンチが飛び出して、見事に決まる。
 
 これには「ええもん見たなー」という気になるし、なにより私がここで紹介するとき、検討とかしなくていいからですばらしい。
 
 


 

 1982年の第32期王将リーグ
 
 米長邦雄棋王内藤國雄王位の一戦。
 
 内藤得意の相掛かりに、後手の米長が中央から戦いを挑む。
 
 むかえたこの局面。


 
 


 
 内藤が▲69飛と、▲64から引いたところ。
 
 次に▲64歩のねらいがあり、歩切れの後手はそれを受けにくい。
 
 先手はがうすいのが気になるも、それは▲93金を取れば相当に緩和されるから、なんとかなりそう。
 
 後手からすれば、ここでいい手がないと苦しいが、米長はひそかにねらっていたのだ。
 
 

 

 


 
 
 
 
 △56角と打つのが、「次の一手」のような一撃。
 
 取りと△47銀の両ねらいで、これがメチャクチャにきびしいが、先手に適当な受けがない。
 
 しかも、△78角成飛車取りとなれば、先手の▲69飛をとがめられた形で、後手からすれば痛快この上ないではないか。
 
 これをウッカリしていた内藤は▲68金と寄り、△47銀▲59玉△66角▲48桂とふんばる。
 
 
 
 

 

 顔面パンチをモロに喰らいながらも、そこでなかなか倒れないのがトップ棋士の強さ。

 控室の検討では、これでまだむずかしいと見ていたようだが、次の手がまた好手。

 
 
 

 

 

 △55銀で、攻めが振りほどけない。
 
 ▲56歩△48角成詰み
 
 ▲56桂も、△同銀と取られて、やはり▲同歩と取り返せず先手に受けはないのだ。
 
 感想戦で内藤は▲69飛が悪く、▲68飛なら自分がやれると言ったが、米長が言うことには、それには△39角(!)と打つ予定だったと。
 
 
 
 
 んなアホなという手だが、▲同玉△57角成とすると、角損でも後手が指せるという結論に。

 


 

 すごい手があったもんだが、米長の剛腕がこれでもかと発揮された将棋であった。

 

 


 

 続いて、もうひとつ、1991年の棋王戦。

 佐伯昌優八段中村修七段の一戦。

 「師弟対決」となった一局は、両者が早めにをつき合ってから角換わり模様になるという、めずらしい将棋に。

 むかえた最終盤。

 

 

 

 パッと見えるのは、△77角成▲同桂△89飛のような攻めだが、を渡すと後手玉も相当怖い形。

 だがここで、実にカッコイイ決め手があるのだ。

 

 

 

 

 

 △88飛が「次の一手」のような絶妙手。

 次に、△77角成▲同桂△68銀までの詰めろ

 かといって、▲同銀とは取れないし、▲同金△77角成から△68銀で詰み。

 ▲69玉△77角成で左辺に逃げこめず、見事な必至。

 ここで佐伯は投了

 若き日の中村らしい、さわやかな締めくくりであった。
 
 以上、「一撃」がふたつ。
 
 あー、オレみたいな阿呆でも、一目でわかるって、ステキやなあ。
 
 

 (島朗、米長邦雄、羽生善治の「一撃」はこちら

 (その他の将棋記事はこちらから)

 
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ドイツ語学習者はイディッシュ語で「2枚抜き」を決めるか

2024年09月28日 | 海外旅行

 「オレはイディッシュ語をやるべきだったか!」
 
 
 語学系YouTubeを見ていて、思わずそんな声が出てしまった。
 
 このところ私は、
 
 
 「世界のあらゆる語学をちょっとだけやる」
 
 
 ということにハマっており、チョコザップならぬ「チョコ語学」である。
 
 ここまでフランス語ドイツ語(学生時代の復習)、スペイン語ポルトガル語
 
 アラビア語挫折したものの、トルコ語イタリア語もクリアし、今はオランダ語をかじっている。
 
 数だけ並べればなかなかだが、クリアしてるのは中2程度。けど、こんなものでも、
 
 


 

 Bedorven vrouwen houden van dunne boeken.
 (
腐った女性は薄い本が好きです)

 


 Het luisteren naar Ondoors is erg moeilijk.
 (オンドゥル語の聞き取りはとても難解だ)


 
 Hij zal zichzelf na 30 minuten ophangen. Na 40 minuten zal hij levend verbranden.
 (彼は30分後に首をつる。40分後に火あぶりになる)

 



 
 
 くらいなら、辞書を参照すれば読めるようになるのだから、なかなかのものである。
 
 ではここで、なぜヨーロッパ系言語の中で比較的マイナーなオランダ語などやっているのかと問うならば、それは「言語的距離」の問題。
 
 スペイン語ポルトガル語とか、ロシア語ウクライナ語のように、距離が近いと似ているため習得がラク
 
 日本語話者がアラビア語タイ語をやると、文字文法も違うため大変だが、転勤や進学で東北九州に住めば、
 
 
 「津軽弁」

 「鹿児島弁」
 
 
 という難解な「言語」でも、そのうち理解できるようになるはず。
 
 それはベースが日本語という「同じ言葉」だからで、デンマーク語スウェーデン語とか、ポルトガル語ブラジルポルトガル語のように「血縁」関係の言語はハードルが低くなるのだ。
 
 そこで、学生時代ドイツ語をやっていた私は、おさんのオランダ語をやれば気楽であろうと手を出して見たら、やはり似ているのだった。
 
 これにを占めて、他にも「生き別れのきょうだい」を探してみたら、ノルウェー語とかアフリカーンス語などに加えて、
 
 
 「イディッシュ語」
 
 
 これが出てきたのである。
 
 イディッシュ語と言っても、世界史や外国語に興味がない人にはなんのこっちゃかもしれないが、ドイツ語学習者には、わりと聞く機会の多い言語。
 
 主に東欧ユダヤ人が使っていた言葉で、ドイツ語をベースにヘブライ語アラム語スラブ語の影響を受けている。
 
 ヘブライ文字を使って、からに書くとか独特の仕様を持っているため、日本人にはなじみが薄く、またホロコーストで話者が激減こそしたが、文化的にはなかなかに重要な言語なのだった。
 
 私は学生時代に読んだ、沼野充義先生による『屋根の上のバイリンガル』で知ったけど、土台がドイツ語となると、ここにやってみてもいいかも。
 
 ということで、さっそく「イディッシュ語 ドイツ語」などで検索してみると、やはりいろいろと出てくるのであった。
 
 たとえば、こんな動画。 
 
 まずは開いた瞬間、頭の中が「??」である。
 
 イディッシュ語の文章が並んでいるのだけど、文字がヘブライ文字なので、なにが書いてあるか、さっぱりわけわからん。

 

 

 

 

 これがイディッシュ語のアルファベット。
 
 うーん、外国語やなーという感じなのだが、それを先生に朗読していただくと、きっとドイツ語学習者は「およよ?」となるにちがいない。
 
 
 「これ、ドイツ語ですやん!」
 

 
 もちろん、こまかいところは違うんだけど、「und」とか「mit」とか「zusammen」とか「kinder」とか、モロにドイツ語の単語が並んでいる。
 
 文字が文字だけに、とっつきは悪いけど、これをラテン文字(ローマ字)で書いてくれれば、ドイツ語経験者には相当親しみやすいのではないか。
 
 こちらの比較動画を見れば、ますますドイツ語とイディッシュ語のソックリ度がわかる。
 
 ほとんど方言や。
 
 ドイツ語は地方色が豊かなので、結構方言がバラエティに富んでるし、「オーストリア・ドイツ語」や「スイス・ドイツ語」も独自の存在感を持っている。
 
 それとくらべても、かなりな「ドイツ語度」で、これはもうドイツ語学習者はぜひやるべきというか、ちょっとやるだけでマルチリンガルになれる魔法の言葉。
 
 簡単やんけ、イディッシュ語!

 楽勝や! 今年はグリーンウェルの加入で阪神100連勝、また日本一や!
 
 喜びいさんで、すぐさま「デザートイーグル作戦」を発動したかったが、残念ながら私がイディッシュ語をマスターする日は来ないだろう。
 
 それはアラビア語挫折したのと同じで、
 
 
 「文字がおぼえられない」
 
 
 中年以降の語学学習では、「新しい文字」の存在がネックである。
 
 なんせ記憶力が落ちているので、ダメなんだよなー。
 
 なので、韓国語タイ語といった魅力的な言語でも、切ることにしているのだ。
 
 ラテン文字か、ギリ漢字の国の言語でないと、まず文字でつまづいてしまう。情けなやトホホ……。
 
 というわけで、泣く泣くイディッシュ語は候補から消えることになった。
 
 アラビアユダヤ文化は興味こそあるので、マジでさわりだけでもやってみたいんだけど、アラビア語のときの、
 
 
 「マジで一歩も進めない」
 
 
 停滞ぶりのトラウマがあり、やはり手が出ないのだった。哀しい!

 

 

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必殺! 流星キック 島朗&米長邦雄&羽生善治 登場

2024年09月25日 | 将棋・好手 妙手

 一撃で決まると爽快である。

 将棋の特に終盤戦で、あざやかな寄せが決まったり、見事なカウンターで投了に追いこんだりする手があると、「ええもん見たなあ」と満足感を感じられるものだ。

 なにより、前回紹介した「羽生▲52銀」のように、私がなーんも検討とかしなくていいで、その意味でも楽チンですばらしい。

 

 


 1996年王座戦挑戦者決定戦

 谷川浩司九段島朗八段の一戦。

 谷川が四間飛車から藤井システムにすると、島も十八番の居飛車穴熊に展開。

 激しい攻め合いになって、この局面。

 

 

 

 

 先手玉は穴熊のハッチが閉まって、を渡さないかぎりは相当に詰まない形。

 なので、この一瞬でラッシュをかければ勝ちが決まるが、具体的にどう決めるかはむずかしそう。

 後手は飛車の横利きの守備力と、△41から△32への逃走ルートも開けている。

 控室の検討陣もいい手が見つけられず、先手があせらされているようだが、ここで島が見事な決め手を放つ。

 

 

 

 

 

 ▲62飛成、△同銀▲74角まで先手勝ち。

 スパッと飛車を切るのが明快で、の利きがすばらしく、これできれいな必至

 ▲61金までの詰めろに受けがなく、△61飛とむりくり埋めても、▲43桂△同飛▲52金まで。

 「光速の寄せ」のお株をうばう見事な一撃で、島が羽生善治王座への挑戦権を獲得した。

 


 

 島のさわやかな寄せに続いて、今度は豪快な寄せを。
 
 1993年の第11回全日本プロトーナメント(今の朝日杯)。
 
 決勝五番勝負を戦ったのは、米長邦雄九段深浦康市四段
 
 2勝1敗深浦が優勝に王手をかけての第4局
 
 相矢倉から、激しい攻め合いになってこの局面。
 
 

 


 
 先手玉もせまられているが、まだ詰めろではない
 
 なら、さっきの島と同じく仕留めるチャンスで、またここからの手が、いかにも米長邦雄という組み立てだ。

 

 


 
 
 
 
 


 
 ▲13角成△同桂▲33香がカッコイイ踏みこみ。
 
 ドーンとを切り飛ばしてから、手に入れたこめかみにぶっ刺す。
 
 これで後手玉は寄っているのだ。

 私は少年時代、名著『米長の将棋』がバイブルだったので、この寄せには「米長流やなー」と感動したもの。
 
 以下、△同角▲同歩成△同金▲42角△71飛▲38飛が気持ちよすぎる活用。
 
 

 


 
 △34歩▲31銀△同飛▲同角成△同玉に、▲34飛フライングソーセージが決まった。

 

 

 


 
 あざやかな舞でタイに持ちこんだ米長だが、第5局深浦が制して優勝を遂げたのだった。

 


 最後に1992年B級1組順位戦

 羽生善治王座棋王青野照市八段の一戦。

 羽生はデビューから各棋戦で高勝率を上げていたが、順位戦ではなぜかC2C1B21期ずつ足止めを喰らい(といっても、すべて8勝2敗の好成績での頭ハネだが)不思議がられていた。

 ようやく、たどりついたB1では、今度こそ「早く名人に」という期待に応え、6勝1敗独走態勢に。

 この青野戦でも終盤に勝勢になって、この局面。

 

 

 


 後手玉は裸にむかれて受けがない形だが、先手陣も△78飛一手スキがかかっている。
 
 うまく一手空けば勝ちだが、なにか駒を打ったりしても、△67歩成△77桂成で、かえって速くなる可能性もある。

 だが若き日の羽生は、その課題を見事にクリアしてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 


 ▲78角と打つのが、カッコいい切り返し。

 △78に打つ空間を埋めながら、これが遠く△23をにらんだ攻防の一手。

 △67歩成▲同角王手になるうえに、そのあと△78飛には▲同角とバックで取れるから、先手玉は絶対に詰まない

 青野は観念して、素直に△67歩成と取り、同角△56銀▲34歩投了

 将棋には、いい手があるもんですねえ。

 

 


 (渡辺明による「一撃」はこちら

 (その他の将棋記事はこちらから)

 

 

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クラウス・コルドン『ベルリン三部作』 皇帝とかスパルタクス団とかNSDAPとか空襲とか

2024年09月22日 | 

 クラウス・コルドン『ベルリン1919』『ベルリン1933』『ベルリン1945』を読む。

 ドイツの作家であるクラウスコルドンが、第一次大戦敗戦後の混乱期からヒトラーの台頭、そしてふたたびの敗戦による、その崩壊までを描いた『ベルリン三部作』と呼ばれる児童文学の大作である。

 こないだ、ドイツのドラマバビロンベルリン』を紹介したので、その流れで読み返してみたのだが、まーこれがおもしろい。

 舞台になるのはベルリンの貧民街ヴェディング地区

 主人公はそこに住む、ゲープハルト一家だ。

 第1部の『1919』は第一次大戦後、ヴィルヘルム二世の「ドイツ帝国」が崩壊した時代。

 カールリープクネヒトローザルクセンブルクに率いられた「スパルタクス団」の興亡と、混乱期の大人たちのやり取りを見つめる少年ヘルムート(ヘレ)・ゲープハルトの物語。

 第2部の『1933』は貧窮絶望が支配するドイツでNSDAP(ナチスの正式名称)が着々と勢力を伸ばすころ、共産主義にシンパシーを抱くヘレと仲間たちが、その流れに対抗する。

 だが彼らも一枚岩にはなれず、思想の違いから家族友人との間に齟齬が起きつつあり、ついには全体主義勝利する瞬間までを15歳ハンスゲープハルトが見つめる。

 第3部『ベルリン1945』。敗戦が決定的になったドイツで、空襲におびえながら生きるベルリン市民たちが、道端や防空壕でそれぞれの「総括」をする。

 

 ある者は「貧しさから逃げたかった」。

 ある者は「総統こそが救世主と確信したから」。

 ある者は「こうなるとわかってはいたが、勇気がなかった」。

 

 大人たちの言葉を、12歳の少女エンネゲープハルトはどう聞いたのだろうか。

 この三部作のすばらしさは、とにかく当時のドイツを描写する作者の手腕にある。

 物語自体もナチス共産党衝突や、ファシズムに対抗するヘレハンスの戦い、またナチ政権下の人々の様々なドラマなど盛りだくさんだが、とにかく読んでいてその地に足のついたリアリティーに引きこまれる。

 ゲープハルト一家が住む貧民地区の様子や、戦前のベルリンの雰囲気。

 人々の思想やその変遷食事部屋の描写など、その絵がまさに映像作品のように浮かび上がる。

 ミステリ作家アガサクリスティーの強みは、そのトリックや名探偵のあざやかな推理にくわえて、当時の英国風土文化風習を巧みに描いた「マナーノベル」としての魅力にもあるが、クラウス・コルドンの『ベルリン三部作』もまさにそれ。

 読んでいて本当に、20世紀初頭のベルリンにタイムスリップしたような気分に浸れる。

 NHK『映像の世紀』みたいで世界史好きの方には、とにかくオススメ。

 児童文学ということで、サクサク読めて長いのなんて全然気にならず、それでいて中身はギッシリと詰まってます。

 

 

 

 

 

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「歴代名人」なで斬り▲52銀 羽生善治vs加藤一二三&西川慶二 1989年 NHK杯 1991年 B級2組順位戦 村山聖vs森雞二 1997年 B級1組順位戦

2024年09月19日 | 将棋・好手 妙手

 「なんで、こんなメンドイことしてるんや!」

 

 パソコンの前で思わず声を上げたのは、不肖このであった。

 このところ数回、「詰むや詰まざるや」な将棋の終盤戦を紹介してみた。

 私はここで将棋のことを書くとき、ネタ探しみたいなことはせず、風呂の中や散歩中に

 

 「あー、なんかあんな将棋あったなー」

 

 唐突に思い出したり、またのタイトル戦など観戦中に

 

 「お、これなんか、昔に似たような形あったよな」

 

 なんてアンテナが反応したりと、行き当たりばったりな感じで書いている。

 なので、連想が連想を呼んで、こないだは「終盤の難解詰み」をリンクしていったら、もうこれが、すんげえ大変で。

 


 まずは、谷川浩司vs南芳一戦、超絶技巧の「限定合」。 

 続いて、久保利明vs羽生善治の、これまた「限定合」がからんだ「トリプルルッツ」。

 さらに加えて、「伝説の三段」こと立石径さんによる藤井聡太七冠クラスのウルトラ実戦詰将棋


 

 ネタ的に書いていて楽しかったけど、そのあまりの高度な手順に「検算」するのが大変。

 もちろんソフトにも頼ってますが、それでも気になる変化を全部つぶしていると、頭がおかしくなってくる。

 似たような局面が多いので、本当にこんがらがるのだ。

 もう、こんな生活イヤ

 ダメ男に尽くしてきた健気な女のごとく叫び声をあげた私は、もう検算のない世界へ行きたいと「一撃」な将棋を思い出してみることにした。

 私と同じく「実戦詰将棋」で頭がウニになった皆さまも、「一目でわかる」ホームランで、心をいやされてくだいませ。

 


 1989年NHK杯準々決勝。

 羽生善治五段加藤一二三九段の一戦。

 角換わり棒銀から激しい攻め合いとなって、この局面。

 

 

 

 次の手が有名すぎるほど有名な一打で、先手の勝ちが決まる。

 

 

 

 

 ▲52銀が見事な一撃。

 △同金▲14角△42玉▲41金で詰みだが、後手は受けがない。

 △42玉と逃げるも、▲61銀不成で左辺に逃げこめず勝負あり。

 私も当時リアルタイムでテレビ観戦しており、むずかしそうなところから一瞬で終わって「あらー」とビックリした記憶がある。

 
 「羽生くん(当時はまだそう呼んでいた)って、やっぱすごいんやなー」 
 
 
 子供ながらに感じたもので、その通り、この期の羽生はトーナメントで大山康晴加藤一二三谷川浩司中原誠という「歴代名人」を次々と破って優勝
 
 その強さとともに、「こういうドローを引き当てるスター性」でも話題になった。

 ここから私は、30年以上にわたって彼の将棋を追いかけることになるのだ。

 


 

 続いても羽生の将棋。
 
 1991年B級2組順位戦
 
 西川慶二六段との一戦は、羽生が先手で「中原流」の相掛かりに。
 
 


 
 
 


 図は西川が△82飛と引いたところ。
 
 私レベルだとここは▲85歩と打って、▲86飛から▲84歩と伸ばす。
 
 △83歩と受けさせれば満足だし、▲96歩▲95歩と伸ばして、▲94歩△同歩▲92歩△同香▲91角をねらう。

 それくらいが、ふつうだと思うが、羽生の発想はそのはるかを行っていた。
 
 次の手で将棋はお終いである。


 
 
 
 


 
 ▲71角升田幸三流に言えば「オワ」。
 
 △72飛には▲86飛とまわって、△71飛▲82飛成飛車金両取り。


 

 


 
 
 △62角とむりくり受けても、▲84歩とタラすくらいで、駒を全部取られて負かされるだけ。
 
 △83飛とでも逃げるしかないが、▲84歩△同飛▲85歩△83飛▲86飛


 
 
 
 


 

 これでもう、どうやっても後手の飛車は助からない。

 △95角▲96飛△94歩▲95飛△同歩▲72角まで、解説も必要ない明快な手順で羽生勝ち。

 

 


 

 トリをつとめるのは羽生のライバルであった村山聖九段の将棋。

 1997年の第56期B級1組順位戦の4回戦。森雞二九段との一戦。

 

 

 図は先手の森が、▲44飛を取ったところ。

 後手の穴熊は手数を伸ばすような受けが見当たらず、一方の先手玉は△36桂と王手しても▲17玉でつかまらない。

 森は勝利を確信していたろうが、ここからわずか3手投了に追いこまれる。

 

 

 

 

 

 △17角がまさに必殺の一撃。

 ▲同香△36桂

 ▲同玉△16香から、やはり△36桂で詰み。

 本譜の▲18玉にも、△16香と打って必至

 

 

 このときの村山は、前期A級から陥落

 しかも持病の悪化により、まともに将棋を指せる状態でないと医者から宣告されるという、非常にきびしい状態であった。

 本来なら休場して回復にあてるべきなのだが、それを拒んだ村山は、8時間以上におよぶ大手術に耐え復帰。

 再起にかけるB級1組順位戦でも、伝説的ともいえる丸山忠久七段との死闘こそ敗れたものの、その後も白星を重ねて見事1期での復帰を果たす。

 それにしても、あざやかな決め手。

 書いているだけで、さわやかな気分になれるし、なによりなーんも検討とかしなくていいのがすばらしい!

 

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オランダ語とドイツ語と英語の似ているところ

2024年09月16日 | 海外旅行

 前回の続き。

 オランダ語ドイツ語とは親戚というか、兄弟のような言語で、語彙や「名詞の」など多くの共通点がある。

 探せばまだまだ出てきて、こんなのも

 

 「活用が似ている」

 

 オランダ語には「格変化」なるものが存在する。 

 英語学習者には難解に感じる「不可思議な冠詞や動詞の活用」はドイツ語学習者にはお手の物
 
 私など「格変化萌え」なところがあって、それが複雑なほど「しんどくて笑ってまう」というマゾの喜びを感じてしまう(暗記できるとは言ってない)。
 
 たとえば、英語の「speak」は三人称単数のときのみ「speaks」になるが、これがドイツ語の「sprechen」だと、
 
 


 ich spreche(わたしは話す)

 du sprichst(君は話す)

 er/sie/es spricht(彼/彼女/それ/は話す)

 wir sprechen(わたしたちは話す)

 ihr sprecht(彼ら/彼女ら/それら/は話す)

 sie sprechen(あなたは話す)


  
 
 
 主語ごとに七変化する。
 
 一方オランダ語「spreken」だと、
 
 


 ik spreek(わたしは話す)

 jij spreekt(君は話す)

 hij/zij/het spreekt(彼/彼女/それ/は話す)

 wij spreken(わたしたちは話す)

 jullie spreken(彼ら/彼女ら/それら/は話す)

 zij spreken(あなたは話す)



 
 
 やっぱり似ている。微妙に違うが、「生き別れの兄弟」を疑うには十分の近さだ。
 
 他にも
 
 


 「動詞は原則、文の2番目
 
 「分離動詞」
 
 「再帰動詞」
 
 「助動詞の使用による動詞の文末移動



 
 
 などなど、「同じやーん」なルールは多々。
 
 


 Ik maak de deur op. (蘭)

 Ich mache die Tür auf.(独)

  (私はドアを開けます。)



 
 
 それぞれ「opmaken」「aufmachen」が分離していて分離動詞

 ムリヤリ英語にすると、「atlook」「forwait」みたいな単語が存在するみたいな感じ。
 
 


 Ik ga me vanavond voorbereiden op de toets. (蘭)

 Ich werde mich heute Abend auf den Test vorbereiten.(独)

 (わたしは今夜テストの準備をするつもりだ)


 


 
 「me」「mich」がそれぞれ英語で言う「myself」のような働きをする。

 これが再帰動詞で、「私は私自身に準備させる」みたな感じかな。
 
 


 Ik kan Engels spreken.(蘭)

 Ich kann Englisch sprechen(独)

 (私は英語が話せます)


 

 

 助動詞「kunnen(können)」によって動詞「sprekensprechen)」が文末に移動。

 英語では「I can speak English」だから、動詞の位置が違うのがお分かりであろう。

 こういうのを知っておくと、「言語の部屋」でやってた「ドイツ語からの直訳で英語をしゃべる奴」というコントのおもしろさがわかる。

 てかこれ、ドイツ語やってたヤツはみんな一回はやるよね(笑)。

 こういう共通点があるおかげで、オランダ語とドイツ語はカンのいい人なら、どっちかできれば、どっちもできそうに見えるほど。
 
 私レベルでも簡単な文章なら、半分くらいは、うっすら読めるんじゃないかなあ。
 
 これはいいぞ、楽勝やん!
 
 東京外大の先生はオランダ語の授業を履修したドイツ語学習者に
 
 
 「楽しようと思ってナメやがって」
 
 
 怒るそうだが、そらそうなりますわ

 少なくともギリシャ語とかヒンディー語よりも20倍くらい楽ですわ! ざまーみろ! 
 
 と意気込んだオランダ学習ではあるが、やってみるいくつか障害もあった。
 
 それは、あまりにも似すぎていて「飽きる」。
 
 これ、スペイン語のあとにポルトガル語やったときも同じだったけど、似すぎている言語は入りは楽だけど、続けるのは意外としんどい
 
 そもそも「学ぶ」ことの最大の楽しみは「新しいことを知る」ことで好奇心などを刺激されることである。
 
 そこを「兄弟」でこられると、さめるというか、
 
 
 チャーハンの次の日が焼き飯
 
 
 みたいな気分になるのだ。
 
 やはりそこは変化が欲しいというか、清楚な女の子と付き合ってたら、たまには奔放な子と遊んでみたい。
 
 まあ、オレは清楚ビッチが好きなんだけどね、て、そんなことはどうでもいいけど、とにかく「またか」という気にさせられるのだ。
 
 イージーモードと思いきや、まさかの伏兵が待っていたオランダ語。
 
 あと、オランダ語って世界一やりがいがない言語という説もある。

 オランダ人てば世界一レベルで英語がうまいから、オランダ語自体、あんまし必要とされないと。
 
 なんたって留学生にすら、
 
 
 「大学の授業も学生の日常会話英語で済ませられるから、オランダ語いらないッス」
 
 
 なんて言われる始末。
 
 テンションさがるなー。まあ、私は英語がうまいわけでもないから、別に関係ないか。

 

 

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