毒ヘビは急がない 屋敷伸之vs谷川浩司 2013年 第71期A級順位戦

2024年11月30日 | 将棋・好手 妙手

 「ここで1手、落ち着いた手を指せれば勝てましたね」

 

 というのは、駒落ちの指導対局で負けたときなどに、よく聞く言葉である。

 将棋というのは

 

 「優勢なところから勝ち切る

 

 というのが大変なゲームで、手こずっているうちに、いつのまにかおかしくなり、あせってあわてて、ついには逆転

 ガックリ肩を落としながら、

 

 「ここで1手、落ち着いた手を指していたら……」

 

 今回は、そういうときに参考になる将棋をご紹介。

 


 

 2013年の、第71期A級順位戦最終局。

 谷川浩司九段屋敷伸之九段の一戦は、世にいう

 

 「将棋界の一番長い日」

 

 で行われた戦いだ。

 順位戦最終局というと、それだけでも大きな戦いだが、この一番はそれにも増してドラマの要素をはらんでいた。

 それは、

 

 「谷川浩司、ついにA級から降級か」

 
 という話題でファンの注目を集めていたからだ。

  谷川といえば、十七世名人の資格を持つ大棋士だが、年を重ねるごとに常連だった挑戦権争いから、少しずつを見る戦いも経験するようになってくる。

 この期の谷川は、ここまでわずか2勝

 それでも、勝てば残留だが、負けると順位下位の2勝者2人とも負けてくれないと落ちてしまう。

 つまりは、ほとんど勝つ以外ないような状況だったが、ここで対戦相手の屋敷が見せた指しまわしが、すばらしいものだった。

 戦型は後手の谷川がゴキゲン中飛車を選ぶと、屋敷は居飛車穴熊にもぐる。

 中央でもみ合いがはじまり、むかえたこの局面。

 

 

 

 屋敷がを作っているが、谷川ものハンマーをぶん回して対抗。

 勝負はこれからに見えたが、ここから見せた屋敷の構想がうまかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲66歩と打つのが、気づきにくい好手。

 飛車の利きを止めてしまうため、一目は筋悪だが、これが形にとらわれない着想。

 △76金とかわしたところで、▲35歩を遮断。

 後手は△65歩と合わせるが、いかにも重い攻めで、そこを軽やかに▲28飛

 

 

 

 これでの行くところがない。

 これが▲66歩△76金の交換を入れた効果で、後手はを取られると▲85角痛打になって、とてももたないのだ。

 谷川は△66歩と攻め合いに活路を見出すが、さわやかに▲26飛タダ取り。

 それでも△67歩成と、と金を作って相当に見えるが、そこで待望の▲85角

 後手は両取り逃げるべからずで、△68とと食いつく。

 

 

 

 この局面、が取れそうな先手優勢だが、後手も穴熊のカナメである▲79をけずり、自陣も無傷で、まだ戦えそうに見える。

 ▲52角成▲76角でも先手が勝つかもしれないが、王手すらかからない穴熊からの「光速の寄せ」をねらう後手に、素直にターンを渡すのは相当に勇気がいるところ。

 だが、ここで屋敷はさすがという決め手を放つ。

 

 

 

 

 ▲29飛と引くのが、すばらしい落ち着き。

 遊び駒を活用する、まさに指がしなる手で、私もテレビで見ていて「ピッタリやなあ」と思わず声が出たものだった。

 


 「この手を発見して手応えを感じた」


 

 屋敷本人も自賛するが、それに値する局面だ。

 ここを単に▲76角△79と▲同銀△69飛成で、まだむずかしい。

 ▲29飛以下、△67飛成▲76角△同竜▲68金と局面をサッパリさせて先手勝勢

 

 

 

 

 こうなると、先手陣にイヤミがなくなって、後手の銀損だけが残る展開。

 下段飛車の守備力もすばらしく、これにはいかに谷川でも、どうしようもない。

 まさかの結果に、

 

 「谷川時代も終わりか?」

 

 騒然としたものだが、同じ2勝で順位下位高橋道雄九段と、橋本崇載八段が敗れたことによって、辛くも降級まぬがれたのであった。

 


(落ち着いた勝ち方に置いて、この巨人に勝る人はいない)

(その他の将棋記事はこちらから)


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