前回(→こちら)の続き。
力強すぎる受け将棋で、通算勝率7割超えのスゴ技を見せつけていた、若かりしころの木村一基。
となれば、当然次に期待がかかるのはタイトル獲得。
2005年度は竜王戦、2008年度は王座戦に登場するが、それぞれ渡辺明竜王に0-4、羽生善治王座に0-3のストレートで敗れる。
ただ、負けはしたものの、内容自体はそれほど悪い印象はなく、随所に王者たちを苦しめた場面もあり、スコアほどの圧敗感はなかったように思う。
そんな木村の大きなチャンスが、2009年だった。
まず棋聖戦では挑戦者決定戦で、初参加で勝ち上がってきた稲葉陽四段を下して挑戦権獲得。
返す刀で続く王位戦でも、初のタイトル戦を目指して2年連続挑決にあがってきた橋本崇載七段をしりぞけて、これまた挑戦者に。
ほぼ同時進行で行われたWタイトル戦で、一気に二冠獲得のチャンス。
この時期の木村は仕上がっていたのか、羽生善治棋聖相手に2勝1敗、深浦康市王位相手に至っては一気の開幕3連勝で、どちらもカド番に追いこむこととなる。
つまりこのときの木村は、6番連続でタイトル獲得の一番を戦うことに。
しかも2勝すれば二冠。
勝率7割の男が、ざっくりの超単純計算でいけば3割で棋聖・王位。
メチャクチャに割のいい話で、まあ1ゲーム差の棋聖はまだしも、王位は4連敗さえしなければいいので、これはもう「木村王位」誕生は、ほぼ決まりと見られたのであった。
もちろん、本人は勝ち切るまで安心できないだろうが、われわれ野次馬が呑気なことを言っていたのは、このときの木村が、かなりいい将棋を指していたせいもある。
当時話題になったのが、2勝1敗とリードを奪うことになる、棋聖戦第3局の指しまわし。
相矢倉から、先手の木村が玉頭の歩の突き捨てを放置する、らしい手から押さえこみにかかる。
この▲93桂なんかも、筋悪に見えて木村得意の「攻め駒を責める」手。
△91飛に▲83銀成と、飛車を押さえながら上部を厚くし、香にもプレッシャーをかけ、
「オラオラ、ボーっとしとったら全駒(すべての駒を取って完封勝ちすること)にしてまうどオラオラ!」
と鼻息も荒い。
全体的に先手の駒がイバッているというか、あの羽生善治相手にここまでオラつけるというのがスゴイ。
クライマックスがこの場面。
後手も必死の手作りで馬ができ、なんとか上部脱出は防げたように見える。
だがここで、先手に決め手がある。
それも、木村一基にしか指せないであろう、力強くも個性的すぎる一着だ。
▲87飛と、こんなところに打つのが、木村のすごみを見せた一手。
こういうところで銀を打つのは、俗に「ヘルメットをかぶる」なんていうけど(どうでもいいけど「銀のヘルメット」っていったら『インデペンデンス・デイ』が思い浮かんでしまうなあ)、飛車のヘルメットなんて聞いたこともない。
けど、これで後手に手がまったくないのだから、恐れ入る。
△同馬は▲同玉で、盤上に後手の駒がまったくなくなり、今度こそ入玉ロードが防げない。
△59馬と逃げるが、▲97玉、△83歩に▲85成銀として先手玉は安泰。
そこから、△84桂、▲89飛、△58歩、▲87玉、△14歩(!)。
この△14歩というのが、これまたすごい手。
後手は香を1枚補充したところで、なにが好転するわけでもない。
先手はどこかで、▲68歩と打って馬を無効化すれば、100回やって100連勝できる不敗の態勢。
いやそれどころか、ここで1手パス、いやさ2手くらい先手がパスしても、後手に勝つ手はないかもしれない。
タイトル戦で羽生相手に、こんな勝ち方ができるのもすさまじいが、「姿焼き」状態で投げるに投げられないとはいえ、この歩を突いた羽生もまたすごい。
なにがすごいか論理的な説明はまったくできないが、意味はなくとも、なにやら感慨深い、このシリーズのハイライトともいえる局面だ。
こんな勝ちっぷりを見せられたら、そりゃもう「木村王位・棋聖」は決まりと前祝いしてもおかしくないのが、わかっていただけると思うが、ここから夏のシリーズは、まさかの展開を見せることとなるのだ。
(続く→こちら)