巨人伝説vol.9 受けつぶしの「▲67金」 大山康晴vs谷川浩司 1992年 第50期A級順位戦

2022年01月13日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 降級をかけた一番で、絶体絶命の将棋を「大山哲学の集大成」のような手で逆転

 またしてもA級残留を果たした大山康晴十五世名人(第1回は→こちらから)。

 

 

 何度見てもすごい▲69銀。

 

 

 ここでもう1年しのげれば、夢の「70歳A級」になるわけだが、この期の順位戦は降級どころか、まさに

 「ウィニングラン

 と呼んでいいような展開となった。

 

 「A級から落ちたら引退」

 

 と話題を呼ぶ中、大山はここで負ければ試合終了というピンチを、圧勝から大逆転まで、様々な形でクリアしてきたわけだが、まあ今年も降級をおそれながらの戦いになることが、予想されるところ。

 どころか、一度は克服したはずの肝臓ガン再手術をリーグ途中で余儀なくされるなど、不運も重なることに。

 ふつうなら、とてもトップ10プレーヤーたちの激しい戦いに、ついていける体調ではなかったはずで、今年こそいよいよ……。

 というのが、レースの途中経過であったが、ここで大山はまたもや、あきれかえるような底力を見せる。

 なんと、1992年の第50期A級順位戦では、手術前の微妙な時期に、小林健二八段を得意の受けつぶしで圧倒するなど(その将棋は→こちら)、ケタ違いのパワーを発揮。

 その勢いのまま5勝3敗で、降級なんてどこ吹く風と、勝ち越しを確定させてリーグ最終日をむかえる。

 また、ラストの相手が、6勝2敗の谷川浩司竜王ということもあって、これに勝ったうえで、やはり2敗の高橋道雄九段が敗れれば、どうだろう。

 これは降級どころか、まさかの名人挑戦の目も出てくるではないか!

 もう、正直なところ感動を通り越して、あきれるしかないが、ともかくも、この大山のがんばりに将棋界は沸きに沸いた。

 なんといっても、最終戦には一般マスコミも多数取材におとずれ、ある人など、


 「こんな場面を取材することができて感激してます」


 現在、A級順位戦の最終局のことを、

 「将棋界の一番長い日

 と呼ぶのは、この「大山フィーバー」があった、数シーズンの流れからなのである。

 またこの将棋が、大山最晩年の傑作ともいえる内容で、観戦者をあきれさせることとなる。

 大山の振り飛車に、谷川は居飛車穴熊にもぐって戦う。

 大山と言えば、穴熊戦も得意としており、しかもその戦い方というのも、

 「藤井システム

 のように組まれる前につぶすのではなく、組ませて、じっくり押さえこんでしまうというもの。

 居飛車穴熊は駒がかたよっているため、ふつうはそれが有効な戦略で、実際AIなんかは、そうやって穴熊を完封してしまうと一時期話題を呼んだが、人間的にはそうではない。

 久保利明九段は、たしか美濃囲いで左の銀を▲45歩▲46銀と組む「真部流」について話していたとき、


 「振り飛車7・3リードの局面でも、1手ミスしただけで1・9の敗勢になることがあるのが、穴熊を相手にしてイヤになるところ」


 といった発言をしており、序盤で先取点を取っても、それをノーミスで逃げ切るのは、人間的にはほぼムリゲーなのだ。

 

 

 これが「真部流」の美濃囲い。

 格調高く、惚れ惚れするような美しさだが、それゆえに穴熊にくらべて薄く、人間的には「勝ちにくい」戦いを余儀なくされる

 

 

 だが、それを唯一やってのけるのが、大山康晴の指しまわしで、この将棋ではそれが炸裂することになる。

 まずは序盤の仕掛けのところ。

 双方しっかりと組み合って、この場面。

 

 

 

 

 後手が△35歩と、ちょっかいをかけたところ。

 ふつうは▲同歩だが、3筋にアヤがつくのはイヤな感じ。

 一目は▲64飛のさばきだが、それには返し技があるため、そこは気をつけないといけない。

 そのあたりのことを考慮に入れて、大山は次の手を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 ▲64飛と飛び出すのが、「おお!」という手。

 ここまで何度か書いてきたが、晩年の大山が負けるパターンに、

 

 「序盤から良くしようとして、そこで前のめりになって失敗」

 

 というのがあった。

 もともとの大山は超のつく慎重派だったが、年齢を重ねるごとに体力が落ちて、ガマンがきかなくなっていることが、その理由。

 もっとも、これは大山にかぎらない話だが、この場面ではそれが良い方に出た。

 この飛車走りには△45銀と取って、▲同歩△73角というのが、怖い筋。

 

 

 

 きれいな間接王手飛車がかかっているが、これには▲46角と打って、とりあえず受かっている。

 △64角▲同角で調子がいいから、後手は△34桂と土台の方を責めていく。

 

 

 

 

 ▲35角など逃げると、飛車がタダだが、▲37角と踏んばっても、△46歩と打たれて「オワ」。

 一見、ハマり形に見えるが、これはもちろんのこと、大山の読み筋。

 ▲63飛成と成って、△46桂▲同銀と取り返した局面を見てほしい。

 

 

 

 先手は角銀交換駒損だが、ができ、金銀4枚の「真部流」美濃囲いも美しく、また後手は△43金取りを受けないといけないため、手番もまわってきそう。

 後手の次の手は△52角なのだが、先手を取って守りたいとは言え、こんなところに貴重な大駒を使わせられれば、先手も満足だろう。

 悠々▲68竜と引き上げて、この自陣竜がまた、いかにも「受けの大山」のペースである。

 そこからも、大山は穴熊相手に、丁寧な手順を積み重ねていく。

 たとえば、この場面。

 

 


 △24歩と突いたのは、▲51歩成なら、待ってましたと△23角と転換する。

 次に△44金を取れば、角筋▲67にも届いていて、これは先手難局だが、大山は実に落ち着いたもの。

 

 

 

 ▲89歩と打つのが、おぼえておきたい手筋。

 後手は△23角と同時に、△95角から、△77角成と、二本目のムチを振り回して、突破してくるねらいもある。
 
 だから、△89同竜とさせて、その筋を消しておく。

 たった一歩で反撃の筋を消されて、くやしいことこの上ないが、△77角成を残して△79竜▲99が取れなくなる仕組み。

 かといって、ここで△99竜だと、▲89に残ったの利きをさえぎって、目一杯働くことになってしまう。

 まったく、うまいもので、この手の解説にあったのは、


 「大山はこういう、1円をコツコツためて、1万円にしていくような手を得意としている」

 

 少し進んで、▲43銀と打ったのも手厚い攻め。

 

 


 よく、勝勢になったところからの決め方や、不利になってからのねばり方に

 「棋風が出る

 なんていうが、これぞまさに大山流。

 △53金に、▲34銀成と、このあたりの制空権を確保し、△23角を防いでおく。

 後手は△52金と、懸案のと金のタネを取り払うが、▲同桂成△同角▲35成銀

 

 

 

 これぞまさに、「棋風が出た」場面である。

 大山将棋の特長として、よく語られるのが、


 「最初はバラバラだった金銀が、戦いながら自然に、玉の周りへと集まってくる」


 金銀四枚美濃に、成銀までくっついて、これはもう固さでは、後手の2枚しかない穴熊よりも勝っていると言っていい。

 なにより「厚み」が違って、後手からすれば、どこから手をつけていいのやらサッパリである。

 そこからも、大山は落ち着いた指しまわしで優位を持続させ、快勝かと思われたが、最後の最後に少しばかりドラマがあった。

 クライマックスが、この場面。

 

 

 

 

 大山が▲53歩成としたところだが、これが波乱を呼びこんだかもしれない手。

 控室の検討陣から大盤解説場のお客さんたちまでが、一斉に悲鳴を上げた、すごい踏みこみだったのだ。

 

 (続く→こちら

 

コメント (2)
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