決意の「不正義」 中村太地vs郷田真隆 2013年 第61期王座戦 挑戦者決定戦

2022年08月07日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 若手棋士がタイトル戦に出てくると、ワクワクする。

 それはイキのいい将棋を見られるだけでなく、結果次第では

 「歴史の目撃者」

 になれる可能性があるからだ。

 かつての「羽生善治竜王」「屋敷伸之棋聖」「郷田真隆王位」「藤井猛竜王」「広瀬章人王位」「高見泰地叡王」「藤井聡太棋聖」などなど。

 正直なところ、開幕前はそこまで行くと思ってなかったり、タイトルホルダーのほうが各上で「まだかな」と思わせるような新鋭が、本番で思った以上の活躍を見せると、こちらも「おお!」と身を乗り出すわけだ。

 平成以降は「羽生世代」が席巻していてトップ棋士の層も厚く、なかなか新しい風を吹きこませるのは難しかったが、2010年代にはちょこちょこ、そういう例も見られるようになって、こちらとしても期待が高まったのである。

 

 2013年の第61期王座戦

 羽生善治王座に挑んだのは23歳の若武者、中村太地六段だった。

 中村は17歳でプロデビュー後、新人王戦で準優勝、竜王戦6組優勝など、その活躍が期待される好成績を残す。

 そんな中村が爆発したのは、早稲田大学を卒業してすぐだった。

 まず2011年に、40勝7敗の勝率8割5分1厘勝率1位賞を受賞。

 このときは中原誠十六世名人のもつ年間最高勝率を抜く勢いで、しかもそれがフロックでないことを証明したのが、翌年の棋聖戦

 佐藤康光森内俊之というヘビー級を倒した上に、挑戦者決定戦でも難敵深浦康市を破って挑戦者に。

 5番勝負こそ、ストレートで敗れたものの、随所に中村らしい強い踏みこみも見られ、次が期待できる内容であった。

 それに応えるように、翌年の王座戦でも挑戦者決定戦に勝ちあがる。

 ここでの将棋が、ちょっとした話題になったので、本題に入る前に少しばかりふれてみたい。

 この挑決で、中村と反対の山から勝ち上がってきたのは郷田真隆九段

 タイトル獲得経験も豊富な郷田は、もちろんのこと超強敵で実力を試されるところだったが、ここで中村はいい将棋を披露する。

 相居飛車の戦いから、むかえた中盤戦。

 


 盤上でよく利いている角をねらったところだが、この次の手が「郷田流」と歓声が上がった一着だった。

 

 

 

 

 


 △55角と出るのが、「スーパーあつし君」こと宮田敦史六段もうなった剛直な一手。

 ▲同銀なら△同銀で、△38銀のねらいも残り、6筋の拠点の味もあって攻めがつながると。

 この手に中村は、ひるむことなく▲71角と強気の攻め合いで、郷田も負けじと△76歩

 

 

 この2人らしい、強情ともいえるたたき合いだが、寄せ合いのさなか、▲24歩が観戦者を感心させた突き捨て。

 

 


 この形は△同銀と取られると、△13の地点に玉の逃げ道ができるから不満としたものだが、ここでは▲53角成(本譜は▲54馬から)から▲31銀と打って▲22歩の筋で、寄せ形が築ける。

 こうなると、△22への利きが減ってしまう△24同銀は指しづらい。

 かといって△同歩は玉頭に穴ぼこができ、▲43銀から▲34銀成が詰めろになって負け。

 本譜の△同金も「金はななめに誘え」で守備力が激減で、郷田も「しびれてます」と認めた。

 後手はどれでも取る形がなく、それを見越した▲24歩は、さすが中村の力を示した一着だった。
 
 その後、中村の寄せが決まって勝利は確定だが、ここでちょっとした事件が起こった。

 次の図を見てほしい。

 先手の勝ちはわかっているが、では具体的にどう指しますか?

 

 

 腕自慢の方なら「詰みっしょ」と声が出たかもしれないが、そう、後手玉は詰んでいる

 ▲22金から入って、△同銀、▲同銀成、△13玉。

 そこで▲12成銀と捨てるのが手筋。

 

 

 

 △同香▲22銀まで。

 △同玉しかないが、そこで▲13歩、△同玉、▲22銀、△12玉に、▲14香、△同金、▲13歩、△同金、▲21銀不成まで15手詰め。

 長いようだが、空間は狭いし、詰将棋や実戦でも頻出する形だから、私でも解けるくらいだ。

 そんな、アマ初段クラスの詰将棋のはずだったが、なぜか中村太地はこれを選ばなかった。

 その代わりに、▲22金、△同銀に▲同銀不成必至をかけたのだ。ここで郷田は投了

 同じ勝ちだから、どっちでもいいっちゃいいのだが、ここで興味深いのは、中村自身この詰みが、ふつうに見えていたということ。

 そらそうであろう。私なんかでもクリアできたんだから、こんなもんプロなら0、1秒である。
 
 そこをわかったうえで、なぜにてスルーしたのかと問うならば、本人が言うことには、

 


 「あえて、この手を選んだ心境を見てほしい」


 

 中村が詰みをわかっていながら詰まさなかったのは、ハッキリ言えば万に一つの見落としを警戒したわけだが、それは「フルえた」ともいえる。

 その意味では、中村の勝ち方は疑問符が付くわけだが、逆に言えばそのリスクを背負っての決断ということ。

 もしかしたら、怒られたり、笑われたりするかもしれない、という覚悟もしたで、あえて「詰まさなかった」としたら、それはたしかに勇気のいる選択だったかもしれない。

 中村太地の言っていることに、筋は通っていない。

 が、彼ほどの男が、こういう極めて非論理な主張を盤上で示したことは、逆にすこぶる興味深いとも言える。

 たしかに「フルえた」と取られるかもしれないが、それにもまして、勝ちたかった。
  
 なら、その想いは5番勝負で存分に見せてもらえるのでは、と期待したくなるではないか。

 相手は王座戦と言えばこの人の、羽生善治王座で、昨年度のリベンジの意味もこめての注目カードとなったのである。

 

 (続く

 

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