カーテンコール 羽生善治vs中村太地 2013年 第61期王座戦 その4

2022年08月11日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 2013年の第61期王座戦は、挑戦者の中村太地六段が、羽生善治王座2勝1敗とリードし、奪取に王手をかけている。

 千日手指し直しになった第4局

 角の王手に応手は2つだが、片方はで、もう片方は

 To be or not to be. まさにシェイクスピア悲劇のごとく、頭をかかえたくなる場面だ。

 

 

 

 時間がせまる中、選択をせまられた羽生は△73玉とよろけた。

 これは正解だったのか。どっちだ。

 答えは「激戦続行」だった。

 当初の読み筋では、羽生は△72銀で詰まないと見ていたそうだが、もしそのまま銀を打っていれば、▲95桂、△73玉、▲72角成、△同玉、▲83金、△62玉。

 そこで▲51銀と捨てるのが、うまい手。

 

 

 

 単に▲82飛成△51玉で逃げられる。

 先に▲51銀と退路封鎖して、△同金、▲82飛成、△61玉、▲72竜まで、後手玉はピッタリつかまって「中村王座」誕生だった。

 いや、結果論的に言えば、そもそも後手玉はその前にとっくに詰んでいた。

 

 

 

 これは冒頭▲61角と王手した図の、少し前の局面。

 ここから、▲83銀、△同玉、▲81飛、△82銀、▲67馬、△同歩成、▲61角と進むのだが、銀を打つ前に、ここで▲64桂と捨て駒をしておけば、後手玉は詰んでいたのだ。

 △同金の一手に、そこで▲83銀から同じように進めれば、後手玉は△64の地点が埋めつぶされて逃げられず、そこでお縄だったのだ。

 とはいえ、それはそれで△63から△54と抜け出すルートを作るようにも見え、指しにくいところではある。

 ギリギリのところで「指運」の良さを見せた羽生だが、まだ後手玉は赤信号が灯ったまま。

 警告音が盤上に鳴りまくる中、△73玉に▲82飛成と追って、△64玉(ここに逃げられた!)から懸命の逃走劇に▲65歩、△54玉、▲43銀

 取れば詰みだから、△55玉

 わずか蜘蛛の糸一本でつながる驚異の空中脱出ショーだが、▲56歩△65玉で、ふたたび先手に、ハッキリとした勝ち筋が出現した。

 

 

 

 寄せにいくか、それともなにか攻防手のようなものがあるのか。

 1分将棋の中、中村太地は懸命に「王座」の王冠が入ったつづらを探すが、ここで放った▲57桂の王手が、あと指一本で届くはずだった栄光を逃す敗着だった。

 ここでは▲66歩と打てば、先手が勝ちで「中村王座」だった。

 △同と、▲同銀、△同玉、▲67歩王手しながら自玉を安全にしていくのが、玉頭戦の手筋。

 

 

 後手がどう応じても、▲58金とか▲78金とか、▲57桂とか▲68桂とか、先手先手で味方の駒を増やして詰まないようにし、最後に△52に落ちているを取れば明快だったのだ。

 ▲57桂では、後手玉が△56△47△36と右辺にスルリと逃げ出す形で、つかまらない。

 そこでついに力尽き、中村太地が投了。勝負は最終局に持ち越しとなった。

 まさに大熱戦の中の大熱戦

 シーズン終盤のA級順位戦最終局三浦弘行九段久保利明九段の一戦にまくられるが、それまでの年間「名局賞」候補は間違いなく、この将棋なのだった。

 このシリーズに惚れこんだ私は、5番勝負の特に第1局第2局、そしてこの第4局を何度盤に並べたか、わからないほどだ。

 羽生善治は強い、そして中村太地もそれに、決して負けていない。

 これで勝負はフルセットにもつれこんだ。

 ここまで、すばらしい将棋を見せてもらった以上、もう結果がどっちに転ぼうが、祝福の拍手をする準備はできている。

 泣いても笑っても、すべてが決まるこの一番で、後手になった中村は得意の横歩取りに誘導。

 中終盤の戦いもおもしろかったが、やはりこの将棋は最終図が語られるべきであろう。

 

 

 

 ▲61角まで、中村が投了。

 私は「形づくり」のようなものにさほどこだわらず、特に若手棋士は1手詰めまで、がんばる根性を見せてもいいと思っているが、ことこの将棋にかぎっては、この投了図を選んだ中村太地が「正解」であろう。

 羽生王座は強く、中村六段もまた、すばらしい将棋を見せてくれた。

 両対局者の所作は優雅で、将棋も洗練されながらも、中終盤は汗が滴るくらいに熱く、どちらもすべての力を出しつくした好局ぞろいだった。

 一言で言えばクリーンで、羽生さんたちが作ってきた「平成の将棋」って、こんなんなんだよなあ。

 そして、この流れが今の「藤井聡太」登場につながるのだ。

 まだ無頼のイメージが強かった将棋の世界を、知的でスマートなものに変えていったのが、羽生をはじめ、森内俊之佐藤康光郷田真隆といった「羽生世代」や中村太地といった棋士たちだった。

 まあ、この点は好みもあるだろうが、今の若手棋士たちが、そのレール上にいるのは、それこそ昨日順位戦の解説をやっていた、佐々木勇気佐々木大地のような人たちが、人気を集めているのを見れば一目瞭然だろう。

 そこにとどめのように現れた、藤井聡太というさわやかな存在は「正当な継承者」というイメージが強く、時代にもマッチしているように思える。

 ちなみに、このときこそ敗れはしたが、中村太地は数年後の2017年にふたたび王座戦に登場。

 今度は3勝1敗のスコアで羽生に勝利。悲願の初タイトルを手にするのだった。

 

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