前回の続き。
挑戦者決定戦の郷田真隆九段戦で、終盤、やや不可解な勝ち方ながらも、見事に勝利をおさめた中村太地六段。
昨年度の棋聖戦に続いて、相手は羽生善治王座(王位・棋聖)。
戦前の予想は「羽生有利」であり、それは棋聖戦のストレート決着を見ればそうなるところだが、若手棋士からすれば羽生相手に不利と言われたとて、「ま、そうですわな」くらいでろう。
郷田戦の決め方を見れば、中村太地の気合は並ではなく、その通り、この5番勝負は初戦から大熱戦になる。
中村先手で、羽生が一手損角換わりを選ぶ。
羽生の駒組にスキ有りと見て、挑戦者が果敢に仕掛けていくが、これが思ったよりもうまくいかなかった。
羽生がペースを握るが、手に乗って馬を自陣に引きつけたのが幸便に見えて疑問で、中村が盛り返していく。
中盤は挑戦者ペースに見えたが、この▲72馬と▲83から入った手がパッとしなかった。
ここでは▲84馬とすべきで、この歩を取ると△86歩などの反撃も怖いが、平凡に▲83成銀で飛車を取っておいて、それなら先手が指せていたたのだ。
羽生の次の手がうまかった。
△95歩と、ここから突くのが好手。
▲同歩と取られたら、次に▲94歩で飛車が死ぬからお手伝いのようだが、▲95同歩には△97歩とたらす。
▲同香に△98歩から攻めていけば、飛車は成銀と交換すればいいし、最悪捨てても後手陣は固い。
いわゆる「攻めてる場所がちがう」という形で、攻め合いのスピードは後手が勝つ。
中村は▲81馬と取り、△96歩に▲98歩と苦渋の辛抱だが、羽生は△95飛と軽快に浮いて、△25飛と展開。
まるで「さばきのアーティスト」久保利明九段のような空中アクロバットで、取られそうだった飛車が大海に泳ぎだし、
「さすが羽生さんやなあ」
感心することしきりだが、中村も右辺に駒の壁を築いて容易には負けないぞ、とかまえている。
若者らしい泥くさい戦い方で、勝敗にかかわらずこういう「根性見せる」ことは大事である。
そこからゴチャゴチャやっているうちに、羽生が決め手を逃したようで、中村に勢いが出てきた。
▲15金と打つのが、角取りに当てながら、後手の上部をおさえる好手。
困ったように見えるが、ここで羽生は△53角と引く。
この角はさっき、▲99にある香をねらって△44角と打ったばかりだから、ほとんど1手パスのような指し方だが、この逆モーションが意外にねばりのある指し方で、まだむずかしい。
△53角に対して、▲同竜、△同歩、▲42角としがみついたところに、この△41飛も頑強な手で、なかなか土俵を割らない羽生も、しぶといものだ。
こういう、わけのわからない戦いは大好きである。熱い!
先手からすれば後手玉はいかにも寄りそうで、それがなかなかという、時間がないと、あせりまくるところ。
先手が持てあましているようにも見えたが、どうやら、ここで決め手があるようだ。
後手はここで△23角の代わりに△16竜と取るべきで、それは次の手がきびしかったからだ。
▲25飛と直接打つのが、すべての体重をのせた渾身のハンマーパンチ。
他の駒がないからとはいえ、ドーンと大駒で行くのがド迫力。
以下、△同金、▲同金、△37とに、その裏をついて▲26桂と、壁にしか使えなかったはずの駒を活用するのが気持ちよい手。
これにはさしもの羽生も耐えられずダウン。ねじり合いを制し、これで中村が先勝。
やはり大勢について「羽生防衛」と予想していた私は、この力強い勝ち方を見て、
「あれ? なんか太地、棋聖戦のときより頼もしくなってね?」
と感じ、このシリーズへの期待は大いに高まったのであった。
(続く)