オーバーロード作戦 羽生善治vs米長邦雄 1994年 第52期名人戦 第2局

2023年02月12日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 米長邦雄名人羽生善治四冠(棋聖・王位・王座・棋王)が挑戦することとなった、1994年の第52期名人戦

 初戦は羽生が中飛車で快勝したが、米長のおとなしい様子を見ると、初回はまだ「球筋を見る」段階だったようで、第2局からは打って変わって激しく打ち合うことになる。

 戦型は角換わり棒銀から相矢倉模様に。

 羽生がを作って攻め駒を責めていけば、米長も▲55歩と筋の突き捨て、ヒモをつけながら中央から戦端を開いていく。

 

 

 

 先手の攻撃陣である飛角桂香が、目一杯働いている様が美しく、どう見ても熱戦必至ですばらしい。

 以下、△45馬に、▲15香△同香▲33歩△同桂▲54歩△同銀▲56金

 

 

 

 

 力の入ったねじり合いで、これで盛り上がらなけりゃあウソだ。

 この一戦は序盤、中盤、終盤ともれなくホットな戦いで、もう棋譜を並べているだけでも夢中になるが、たとえば▲14歩とタラしたこの局面。

 

 

 


 ここでは後手が△66銀不成飛車を取ったところだから、反射的に▲66同銀としてしまいそうだが、この一瞬にきわどく利かしを入れる。

 △77銀成取られると先手玉も相当うすくなってしまうが、そんなことはいってられんとギリギリの踏みこみ。

 羽生は△77を取るのは、▲同桂△21桂と受けたところで、1枚と手番を渡すから危険と判断し、単に△21桂と受ける。

 ここで襲いかかるのは駒不足だから、先手は▲66銀と取り返すが、ここで貴重な手番を手に入れた後手は△69銀から反撃。

 そこから双方、飛車を打ち合ってのスプリント勝負に突入したが、この局面がクライマックスだった。

 

 


 後手玉はまだ一手スキではないが、を渡すとその瞬間に詰まされても文句は言えない形。

 ただ攻撃陣は飛車角急所に設置されて、の持駒もあり、なにか寄せがありそう。

 どちらが読み勝っているか。まずは羽生が手筋を放つ。

 

 

 

 

 △86桂がこういう形で「筋中の筋」という一発。

 ▲同歩しかないが、△87の空間を開けたことが大きく、△69にあるの使い出が爆裂的に増した感じで、後手は△68金と追撃。

 

 

 

 これが詰めろできびしい手。

 ▲同金には△同飛成で、▲78合△87金

 

 

 

 ここに駒が使えるのが、△86桂の効果。

 ▲同玉に、△67竜の一間竜で詰み

 そこで米長は、サッと▲97玉と上がる。

 

 

 


 これも終盤の手筋で、それこそ羽生などはこういう手で身をかわすことによって、幾多の競り合いを制してきたが、ここは米長が魅せた。

 先手玉に詰みはなく、かといって△78金とせまると、▲同銀△同角成▲13銀で後手玉は詰み

 となると後手の攻撃陣は身動きが取れないことになり、先手が勝ちだと思いきや、ここで羽生が見事な寄せを展開する。

 

 

 

 

 

 


 △67金と、こっちの駒を取るのが妙着で、これを米長は見落としていた。

 ▲同金△88銀で詰み。

 かといって、後手玉に詰みはなく、本譜の▲13桂のように詰めろをかけても、やはり△88銀で詰んでいる。

 説明されれば簡単だが、ここは局面的にも手の流れ的にも、玉に近い▲78を取りたくなるところ。

 ましてや、終盤戦ではよりのほうが、詰みや必至などに使いやすいため、ここでヘリが旋回して、あえて銀を取るというのは相当に思いつきにくい。

 まさに「常識」「先入観」という壁にさえぎられた、その先にある宝を掘り当てることを、得意というより「使命」にしている羽生善治の面目躍如という一着だ。

 こういう負け方は応えるもので、とくに米長のような終盤力に定評のある棋士だと、その痛手も倍増。

 ▲97玉の早逃げがピッタリで勝ちのはずだったのに、その次の手が見えなかった。「読み負けた」ことは、ある意味敗北よりも、つらい事実だ。

 一局の結果は「時の運」だが、読み負けは「普遍的実力差」につながるからだ。

 こうなるとシリーズは完璧に羽生ペースで、第3局にも快勝し、あっという間の3連勝

 たしかに戦前の予想では、若き四冠王の羽生が有利だったが、それにしてもさすがの勢いである。

 正直、ここでは4タテもあるかなあ、なんて不穏なことも考えていたものだが、あにはからんや。

 「50歳名人」である米長邦雄も、

 「ここに来るまで、どんだけ苦労した思てるねん」

 とばかりに、最後の意地を見せ、逆に羽生を追いこんでいくのだ。

 

 (続く

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする