王の帰還 羽生善治vs渡辺明 2012年 第60期王座戦 その5

2023年09月01日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 渡辺明王座竜王羽生善治王位・棋聖が挑戦した、2012年度の第60期王座戦

 挑戦者の2勝1敗リードで迎えた第4局は、難解な終盤戦で羽生から△66銀という伝説的な一手が飛び出す

 

 

 

 

 これが渡辺の意表をつき、千日手が成立。

 指し直し局は、22時39分開始。

 両者疲れているだろうが、あぶないところを逃げた羽生の方が、元気が出るところだろうか。

 先手番というのも大きく、今度はオーソドックスな相矢倉を志向。渡辺も、それに追随する。

 

 

 相居飛車らしく、先手が仕掛けて後手受けに回る展開だが、この次の手が、それっぽい。

 

 

 


 ▲34銀と捨てるのが、このころ流行していた「銀損定跡」という形。

 大きな駒損になるが、後手の矢倉は△21がないため薄く、や3筋から突入されると、見た目以上にモロいのだ。

 

 「矢倉は先に攻めたほうが有利」

 

 とはよくいわれるが、まさにそんな形。

 後手が横歩取りとか、矢倉急戦とか右四間飛車とか、いろいろと戦型を工夫するのは、こういう流れで一方的にたたかれるのに、コリゴリしているからなのだ。

 △34同金▲55歩と突いて、△44金までが定跡手順の範囲。

 

 

 

 ここで次の手が、また感心させられる一手。

 

 

 

 ▲35歩とじっと伸ばすのが、佐藤天彦八段が披露したという構想。

 すでに銀を丸々1枚損しているのに、そこをあせらず、歩を進めておく。

 なんとも格調高い手で、たしかに「貴族」天彦らしく見える。

 さらには、△55金の進出に▲34歩(!)。

 

 

 


 先手陣も、そろそろ火がついてきそうなのに、これまた悠々と歩を進める。

 しかも、先手から▲34桂と打てるところなだけに、二重の意味でビックリ。

 これで先手が主導権を握って、指せるというのだから、相矢倉の後手番というのは大変であるなあ。

 以下、羽生は▲18飛と「スズメ刺し」に組んでを突破し、後手の陣形を破壊にかかる。

 渡辺は手に乗って左辺に逃げ出し、必死の逃亡劇だが羽生の攻めも的確で、難解ながら先手が押しているよう。

 

 

 

 後手はなんとか1手しのいで、△78銀成から△67金千日手で逃げたいが、ここからの羽生の勝ち方がド迫力

 

 

 

 ▲59銀と、自陣に手を入れる。

 飛車に当てて、これで後手の攻めは継続が難しい。

 △78銀成、▲同金に△46飛成と逃げるが、▲77銀とガッチリ入れる。

 

 

 

 △56角と必死の喰いつきにも、▲67銀ではじきかえす。

 

 

 

 ありあまる金銀を、おしげもなく自陣に投入し力ずくでの防戦。

 あのいつも泰然とした羽生善治が、こんなにも必死になるのだ。

 なんだか、古い戦争映画だったか、アニメのセリフを思い出しちゃったよ。

 

 「落ちろ! 落ちろ! 蚊トンボめ!」

 

 ここまでされては、さしもの渡辺もなすすべがなく、△45角と逃げるしかないが、▲44金から羽生が制勝

 これで羽生は、3勝1敗のスコアで、前年取られたばかりの王座に返り咲き

 と同時に渡辺の「一強時代」突入に待ったをかけ、戦国時代の継続を決定づけた。

 その後、羽生と渡辺はタイトル戦で何度も出会うが、勝ったり負けたりの、ほぼ五分の戦いに。

 渡辺が三冠王名人になり、棋界の本当の頂点に立つのは、もう少し先の話となるのだ。

 


 ■おまけ

 (羽生と中村太地による王座戦の大激戦はこちら

 (羽生が渡辺と「永世七冠」をかけて戦った「100年に1度の大勝負」はこちら

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 

 

コメント (2)
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