前回の続き。
渡辺明王座・竜王に羽生善治王位・棋聖が挑戦した、2012年度の第60期王座戦。
挑戦者の2勝1敗リードで迎えた第4局は、難解な終盤戦で羽生から△66銀という伝説的な一手が飛び出す。
これが渡辺の意表をつき、千日手が成立。
指し直し局は、22時39分開始。
両者疲れているだろうが、あぶないところを逃げた羽生の方が、元気が出るところだろうか。
先手番というのも大きく、今度はオーソドックスな相矢倉を志向。渡辺も、それに追随する。
相居飛車らしく、先手が仕掛けて後手が受けに回る展開だが、この次の手が、それっぽい。
▲34銀と捨てるのが、このころ流行していた「銀損定跡」という形。
大きな駒損になるが、後手の矢倉は△21の桂がないため薄く、端や3筋から突入されると、見た目以上にモロいのだ。
「矢倉は先に攻めたほうが有利」
とはよくいわれるが、まさにそんな形。
後手が横歩取りとか、矢倉急戦とか右四間飛車とか、いろいろと戦型を工夫するのは、こういう流れで一方的にたたかれるのに、コリゴリしているからなのだ。
△34同金に▲55歩と突いて、△44金までが定跡手順の範囲。
ここで次の手が、また感心させられる一手。
▲35歩とじっと伸ばすのが、佐藤天彦八段が披露したという構想。
すでに銀を丸々1枚損しているのに、そこをあせらず、歩を進めておく。
なんとも格調高い手で、たしかに「貴族」天彦らしく見える。
さらには、△55金の進出に▲34歩(!)。
先手陣も、そろそろ火がついてきそうなのに、これまた悠々と歩を進める。
しかも、先手から▲34桂と打てるところなだけに、二重の意味でビックリ。
これで先手が主導権を握って、指せるというのだから、相矢倉の後手番というのは大変であるなあ。
以下、羽生は▲18飛と「スズメ刺し」に組んで端を突破し、後手の陣形を破壊にかかる。
渡辺は手に乗って左辺に逃げ出し、必死の逃亡劇だが羽生の攻めも的確で、難解ながら先手が押しているよう。
後手はなんとか1手しのいで、△78銀成から△67金の千日手で逃げたいが、ここからの羽生の勝ち方がド迫力。
▲59銀と、自陣に手を入れる。
飛車に当てて、これで後手の攻めは継続が難しい。
△78銀成、▲同金に△46飛成と逃げるが、▲77銀とガッチリ入れる。
△56角と必死の喰いつきにも、▲67銀ではじきかえす。
ありあまる金銀を、おしげもなく自陣に投入し力ずくでの防戦。
あのいつも泰然とした羽生善治が、こんなにも必死になるのだ。
なんだか、古い戦争映画だったか、アニメのセリフを思い出しちゃったよ。
「落ちろ! 落ちろ! 蚊トンボめ!」
ここまでされては、さしもの渡辺もなすすべがなく、△45角と逃げるしかないが、▲44金から羽生が制勝。
これで羽生は、3勝1敗のスコアで、前年取られたばかりの王座に返り咲き。
と同時に渡辺の「一強時代」突入に待ったをかけ、戦国時代の継続を決定づけた。
その後、羽生と渡辺はタイトル戦で何度も出会うが、勝ったり負けたりの、ほぼ五分の戦いに。
渡辺が三冠王や名人になり、棋界の本当の頂点に立つのは、もう少し先の話となるのだ。
■おまけ
(羽生と中村太地による王座戦の大激戦はこちら)
(羽生が渡辺と「永世七冠」をかけて戦った「100年に1度の大勝負」はこちら)
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