ついに歯医者に行くこととなった。
そんなもん、違和感あった時点ではよ行けよという話だが、こう見えて私も多忙な身。
仕事や雑用、あとフィジェットキューブをカチャカチャするのに忙しく、なかなか時間も取れないのだ。
そこで前回は歯痛に対して、
で対抗し、まさに木村一基九段か佐々木大地七段かという怒涛のねばり腰を見せるも敗北。
こうなるともう、さすがに打つ手はないか。
よし決めた。全国1千万のファンのためにも、ここはしっかりと歯を治すことにした。
私はここに歯痛撲滅計画、その名も「ベルシダー作戦」を始動。
嗚呼、なんという決断力、驚嘆すべき勇気。
時は来た。皇国の興廃この一戦にあり。おお、天気晴朗なれども猫ひろし。
必ず勝ちます、一人一殺、さらばラバウルよ。諸君は総力戦を望むか! 嵐よ起きよ!
ということで、しっかり歯磨きをしたうえで、駅前にある平安京歯科(仮名)に出かける。
いろいろ聞いてみたところ、昨今の歯医者はどこもきれいなところも多く、また歯科医も親切で、痛い治療もなるたけ避ける傾向があるという。
なるほど、それなら安心であり、実際この平安京歯科も普通の町の歯医者にもかかわらず、オシャレなカフェのような清潔さであった。
待合室にはリラックスできるヴァイオリン曲が流れており、受付の歯科助手さんも温和で、非常に快適である。
なーんや、こんなことなら、もっと早く来ればよかったやん。
すっかりくつろいだ気分で、ハンヌ・ライアニエミ『量子怪盗』など読みながら待っていたのだが、その平和な静寂はすぐさま破られることとなったのだ。
みんな大好き、「アレ」の音である。
きゅおうおつえおうえおいるえいjklgjlk!!
その瞬間、待合室の電球がうっすらと暗くなったように思えた。
特にどうということはないのだが、なにやらカーテンの奥で
「あってはならないことが起こっている」
という気にさせられるのだ。
さらにそこから、カエルをひきつぶしたような
ぐおごげぐごげええれえええjごいてゅfgry!!!!
などといった声にならない声が聞こえてくるにあたっては、頭の中で「退くことも勇気」という言葉がこだまする。
また、さらに場の空気を重くするのが子供の存在だ。
待合室にはお母さんと一緒に来た、小学校低学年の男の子がいたのだが、これがもう実に悲痛な表情でイスに座っているのだ。
そもそも私もかつてそうだったが、ガキと歯医者というのはウナギに梅干し、てんぷらにかき氷のごとく、食い合わせは最悪。
ドリル音がするたびに、ビクッと小さく反応し、こぶしを握り締め、ときおり身も世もないというため息をつくにおよんでは、
「え? 明日、この世界は終わるん?」
とでも訊きたくなるほどに悲壮な雰囲気で、やっとられんのである。ハンガリーのシャンソン『暗い日曜日』でも流したろうかしらん。
もう、気分は完全にこんな感じである。
そんな精神攻撃の嵐を喰らって、もうよっぽど
「今日は水着美女たちが車を洗ってくれる映画『ビキニ・カー・ウォッシュ』を観ないといけないんで帰ります」
とバックれたかったが、ちょうどそのタイミングで名前を呼ばれてチャンスを逸した。
いよいよである。なにかもう「赤紙が来た」といった空気感だが、行くしかない。
今から醤油の一気飲みをしても遅かろうと、丹田に力を入れ、「押忍!」と一声かけて堂々と治療椅子に座った。
(続く)