前回の続き。
「新世代到来」
「打倒羽生世代」
との期待を担いながらデビュー後、なかなかタイトル戦登場がなかった山崎隆之七段。
その殻を破ったのが、2009年の第57期王座戦。
挑戦者決定戦で強敵中川大輔七段に勝ち、ついに檜舞台で戦うことに。
相手は王座戦といえばこの人という、羽生善治王座(名人・棋聖・王将)。
戦前の予想は、やはり羽生有利。
ただでさえ名人をふくむ四冠を保持してるだけでなく、このころの羽生は王座戦を17連覇(!)しており、しかも直近4期では連続のストレート勝ち。
その相手も木村一基、久保利明、佐藤康光×2とヘビー級ぞろい。
対戦成績でも、ここまで山崎の2勝8敗と、どこにもスキは見いだせないのだった。
絶対王者に対して、若さの勢い(といってもすでに28歳だが)がどこまで通じるかだが、このシリーズはいろんな意味で、両者の持ち味が出た戦いとなった。
注目の開幕局は山崎が先手。
となれば当然、戦型は相掛かりだ。
山崎のトレードマークともいえる▲36銀型を目指して、この局面。
まだ序盤の駒組の段階だが、すでに山崎の異能感覚が発揮されている。
銀をくり出していく形に、羽生は△85飛と高飛車にかまえる工夫を見せる。
飛車の横利きを生かして、▲36銀にどこかで△35歩とする手など見せながら、先手の駒組を牽制しようというわけだ。
それに対して、山崎は▲68銀と角道を開けない工夫を披露。
この形だと、▲76歩には△88角成に▲同金しかなく陣形がゆがんでしまう。
つまりは「もう、角道はしばらく開けません」という宣言みたいなもので、▲76歩なら△86歩から、横歩をねらわれるのを警戒したか。
今の相掛かりだと、横歩を取られないよう、角道は閉じたままにするというのは普通にあるが、当時は山崎くらいしか指す気が起きない形だったろう。
ここからもふるっていて、▲68銀に△95歩と高飛車を生かして端から仕掛けると、▲同歩、△96歩に、▲38銀(!)と引く。
せっかく出た銀を引いて大きな手損だが、はてどういう意味が?
△95飛と端を制圧したところで、▲26飛(!)。
これまた「うーむ」という手順。
2手かけて上がった銀をアッサリ引くだけでなく、最初に引き飛車にしたのを放棄して、▲26飛と浮き飛車で受ける。
この間、後手に端を攻められ、穴も開いてしまっているが、それでも指せるという山崎の構想が、とにかくおもしろいではないか。
その後も山崎は、相掛かり独特のコクのある押し引きから、今度は1筋から端攻めを喰らっても、ゆがんだ形で受けとめる。
この▲18銀なんかも、見るからに悪い形に見えるが、この人にかかればむしろ、「山崎ペース」に見えるから不思議なものだ。
思い出すのは2004年の第35回新人王戦。
佐藤紳哉五段との決勝戦第3局で披露した、この形。
△12銀とへこまされたのが、見ているだけで士気が下がりそうだが、山崎自身は
「このゆがんでいるのが、自分らしい銀」
と見て悲観してなかったというのだから、やはり感覚がバグ……凡百の人とは違うのだ。
この将棋は中盤で山崎にミスが出て、そのまま押し出されてしまったが(ということは、ここまでは不利ではなかったということだ)、その個性は大いにアピールできた。
そりゃもう、ファンが見たいのはこういう将棋なんだからねえ。
ライムスター宇多丸師匠風に言えば、
「俺たちが自慢されたい山崎隆之」
魅せてくれますわ、ホンマ。
開幕局を先手番で失うという苦しいスタートながら、こういう将棋を見せてくれるなら、山崎には全然可能性ありと私は見ていたのだが、果たして第2局以降はどうなるのか。
(続く)