スフィンクスの謎かけ 谷川浩司vs南芳一 1989年 第14期棋王戦 第1局

2024年07月28日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 谷川浩司ブレイクするまでに、意外と時間がかかった印象があった。

 谷川といえばデビュー前から大器の誉れ高く、

 

 中学生棋士」

 「21歳名人獲得」

 

 ほとんど、最短距離で棋界の頂点へ駆け抜けた男。

 となれば、その歴史は「勝利の歴史」のように見えるが、実はこの名人獲得以降、次の頂点である「四冠王」までけっこう苦戦していた時期もあるというのは、リアルタイムで見ていてヤキモキしたもの。

 そう聞けば、

 

 「まあ、羽生さんがいたからねえ」

 

 という声が聞こえてきそうだが、それより以前に立ちはだかった男が2人いたのだ。

 一人は高橋道雄九段

 そして、もうひとりが南芳一九段

 中原誠米長邦雄といった先輩と同時に、この「花の55年組」のの重いライバルたちが、谷川の前進をはばむ。

 当初は高橋に苦しめられたが、その後はとタイトル戦で戦うことが増え、ここでも一筋縄ではいかない勝負を強いられてきたのだ。

 


 1989年の第14期棋王戦は、谷川浩司棋王南芳一王将挑戦

 関西同士のタイトル戦ということで話題を集めたが、これが第1局から熱戦になった。

 相矢倉になったが、後手の谷川がから仕掛けて、激しい戦いに。

 むかえた最終盤。 

 

 

 谷川が△67桂成を取って、先手玉にせまったところ。

 南の玉は受けがなく、なら後手玉を詰ます以外に手段がないわけで、南は▲31角王手する。

 △12玉▲13角成から、▲37にある桂馬の重しが頼もしくて詰むから、後手は△同金と取り、▲同竜△同玉に、▲61飛

 

 

  さあ、この局面をどう見るでしょう。

 一目、先手の持駒が豊富で詰みそうだが、果たしてそうだろうか。

 相手は「光速の寄せ」を売り物にし、詰将棋の名手である谷川浩司だ。

 そんな簡単に、詰みのある局面に誘導してくるはずなどもなく……。

 

 

 

 

 △41飛と打つのが、盤上この一手の限定合

 ここで△41金△41角は、▲32金△同玉▲43角の筋で詰まされてしまう。

 

 

 

 △同玉▲41飛成でカンタン。

 △22玉も、▲21角成△同玉▲41飛成で自然に追っていけば詰む

 この詰み筋が基本にあって、これだけなら我々もまあ理解できる。

 ポイントこの基本図になったとき、後手の駒がどこに利いていて、先手持駒になにがあるかが問題。

 この組み合わせによって、天国か地獄か大違いなのだ。

 △41飛なら▲32金から入ると、最後にがなくて詰まないから、今度は▲32銀から入る。

 △同玉▲43角△22玉とかわして、▲21角成△同飛(!)と取れるから詰まないのだ。

 

  ここで△21同飛と取れるのが、飛車合の効果。
 合駒が打だと、△同玉▲41飛成で簡単に詰んでしまう。

 

  「なるほどー」と感心することしきりの読みだが、話はここで終わりではない。

 不詰が見えた南は、▲41同飛成と取って、△同玉▲61飛と再度打ちおろす。

 

 

 

 これがまた悩ましい王手で、なにを合駒するのか。

 腕自慢の方は考えてみてください。今度もまた、これしかないという手で……。

 

 

 

 

 

 

 △51角と打つのが、ふたたび盤上この一手の絶妙手

 ふつうに△51金とハジくと、▲31金が送りの手筋で、△同玉▲51飛成

 以下、△41飛▲32銀△同玉▲43角で「基本図」と似ているが、やはり後手玉は捕まっている。

 

 

 △同玉▲41竜

 △同飛▲31金尻金仕留められる。

 これが△51金合

 ▲51飛成で、相手にを渡してしまうのがマズイのだ。

 この形は▲43角△22玉と逃げても、▲31銀△12玉▲22金と、やはりここでが使える。

 △同銀▲同銀成△同玉とバラして、▲21角成

 

 

  これも、さっきと似たような形だが、△同玉▲41竜

 △同飛(飛車)の位置がさっきと一路ちがうのと、△33がいなくなっているから、今度は▲42竜として一間竜の形でピッタリ詰む。 

 ▲61飛に今度△51飛も、やはり▲31金から、比較的簡単に詰まされる。

 ここはだけが安全な駒。

 ▲43角△同飛としたときに、先手の持駒にをあたえないことによって、▲22金からの王手や▲31金尻金を打たせないためだ。

 角合に本譜も▲31金からせまるが、△同玉▲51飛成

 

 

 ここでも、合駒を間違えば即終了だが、もはや神がかりの谷川はやはら誤らないのだ。

 

 

 △41飛が、みたびの限定合で詰みなし

 ここを△41金では▲32銀△同玉▲43角から△同玉▲41飛成

 △22玉▲21角成と「例のコース」で詰み

 飛車合のみ、▲32銀△同玉▲43角にやはり△同飛(!)と取って、先手の持ち駒に金がないから▲31金と打つ筋がなく負け

 

 

 ▲43角△同玉なら▲41飛成だが、△同飛で、を渡してないから▲31金が打てず指す手がない。

 

 

 手順ばかりで申し訳ないが、あまりにもすばらしい読みなので、ここで紹介したかったのだ。

 とにかく、この飛車飛車合駒は、すべてこれだけが正解という綱渡り。

 他の駒だと、一瞬でが飛ぶという、危険きわまりない場面だったのだ。

 似たような形で詰む詰まないが分かれているため、錯覚を起こしやすい筋もあろうに(こっちも検算していて、頭がこんがらがります)、それをすべてしのいでの勝利だから、このころの谷川の切れ味は異様だった。

 神業連発で初戦を制した谷川は、第2戦にも勝利しアッサリ防衛を決めるのかと思いきや、そこからなんと3連敗でタイトルを失う。

 いに当時の谷川は、こういうところで手間取ることが多く、その強さにもかかわらず、羽生善治の勢い飲まれそうになる遠因となったのであった。

 


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