斎藤慎太郎八段が、名人戦の挑戦者になった。
今期のA級順位戦は、降級者2人が早々と決まってしまい、最終日である「将棋界の一番長い日」の興味が半減したのが残念だった。
今年は羽生善治九段の星が伸びず、ちょっとやきもきするところもあって、もしかしたら「まさか」も考えられたが、最終日前に逃げ切ってしまったのは、さすがといったところ。
ホッとしたような、もうちょっとドキドキしたかったような。
ちょっぴり複雑な気分だが、ラストの盛り上がりを考えると、稲葉陽八段との直接対決の結果は、逆でもよかったかもとか、羽生ファンなのに不穏なことを考えたり。
一方、挑戦権争いはラストまでもつれて、関西のファンとしては斎藤八段の名人戦登場を期待だが、これが予想以上の大熱戦となる。
メインイベントのない最終日(A級順位戦の目玉は挑戦権よりも降級争いなのです)の物足りなさを、おぎなってあり余る内容で、大いに満足。
途中で、競争相手の広瀬章人八段が敗れたことがわかり、挑戦権の行方は早くも決まってしまったが、そのことも興ざめにならないくらいだった。
МVPともいえるのが、消化試合のはずだった佐藤天彦九段の指し回し。
中盤からジワジワと差をつけられる苦しい展開だったが、最終盤ではAIの評価値計算で「勝率8%」くらいのところから、しぶとい手を連発して、いっかな土俵を割る気配がない。
いわゆる、
「億単位で読めるレベルでは結論が出ているが、人間同士だと、ただの闇試合」
という熱戦の証ともいえる展開で、何度も「逆転か!?」と身を乗り出すシーンがあったから、いやもう楽しいのなんの。
「投了もあり得る」
と言われたところから巻き返し、「ん?」と身を乗り出す佐藤天彦と、めずらしく、怒ったように扇子をバシバシ鳴らす斎藤慎太郎。
AIの判定では「先手90%以上」だが、ホンマかいなという局面。
「貴族」と呼ばれる佐藤天彦がヨーロッパのそれなら、斎藤は烏帽子が似合いそうな和の面持ち。
そんな「平安貴族」のような青年が、あんなイラついたような様子を見せるとは、見ていて本当に驚いた。
この一局の、ハイライトと言っていいシーンかもしれない。
将棋の方は先手がいつ足をすべらせても、おかしくないところまで行ったが、最後の最後で▲37飛成と引き上げたのが、冷静すぎる勝着だったよう。
佐藤天彦の投了後の第一声が、まさにこの手のことだった。
あの、あせりまくる場面で、よく踏んばれたなあ。すごいよ。
斎藤といえば、その実力にもかかわらず(なにげに「中学生棋士」の目もあったのだ)、三段リーグで苦戦し関西のファンをやきもきさせたが、ようやっとここまで来たもんだ。
以前、NHK杯の羽生善治-豊島将之戦を解説した際、両対局者を評して、斎藤がこんなことを言った。
「この二人は【主人公】という感じがしますよね」
これには、聞き手の藤田綾女流二段と同じく、
「いやいや、アンタもそうですやん!」
思わず、つっこんでしまったもの。
もちろん、藤田さんは遠慮がちで、こんなお笑い口調ではありませんが、まあ感じたことは同様。
斎藤慎太郎、あなたもまた、どっからどう見たって、まごうことなき「主人公」キャラ。
それはもう、ここで「名人」になっても、なんの違和感もないほどの。
渡辺明名人との七番勝負でも、さわやかに、そして時にはこの将棋のように熱くなりながら、頂点を目指してがんばってほしいものだ。
(斎藤慎太郎の快勝譜編に続く→こちら)
(佐藤天彦の名局は→こちら)