歯は痛いけど、なかなか歯医者に行くことができない。
それは決してドリルにビビっているわけではなく、不正を憎む正義の心ゆえのことであることは前回、私の見事な論理により証明された。
ということで、残念ながら今回もスルーであるかとホッ……傷心に打ちひしがれながらも、とりあえず今日も歯が痛い。
というと、
「だからぁ、とっとと歯医者行けばいいじゃん」
などと、あきれられる向きもあるかもしれないが、前回も言ったように私は休みの日でも多忙を極めるのだ。
最近では仕事や雑用の合間をぬって、グラビアアイドルがサウナで汗まみれになっている動画を見るのにいそがしく、そこまで手が回らないのが現状だ。
いわば、いにしえのモーレツ社員かワーカホリック状態であり、「働き方改革」はどうなっているのかと政府に問いたいほどだ。
さらにいえば、歯が痛いからと言って、安易に歯医者に行ってもいいものだろうかという問題もある。
そんな反射のような行動にはクリエイティビティが感じられず、そういう型にハマった発想こそが、今の日本経済の停滞を招いているのではないか。
そこで社会派を自認する私も
「まず歯医者」
という思考停止を疑ってかかり、他の手段を模索したいということで、様々に頭をひねってみた。
そこで、今回採用してみるのが量子論だ。
参考にしたのはレイ・ヴクサヴィッチ『月の部屋で会いましょう』に収録された「彗星なし」(原題『ノー・コメット』)という短編。
小説の冒頭で主人公ティムは家族に対して、頭から紙袋をかぶるように言う。
なんでそんなことをするのかと皆がいぶかしがる中、彼が説明することには、もうすぐ謎の彗星が地球に衝突し、この世界は滅亡するという。
突然の破滅に対して、ティムが対抗策として持ち出したのが、
「量子力学のコペンハーゲン解釈」
「シュレディンガーの猫」で有名なこの仮説。むずかしいことは私もよくわからないから、ここにムチャクチャにザックリと説明すると、
「見ていないもの、というのは存在しない」
ということらしくて、だったら頭から紙袋をかぶって彗星を見なければ、
「そんなものはハナから存在しないんだよーだ、やーいバーカ!」
ということになるのだ。
彗星が存在しないなら、衝突からの滅亡もないわけで、世界は救われる。
これで、わざわざ南極に地球移動ロケットエンジンも作らなくてよければ、なんと安上がりなことか!
まさに天才的な発想であり、さっそく私もこれを取り入れようと、いつもお世話になっているしまむらの紙袋を用意してクライシスに備えた。
今回のターゲットは固いものを噛むと少し痛む右下奥歯と、熱いものをふくむとピリッとする左上の犬歯である。
特に熱いものに反応するのは、相当に悪くなっているとグーグル先生やChatgpt師匠に諭されているため、これをドリルなしで切り抜けられるのはありがたい。
ニュートン力学、敗れたり!
ということで、目隠しした状態でとりあえず好物の塩せんべいと、揚げたてのチキンナゲットをいただくことに。
もちろん、ふだんなら患部に激しく触れないよう警戒しなければならないが、敵の存在を丸ごと消し去ってしまうこの「リルル作戦」の発動により、そのような恐れはなくなった。
ということで、鼻歌でも歌いながらバリッ、もぎゅっと口に放り込んで、
POU!
……とりあえず、痛かった。
おかしい。量子論的には目隠しをしたことによって、虫歯や知覚過敏はあのシュレディンガーの猫のごとく、
「存在する状態であり、しない状態でもある」
ということになっていたはずなのだ。
ところが、どっこい生きてるシャツの中ではないが、虫歯だか歯周病だか知らないが、痛みはどうしても去ってくれないらしい。
猫、死んどるがな。フォン・ノイマン敗れたり!
これにはさすが、受験生のころは私立文系だった私もガックリきた。
人類科学の敗北。どうやら自力突破はここが限界のようだ。
口惜しいがポツダム宣言を受諾し、とりあえず歯医者に出かけたいと思う……。
て、いやもうマジで、はよ行けやオマエ。
(続く)