「さばく」という感覚は振り飛車の醍醐味である。
振り飛車という戦法は、いにしえの時代には長く、
「相手が攻めてくるのをただ待っているだけの、消極的な戦法である」
というネガティブなイメージを持たれていたが、指していて楽しいことはアマチュアに人気があることから、よくわかるところ。
なべても、押さえこまれそうになったところ、あれこれと手をつくして包囲網を突破したときのスカッと感は病みつきになるほどだ。
そこで今回は、そんな「さばき」の極意を見ていただきたい。
主人公になるのは、振り飛車党だが案外と「さばき」のイメージがないあのお方で……。
1972年の第11期十段戦(今の竜王戦)。
中原誠十段(名人・棋聖)と大山康晴王将の七番勝負。
大名人と、次代の大名人になるこの2人だが、このシリーズの大山は49歳で中原は25歳。
ちょうど立場が入れ替わりはじめたころで、少し前の名人戦で中原が勝利したことが大きく、そのころは大山三冠と中原二冠だったのが、今では中原が三冠で大山は一冠に。
大山としてはなんとかして押し戻したいところだが、ここまで中原が開幕から3連勝と一方的にリードを奪う。
このまま引き下がっては、本当に世代交代をゆるしてしまうことになるが、この将棋の大山は強かった。
大山の中飛車に、中原は中央に厚みを築いて対抗。
むかえたこの局面。
後手の中原が△99角成と成りこんだところ。
後手からは次に△89馬と桂を取るとか、△77歩成など様々な手があり、先手は急がされているが、ここからの手順が「さばき」の極意。
▲55歩と突くのが、軽い好手。
△同馬と取られて、急所に馬を引かせて、しかも王手になるのだが、そこで▲37角とぶつけるのが好感触。
△同馬に▲同金と取るのが、この際の形。
ふつうは▲同桂だが、この場面ではうすく、△46歩のタタキ(▲同金は△57角)も気になる。
▲37同金に中原は△77歩成とするが、▲48飛が▲37金型を生かして幸便な転換。
次に▲44歩が気持ちよすぎるので、後手は△46歩と止めるが、そこで一発▲73歩が手筋の好打。
△同飛に▲44歩と突いて、△同金に▲62角と流れるような手順で飛車金両取り。
飛車には一応ヒモがついてるから、△33銀と守るも、▲73角成、△同桂に▲77桂と取って、きれいなさばけ形。
「さばき」の定義はむずかしいが、イメージとしてはとっちらかった部屋をササッと整理してしまう「片づけ名人」みたいな感じ。
突破されそうだった7筋に憂いはないどころか、左桂も使えて、他の駒はすべて右辺でコンパクトにまとまっており、並べるだけでさわやかな気分になれる。
以下、中原も△64角と攻防に据えるが、そこで▲55歩がまた軽打。
△同金と重くさせてから▲51飛と打ちこんで好調子だ。
そこから中原も懸命の追い上げを見せるが、終盤で▲82竜としたのが落ち着いた好手。
ここで中原は△48金と攻め合ったが、△52金と取って△39角をねらうほうがアヤがあった。以下、先手が押し切ることに。
会心のさばきで1勝を返した大山だったが、第5局には敗れ挑戦失敗。
その後、最後に残った王将位も失い、「巨人」大山は無冠に転落してしまうのである。
(大山の愛弟子コーヤンこと中田功の芸術的さばきはこちら)
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