巨人伝説vol.7 総力戦 大山康晴vs青野照市 1991年 第49期A級順位戦

2022年01月11日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 1991年の第49期A級順位戦8回戦。

 負けたほうが降級一直線という、青野照市八段戦で、序盤に「一発」喰ってしまった大山康晴十五世名人(第1回は→こちらから)。

 

 

 

 この△57桂成で、一目ワザがかかっている。

 ▲同金と取るしかないが、△68角両取りが激痛。

 こんな軽率なミスで、引退を決めなければならないとは、なんたること。

 私だったら、もう泣きくずれるか、ふてくされて、とっとと投げてしまうかもしれないが、ここですべてをこらえて、グッとふんばれるのが「の一字」大山康晴だ。

 

 

 たとえば、▲63歩とたらしたのが、大山流のねばり。

 藤井猛九段によれば、

 


 「悪い時はいろいろな指し方があるが、▲63歩のようにぼんやり歩をたらす手は相当指しにくい」


 


 これが青野のあせりを誘い、疑問手が出たせいで、大山の逆襲をゆるしてしまう。

 だが今度は、ペースを握ったはずの大山が間違える。

 飛車を大きくさばくという、決め手を逃して、またも形勢は混沌

 青野は玉頭戦に持ちこみ、△33銀型左美濃の厚みを生かして、押しつぶしにかかる。

 

 

 

 大山は▲39玉から2枚のにして、懸命の防戦だが、ここでは平凡に△27銀打とすれば、先手玉はつぶれていた。

 その代わりに打った△59金が、逃げ道を封鎖しながらの銀取りで、よさげに見えたが、大山も▲37香から頑強に抵抗。

 △58金▲36香△35歩に、▲24歩△同玉▲44成桂と捨てるのが、うまい手順。

 

 

 △同飛▲32馬と、を取りながら強力なが飛びこんで、またも大山に形勢の針がかたむいた。

 抜け出したかに見えたが、先手が1手ゆるんだスキを突いて、今度は青野が猛攻をかける。

 

 

 

 △36桂と打って、△48金からバラし、手順を尽くして△47歩成と、ここで自陣の飛車にカツが入って、もうどっちが勝ちかわからない。

 かつて、先崎学九段は『週刊文春』の連載エッセイで、こう書いた。

 


 「将棋の戦いは華々しく見えるが、その本質は【地上戦】であり、沼の中での足の引っ張り合いにこそある」


 

 また、有名な郷田真隆九段の言葉に、こういうのもあった。

 


 「将棋は情念のゲーム」


 

 まさにそれを体現する、生身のぶつかり合い。

 順位戦は名人挑戦や昇級争いもいいが、真の醍醐味はまさにこういう「命がけの落としあい」にこそある。

 これぞまさに「勝負将棋」ではないか。

 両者延々と、暗闇で手探りするようにやり合いながら、むかえたのがここ。

 

 

 何度ひっくり返ったかわからない、今なら評価値の数字が、暴れ馬のように荒れ狂ったろう激戦も、とうとうクライマックスだ。

 将棋は大山が、ついに勝ちとなった。

 先手玉に詰みはないから、ここでは▲36銀と打っておけば試合終了。

 

 

 

 ▲33金、△54玉、▲64金までの詰めろだが、後手は受けがなかった。

 ところが、大山は▲45歩と、飛車取りに打つ。

 △同金でも△同飛でも、利かし得と見たかもしれないが、青野は無視して△77歩

 鈴木宏彦さんと藤井猛九段の共著『現代に生きる大山振り飛車』によると、大山はまさか、ここで飛車取りを手抜きされるとは、思わなかったらしい。

 双方、ギリギリの状態で戦っている中、またもや波乱が起きた。

 そしてそれは、大山の将棋人生を、いや将棋界の歴史そのものを、ゆるがすやもしれぬ、悪夢のような錯覚だ。

 ともかくも、▲44歩飛車を取るしかないが、青野は△54玉と、きわどくすり抜ける。 

 

 

 先手からすれば、自玉はほとんど受けなしだから、飛車を取った以上は、そこで詰みがなければ、おかしいことになる。

 ところがこの局面は、いろいろ王手しても、後手玉は意外と広く、5筋にかわす手もあるし、△35玉から、△25玉と桂馬を取った後、△24から△13へのルートが開拓されると、詰ますことはできないのだ。

 どうやら、そのあたりに大山の誤算があったようで、青野もしっかり読んではいたが、この場面で100%の確信というのも無理な話。

 

 「たのむから、詰まないでくれ!」

 

 心の中で、祈っていたことだろう。

 そして、詰みはない。なら大山の負けだ。

 大巨人に、とうとう終焉の時が来た。

 控室にいた、羽生善治佐藤康光先崎学神谷広志、そして自らも順位戦を戦い終え、観戦に加わった米長邦雄有吉道夫といった面々。

 そのだれもが、そう確信したときに、大山は16分の残り時間の14分を投入して、まさか、まさかという手を指したのである。


 (続く→こちら

 

 


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