「永世七冠」と100年に1度の大勝負 渡辺明vs羽生善治 2008年 第21期竜王戦 その3

2021年01月08日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 「永世七冠」をかけた羽生善治四冠が、渡辺明竜王を開幕から3連勝とリードしてむかえた、2008年の第21期竜王戦(第1回は→こちらから)。

 その第4局は、クライマックスをむかえつつあった。

 

 図は先手が、▲49銀と金を取ったところ。

 ここで△79角と打てば勝ちだったのを、渡辺は発見できず、代わりに△45金と打つ。

 一瞬の大チャンスを逃し、やはりダメかと、あきらめそうになったところだったが、代わりにまさかという筋が見えた。

 絶体絶命に見えた後手玉が、「アレ」で寄らないのではないか。

 △45金に、先手は▲47歩と打つ。

 △同成桂に、▲48歩

 後手はすがるように△37成桂、▲同桂、△同玉

 ここまできて、ついに渡辺は確信に近づいた。

 この玉は寄らない。やはり「アレ」になって寄らない! 

 羽生は▲45飛と金を取るが、ここで勇躍△89飛と打ちおろす。

 

 さあ、この局面。

 後手玉を詰ますことができれば、もちろん先手が勝ちだが、自玉がまだ詰まないので必至をかけても勝ち。

 ただし、△99飛成合駒請求に、▲98金を、残しておかなければならない。

 この条件の中、羽生が選んだ▲38金敗着となったと、このときは結論づけられていた。

 ここでは▲47飛とするのが有力で、それならまだ、これまた超難解ながらも戦いは続いていたという。

 ▲38金だと、△36玉、▲46金、△26玉で、▲27歩が「打ち歩詰め」で打てない!

 

 

 まるで長編詰将棋のような形で、これで後手はギリギリ助かっている。

 「打ち歩に詰みあり

 という格言があるように、こういう形は、なにか一工夫すれば詰むことも多いが、それもない。

 まさに奇跡的な綱渡りなのだ。

 羽生は秒読みの中、死に物狂いで打開策を探すも発見できず、▲98香と手を戻すが、△49飛成で逃げ切りが濃厚。
 
 ここで▲28金と寄って、▲38桂などをねらう手もあるが、これには△27銀とヘルメットをかぶって、▲18桂△16玉で、またも打ち歩詰め!

 

 

 先手も、せまい場所でもがくが、どこまでいっても作ったように、後手がしのいでいる。

 まさに「勝ち将棋、鬼のごとし」で、こんなミラクルな局面が、この大一番に連打するあたり、渡辺にツキがあったとしか、いいようがない。

 △49飛成に▲39歩と支えるが、△29銀と根元からけずって、▲28金、△39竜まで後手勝ち。

 まさかの結末で、ここから渡辺が息を吹き返し、一気にシリーズの行方は混沌としてくる。

 まだ1勝なのに、そんなことになってしまうとは「勝負の流れ」というものの怖ろしさを感じるが、それも納得という内容の勝ち方であったのは間違いない。

 ちなみに△89飛と打った局面は、『将棋世界』2020年5月号の「イメージと読みの将棋観」で取り上げられている。

 先に▲38金が敗着と

 「このときは結論づけられていた」

 と書いたのは、そこで木村一基屋敷伸之高見泰地藤井聡太といった面々が、

 

 「▲38金、△36玉に、▲41飛成がある」

 

 と指摘したから。

 

 

 これなら、後手の入玉を阻止できた上に、なにかのときに▲91竜を取ってしまえば、先手玉に寄せはなくなり、少なくとも負けは、ほぼなくなる。

 そこから後手玉を寄せにかかるか、自分も敵陣に入って体力勝ちをねらって、先は長いが羽生ノリだと言うのだ。

 さらには、ここにもうひとついい手を持ってきたのが、増田康宏六段で、▲38金を打たずに、単に▲41飛成でどうかと。

 これが、屋敷郷田真隆を感心させた手で(木村、高見、藤井の3人は▲41飛成に言及していないので、おそらく増田説を聞く前に取材を受けたのだろう)、やはり羽生「永世七冠」を決定づけたはずの幻の好手だったようなのだ。

 

 

  この飛車成は詰めろになっており、後手が△49飛成と押さえの駒を除去しても、▲47竜、△28玉、▲18金、△39玉に▲29金

 

 

 △同玉に▲27竜として、△39玉、▲28竜まで。

 △49の竜が邪魔駒になり、詰将棋のようピッタリ詰む。

 入玉形なので、▲38金と上部を押さえる手は相当魅力的に見えるが、これだと△36玉に、▲41飛成が一手スキにならないため、単に▲41飛成の方が勝る。

 この手が指せれば、ここで「永世七冠」が誕生し、4タテを喰らった渡辺が受けたはずのダメージを考えれば、その後の歴史は大きく変わっていたことだろう。

 羽生と渡辺のみならず、当時のトップ棋士たちも散々つつき回した局面に、まだこんな手が落ちていたとは……。

 将棋は本当に奥が深い。

 そして、まっすー強いぞ、すごいやん!

 

 (続く→こちら

 

 


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