今回ご紹介するのは「図書館の神様」(著:瀬尾まいこ)です。
-----内容-----
思い描いていた未来をあきらめて赴任した高校で、驚いたことに”私”は文芸部の顧問になった。
……「垣内君って、どうして文芸部なの?」
「文学が好きだからです」
「まさか」!……
清く正しくまっすぐな青春を送ってきた”私”には、思いがけないことばかり。
不思議な出会いから、傷ついた心を回復していく再生の物語。
ほかに、単行本未収録の短篇「雲行き」を収録。
-----感想-----
主人公は早川清(きよ)。
かつて、バレーボールがきよの全てでした。
中学校では県大会に、高校の時には国体に出場し、よい記録も残していたきよ。
将来は体育大学に進んで、ずっとプレイをするはずでした。
順調だった高校三年生のある日、事件が起こります。
臨時の全校朝礼でバレー部の同じ三年生の山本さんが自宅のマンションから飛び降りて亡くなったことが伝えられます。
キャプテンのきよが試合後のミーティングで、試合中にミスをしまくってチームを敗戦させてしまった山本さんを責めたのが原因のようでした。
この事件で部員からも反発を受け、部内にきよの居場所はなくなり、退部することになりました。
そしてきよは大学でもバレーボールを続けるために目指していた体育大学ではなく、住んでいた土地を離れ、地方の小さな私立大学に進学します。
ここまで、冒頭から語られたのですが、その文章構成が秀逸でした。
一気に読ませる魅力がありました。
きよは赴任先の高校での担当教科が国語で、文芸部の顧問でもあります。
大学は文学部だったのですが、本人は文芸部の顧問になったことに不満を感じています。
また、文学部の部員はたった一名しかいません。
その一名が3年C組の垣内君で、きよとの二人での文芸部活動方針決めを、かなりてきぱきと決めていきました。
この時の会話のスピード感は凄かったです。
大学三回生だったきよはもう一度バレーボールに関わりたいと思い、バレーボール部の顧問になるために慌てて教職課程の授業を受け、教員免許を取り、高校の講師になりました。
一年契約の講師です。
しかしバレーボール部ではなく、文芸部の顧問になってしまいました。
また、きよは浅見さんという人と付き合っています。
きよが通うお菓子作りの教室の講師が浅見さんでした。
しかし浅見さんは結婚していて、二人の関係は不倫です。
教師は聖なる職業、聖職と言われていて、それなのに不倫とはいかがなものかと思いました。
ただきよの立場は教員試験に受かった教師ではなく一年契約の講師なこと、またきよ自身生徒にものを教えるのが好きなのではなく、バレーボール部の顧問になりたくて教育現場に入ってきたことから、あまり熱心な教育者ではないです。
ちなみに私は浅見さんという人に嫌悪感を抱きました。
この人、自分は家庭という安全圏に身を置き、自分が会いたい時だけきよのところにやってきます。
口では「愛しているよ」などと言いますが、家庭を捨ててまで付き合う気は毛頭ないようです。
きよはきよで寂しさからつい浅見さんと一緒に居ることを選んでしまい、いいように愛人として利用されているなと思いました。
文芸部の活動は常に図書館なのですが、講師を始めて1ヶ月経った5月のある時、きよは川端康成「抒情歌」の冒頭部分を読んで、山本さんのことを思い出していました。
「私のせいなの?」
「どうして死んだの?」
「許してくれているの?」
きよは今まで何度も心の中で山本さんに話しかけています。
山本さんの死はきよにとって大きな心の重しになっているようでした。
きよには拓実という一歳年下の弟がいます。
拓実はきよが地方の小さな大学に行くことになったことなど、きよのこれまでのことに心を痛めているようで、浅見さんとの不倫についても「今の姉ちゃんには不倫するくらいが丁度いい」というようなことを言っていました。
精神的なダメージから完全には立ち直っていないことを弟は分かっているようです。
文系クラブは毎日ダラダラ過ごしていると言うきよと、バレー部のほうが毎日同じことの繰り返しだと言う垣内君の言い合いは面白かったです。
スポーツタイプのきよは文芸部の活動が退屈なようで、顧問というより学生のノリで垣内君に不満をぶつけるのですが、垣内君がすごく冷静にしかもテンポ良く切り返してくるので読んでいて楽しかったです。
きよはこの時点では22歳、垣内君も17歳か18歳で年齢が近く、垣内君が大人びていることもありあまり顧問と学生には見えなかったです。
夏休みに教員採用試験があり、きよはそれに臨むことになります。
そして全然駄目だったはずの試験に合格してしまいます。
どうやら熱血タイプよりもきよのような無難な受け答えをするほうが好まれるらしく、それで合格したようでした。
部活の活動費が少ないから垣内君が詩を書いてそれを売り出そうときよが言い出し、
「ほら、人生は厳しいけど、君は一人じゃなくて、誰だってみんな本当は弱くて、僕はいつだって君の味方だよ。みたいなことをしゃれて書いたら絶対ヒットするよ」
と言っていたのはウケました(笑)
人は実はいつも語りたがっている。自分の中のものを表に出す作業はきっと気持ちがいいのだ。
これはたしかにそうかも知れないと思いました。
自分が感じていること、思っていることを口に出したり紙に書いたりすると気持ちの整理がつきすっきりすると思います。
ちなみに垣内君は中学の時サッカー部のキャプテンでした。
その時の部員が夏の部活の練習中に突然倒れて、入院する事態になったことがあります。
それにキャプテンとして責任を感じて、高校ではサッカー部には入らずに、文芸部に入ったようです。
この状況はきよと似ていると思いました。
また、きよは垣内君について、
「同じ年代の中にいるのには、垣内君はきっと少し成長しすぎている」
と述懐していました。
本当にすごく大人びていて、きよとの会話もどちらが文芸部の顧問なのか分からないくらいです。
きよと垣内君が図書室の大規模な本の整理をやり遂げてハイタッチをしている時、
きっと、バレーボールをしている時にも、こんな風にハイタッチをしていたら、私はいいキャプテンでいられたに違いない。
と高校のバレーボール部時代を思い出す場面がありました。
きよは頻繁にバレーボール部時代のことを思い出していて、それだけ当時のことが心の重しになっているのがよく分かりました。
また、きよは毎月山本さんのお墓参りにも行っています。
やがて新たな春を迎え、物語は終わりを迎えます。
この物語ではきよの一年が描かれていました。
自分が罵倒したせいで死んでしまったのであろう山本さんのことは一生忘れられないとは思いますが、この終わり方を見ていたらきっと人の心の痛みがよく分かる、素晴らしい教師になっていくのではないかと思いました。
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-----内容-----
思い描いていた未来をあきらめて赴任した高校で、驚いたことに”私”は文芸部の顧問になった。
……「垣内君って、どうして文芸部なの?」
「文学が好きだからです」
「まさか」!……
清く正しくまっすぐな青春を送ってきた”私”には、思いがけないことばかり。
不思議な出会いから、傷ついた心を回復していく再生の物語。
ほかに、単行本未収録の短篇「雲行き」を収録。
-----感想-----
主人公は早川清(きよ)。
かつて、バレーボールがきよの全てでした。
中学校では県大会に、高校の時には国体に出場し、よい記録も残していたきよ。
将来は体育大学に進んで、ずっとプレイをするはずでした。
順調だった高校三年生のある日、事件が起こります。
臨時の全校朝礼でバレー部の同じ三年生の山本さんが自宅のマンションから飛び降りて亡くなったことが伝えられます。
キャプテンのきよが試合後のミーティングで、試合中にミスをしまくってチームを敗戦させてしまった山本さんを責めたのが原因のようでした。
この事件で部員からも反発を受け、部内にきよの居場所はなくなり、退部することになりました。
そしてきよは大学でもバレーボールを続けるために目指していた体育大学ではなく、住んでいた土地を離れ、地方の小さな私立大学に進学します。
ここまで、冒頭から語られたのですが、その文章構成が秀逸でした。
一気に読ませる魅力がありました。
きよは赴任先の高校での担当教科が国語で、文芸部の顧問でもあります。
大学は文学部だったのですが、本人は文芸部の顧問になったことに不満を感じています。
また、文学部の部員はたった一名しかいません。
その一名が3年C組の垣内君で、きよとの二人での文芸部活動方針決めを、かなりてきぱきと決めていきました。
この時の会話のスピード感は凄かったです。
大学三回生だったきよはもう一度バレーボールに関わりたいと思い、バレーボール部の顧問になるために慌てて教職課程の授業を受け、教員免許を取り、高校の講師になりました。
一年契約の講師です。
しかしバレーボール部ではなく、文芸部の顧問になってしまいました。
また、きよは浅見さんという人と付き合っています。
きよが通うお菓子作りの教室の講師が浅見さんでした。
しかし浅見さんは結婚していて、二人の関係は不倫です。
教師は聖なる職業、聖職と言われていて、それなのに不倫とはいかがなものかと思いました。
ただきよの立場は教員試験に受かった教師ではなく一年契約の講師なこと、またきよ自身生徒にものを教えるのが好きなのではなく、バレーボール部の顧問になりたくて教育現場に入ってきたことから、あまり熱心な教育者ではないです。
ちなみに私は浅見さんという人に嫌悪感を抱きました。
この人、自分は家庭という安全圏に身を置き、自分が会いたい時だけきよのところにやってきます。
口では「愛しているよ」などと言いますが、家庭を捨ててまで付き合う気は毛頭ないようです。
きよはきよで寂しさからつい浅見さんと一緒に居ることを選んでしまい、いいように愛人として利用されているなと思いました。
文芸部の活動は常に図書館なのですが、講師を始めて1ヶ月経った5月のある時、きよは川端康成「抒情歌」の冒頭部分を読んで、山本さんのことを思い出していました。
「私のせいなの?」
「どうして死んだの?」
「許してくれているの?」
きよは今まで何度も心の中で山本さんに話しかけています。
山本さんの死はきよにとって大きな心の重しになっているようでした。
きよには拓実という一歳年下の弟がいます。
拓実はきよが地方の小さな大学に行くことになったことなど、きよのこれまでのことに心を痛めているようで、浅見さんとの不倫についても「今の姉ちゃんには不倫するくらいが丁度いい」というようなことを言っていました。
精神的なダメージから完全には立ち直っていないことを弟は分かっているようです。
文系クラブは毎日ダラダラ過ごしていると言うきよと、バレー部のほうが毎日同じことの繰り返しだと言う垣内君の言い合いは面白かったです。
スポーツタイプのきよは文芸部の活動が退屈なようで、顧問というより学生のノリで垣内君に不満をぶつけるのですが、垣内君がすごく冷静にしかもテンポ良く切り返してくるので読んでいて楽しかったです。
きよはこの時点では22歳、垣内君も17歳か18歳で年齢が近く、垣内君が大人びていることもありあまり顧問と学生には見えなかったです。
夏休みに教員採用試験があり、きよはそれに臨むことになります。
そして全然駄目だったはずの試験に合格してしまいます。
どうやら熱血タイプよりもきよのような無難な受け答えをするほうが好まれるらしく、それで合格したようでした。
部活の活動費が少ないから垣内君が詩を書いてそれを売り出そうときよが言い出し、
「ほら、人生は厳しいけど、君は一人じゃなくて、誰だってみんな本当は弱くて、僕はいつだって君の味方だよ。みたいなことをしゃれて書いたら絶対ヒットするよ」
と言っていたのはウケました(笑)
人は実はいつも語りたがっている。自分の中のものを表に出す作業はきっと気持ちがいいのだ。
これはたしかにそうかも知れないと思いました。
自分が感じていること、思っていることを口に出したり紙に書いたりすると気持ちの整理がつきすっきりすると思います。
ちなみに垣内君は中学の時サッカー部のキャプテンでした。
その時の部員が夏の部活の練習中に突然倒れて、入院する事態になったことがあります。
それにキャプテンとして責任を感じて、高校ではサッカー部には入らずに、文芸部に入ったようです。
この状況はきよと似ていると思いました。
また、きよは垣内君について、
「同じ年代の中にいるのには、垣内君はきっと少し成長しすぎている」
と述懐していました。
本当にすごく大人びていて、きよとの会話もどちらが文芸部の顧問なのか分からないくらいです。
きよと垣内君が図書室の大規模な本の整理をやり遂げてハイタッチをしている時、
きっと、バレーボールをしている時にも、こんな風にハイタッチをしていたら、私はいいキャプテンでいられたに違いない。
と高校のバレーボール部時代を思い出す場面がありました。
きよは頻繁にバレーボール部時代のことを思い出していて、それだけ当時のことが心の重しになっているのがよく分かりました。
また、きよは毎月山本さんのお墓参りにも行っています。
やがて新たな春を迎え、物語は終わりを迎えます。
この物語ではきよの一年が描かれていました。
自分が罵倒したせいで死んでしまったのであろう山本さんのことは一生忘れられないとは思いますが、この終わり方を見ていたらきっと人の心の痛みがよく分かる、素晴らしい教師になっていくのではないかと思いました。
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