読書日和

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「ビタミンF」重松清

2014-08-29 01:09:20 | 小説
今回ご紹介するのは「ビタミンF」(著:重松清)です。

-----内容-----
38歳、いつの間にか「昔」や「若い頃」といった言葉に抵抗感がなくなった。
40歳、中学一年生の息子としっくりいかない。
妻の入院中、どう過ごせばいいのやら。
36歳、「離婚してもいいけど」、妻が最近そう呟いた……。
一時の輝きを失い、人生の”中途半端”な時期に差し掛かった人たちに贈るエール。
「また、がんばってみるか――」
心の内で、こっそり呟きたくなる短編七編。
第124回直木賞受賞作。

-----感想-----
この作品は以下の七編で構成されています。

ゲンコツ
はずれくじ
パンドラ
セッちゃん
なぎさホテルにて
かさぶたまぶた
母帰る

内容紹介に「人生の”中途半端”な時期に差し掛かった人たちに贈るエール」とあるように、どの短編も40歳前後の中年を迎えつつある父親が物語の語り手になっています。
そしてどの父親も子供のことや妻のことなど、家族のことで悩んだり戸惑ったりしています。

ゲンコツの語り手は加藤雅夫。
雅夫は自販機メーカーの営業マンで主任です。
入社16年目の38歳で、同期の吉岡とともに、この4月から二人揃って営業課の主任に昇進しました。
雅夫は物語の所々で自分が年をとったと考えています。
もう若くはないという思いが滲んでいて、カラオケで若手に混じって元気よく歌う吉岡を冷めた目で見ていました。
その雅夫がある日の帰り道、自販機に悪さをしていた中学生達を注意します。
中学生達は自分達が犯罪まがいなことをしていたのは棚に上げ、「かんけーねーよ!」「えらそーなこと言わないでくれる?」「今度、殺すから」などとこの手の中学生や高校生にありがちな乱暴なことを言っていました。
この中学生グループのうちの一人が同じマンションに住む家の子で…というのがこの物語です。
最初は妻に「毎日マンションの前にたむろしている中学生グループ、物騒で怖いから注意してガツンと言ってやってくれ」と言われて嫌がっていた雅夫でしたが、意外に男らしいところが見られました。


はずれくじの語り手は野島修一、40歳。
中学一年生の息子がいて、名前は勇輝と言います。
妻の淳子が病気になって入院し、父親と息子だけで何日か過ごすことになります。
勇輝は「どっちでもいいよ」という言葉をよく使います。
そして修一はそれに苛立っています。

「勇輝、ラーメンでも食うか」
「いいよ、どっちでも」
「腹減ってるだろ」
「べつにそんなことないけど、お父さん食べたいんでしょ?だったらいいよ」
「お父さんが、じゃなくて、おまえはどうなんだ?」
「だから、どっちでもいい」
「……食いたいのか食いたくないのか、それくらいわかるだろ」

こんな感じで、何か提案しても「どっちでもいいよ」と返ってくることが多く、修一はそんな息子に気疲れしていました。


パンドラの語り手は孝夫、40歳。
妻は陽子で、子供は中学二年生の奈穂美と小学四年生の晃司がいます。
奈穂美は14歳の誕生日を先月10月に迎えたばかりです。
その奈穂美が、コンビニで万引きをしたのが見つかり警察に補導されます。
男と二人組で万引きをしていたらしく、どうやらその男は奈穂美の彼氏のようでした。
孝夫はそんな男とは付き合うなと言いますが、奈穂美は「ごめんなさい」としか言いません。
孝夫は自分の娘との関係に行き詰まりを感じていました。
ちなみにこの話では陽子の以下の言葉が印象的でした。
「知らん顔をしてあげるのが、父親らしいのよ。無関心と知らん顔ってのは、ぜったいに違うんだから」
無関心の場合は気付いてさえいないということですが、知らん顔の場合は知ってはいても知らないふりをして相手を気遣ってあげているということで、たしかにこの差は大きいです。


セッちゃんの語り手は高木雄介。
妻は和美で、子供は一人娘の加奈子が中学二年生です。
加奈子は転校生の「セッちゃん」が特に理由もなくクラスから速攻で嫌われてしまい、超可哀想だということをよく両親に話します。
次第にセッちゃんの話はエスカレートしていき、明らかにクラス中からいじめに遭っているようでした。
そんな話を連日加奈子から面白可笑しく聞かされ、雄介も和美もうんざりして「もうそういう話はやめろ」と言うのですが、加奈子はなおも話をやめようとしません。
実際にはセッちゃんは加奈子が作り上げた架空の人物で、本当は自分のことを言っているのでした。
加奈子は本当はいじめのことを両親に伝えたかったはずです。
しかし自分がそんな目に遭っているとはプライドもあって言えず、しかし両親に話は聞いてほしいと思い、転校生のセッちゃんを作り上げたようです。
やがてセッちゃんとはうちの子のことだと雄介も和美も気付き、衝撃を受けます。


なぎさホテルにての語り手は岡村達也。
今夜12時に37歳の誕生日を迎えます。
妻は久美子で、子供は小学二年生の俊介と幼稚園の年長組の麻美がいます。
この日は家族で海辺のリゾートホテルにやってきました。
一見楽しい家族旅行に見えますが、久美子が「これが最後の家族旅行になるかもしれないしね…」と言っていて、達也と久美子の間に不穏な空気が漂っているのが分かります。

久美子が悪いわけではないのですが、達也は今の生活が嫌になってしまっていました。
ある日唐突に、「これが俺の人生か…」と虚しくなってしまったらしく、そこからは久美子のことも冷たくあしらうようになっていってしまいました。
最初のうちは戸惑い、どうしたら良いのかと達也に言っていた久美子も段々とそんな達也にうんざりしてきて、夫婦仲は冷えきって離婚寸前になっていました。
ちなみにこの話では以下の言葉が印象に残りました。
人間はもちろん、さなぎにはならない。だが、もしかしたらそれは体だけのことで、心はわからない。こどもからいっぺんにはおとなになりきれず、さなぎの時期を過ごすひともいるのかもしれない。


かさぶたまぶたの語り手は橋本政彦。
妻は綾子で、子供は一浪して予備校に通う兄の秀明と小学六年生の妹の優香がいます。
優香は私立中学に合格したばかりです。
「御三家」と呼ばれる名門の女子校で、かなり優秀な子のようです。
児童会長に、ボランティア委員会の委員長、子供会の班長も務めていて、来月の卒業式では総代で答辞を読むともありました。

政彦は広告代理店の企画部で20年余りイベントを手がけています。
家では立派で頼れる父親であろうと意識していて、常に気を張っていました。
当然家庭も順風満帆と思っていたのですが…
小学校卒業が間近に迫ったある日、優香に異変が起きます。
相当悩んでいたようなのですが、立派で頼れるはずの父親の政彦には何も話してくれていませんでした。
そして政彦も綾子から優香の様子がおかしいと聞いてはいたものの、あまり真剣には考えておらず、大したことないだろうと思っていました。
政彦はようやく、立派で頼れる父親は自分が思っているだけで、子供からは悩みごとの相談などできない父親だと思われていることに気付くことになります。


母帰るの語り手は拓己、37歳。
妻は百合で、子供は小学三年生の志穂と小学一年生の彩花がいます。
10年前、それまで33年連れ添っていた拓己の母が父に突然離婚をつきつける事件がありました。
熟年離婚です。
子育ても終わったし、後は自分の好きなように生きたいというのが理由でした。
父はそれを受け入れました。
そんな勝手な理由で家族を捨てて出ていった母を拓己は恨んでいます。
そして10年経った今、母が新たに連れ添った相手が亡くなります。
それを知った父が母に、もう一度一緒に暮らしてみないかと言うのですが…
拓己も拓己の姉の和恵もこれには反発します。
二人とも母には良い感情はなく、なぜ父が突然そんなことを言い出すのかと戸惑いや苛立ちを感じていました。
そして拓己と和恵は二人が生まれ育った家で今は一人で暮らす父のところに行くことになります。


この「ビタミンF」という作品では、どの短編にも救いがあるのが良いです。
どの短編も親子や家族などが単に崩壊したままでは終わらず、最後は少し希望が持てます。
まさにビタミンを摂ったように、いずれの短編も元気が出て読了することができるのは嬉しいです。
状況は決して良くはなくとも、今までとは流れが変わるのではと思えました。
各短編の登場人物達も自分と向き合うことができていましたし、良い流れに乗っていってほしいなと思います。


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